217.「《『あれは確か・・・、
「《『あれは確か・・・、
そうね、
大学での生活にもだいぶ慣れて、仲の良い友達も何人か出来て、
そうして、少し経った頃だった。
今と同じ7月の下旬で、セミがうるさくて暑い時期だった。
私、夜遅くにね、
部屋で机に向かって、前期試験の提出用のレポートをせっせと書いていた。
でね、
一段落ついて時計を見てみたら、午前1時だか2時くらいになっててね、
手は痛いし、頭もボーッとしてきてたし、
残りは明日、大学の図書館でやるか・・・って思って、
シャーペン置いたの。
両手を上げて、うーん・・・って伸びをして、
イスから立って、
目を擦りつつ、1階に下りていって・・・。
で、
トイレを済ませて、洗面所に行ってね、
それから、
台所に寄ってお水をコップで1杯飲んで、ひと息ついてね、
ふと思ったのよ、
なんか、熱っぽいのがやけに長い気がするなぁ・・・って。
いつからだっけ・・・って少し考えてみた。
でも、よく分からなかった。
それで私、
そのときの今日の日付を思い浮かべて、
まぁ、いいか、
ここ最近、試験勉強でずっと寝不足で生活リズムも崩れてたから、
多分、その影響でまた少し遅れてるんだろうな・・・って結論付けて、
使ったコップを洗って、大あくびをしぃしぃ台所を後にしたの。
廊下をペタペタと歩きつつ、
そういや前回は・・・って思い出そうとして、
次の瞬間、ハッとした。
血の気が、サー・・・っと引いていった。
あれ? ちょっと待って。前にあった日って、確か・・・って。
前回のときね、
私、すごく不安だったのよ、
ちゃんと来るよね、避妊してたし大丈夫だよね・・・って。
そしたら来てくれて、
良かった、やっぱり大丈夫なんだ・・・って、ホッと胸を撫で下ろして、
それ以降はあまり気にしてなかったんだけど、
でも、その来てくれた日って、
予定日よりも結構前だったのよ。
4、5日くらい前だったの。
だから、
少し遅れてるんじゃなかったの。
だいぶ遅れてたの、
既に、1週間くらい。
焦ったわ。
いつの間にか、廊下の真ん中で棒立ちになっていて、
ただ、ハァハァと呼吸をしていたわ。
心臓が、大きな音でドキドキと鳴り続けてて、
頭もクラクラして、
そのうち、
少し、フラッときたから、
取り敢えず、まずは落ち着こう・・・って思ってね、
それで、
壁に手をつきながら廊下の奥まで行って、
そこの階段に腰を下ろしたの。
で、
ひと息ついて、確かめ始めたわ、
ホントにその日で合ってるのかどうか、を。
でもね、
前回あったのって、梅雨の真っ最中だったの。
お腹の痛みがいつもより酷くて、大変で、
だから、
色々なことをよく覚えていてね、
何度も思い返し、何度確かめてみても、
前回あった日って、やっぱりその日に間違いなかったの。
やっぱり、
もう、1週間くらい過ぎてたの。
はぁ・・・って息をついた。
どうしよう・・・って思った。
勿論、
いつものように、
ストレスとか生活リズムの乱れで普通に遅れてるだけなのかも・・・という思いも、
あるにはあったのよ?
そう思い込んで、自分を安心させよう・・・ともしたの。
でもね、
そのときの私、できなかったわ。
どうしても、
そういう方へ そういう方へと、考えが行ってしまうの。
ひょっとして、
今、自分は妊娠してるんじゃないか・・・って。
私、
また、大きな ため息をついたわ。
絶望でいっぱいだった。
泣きそうだった。
もう終わりだと思った。
でね、
なんで?、って。
毎回ちゃんと避妊してたじゃん。
100%じゃないことは分かってるけどさ、
でも、なんで?
私、そんなに悪いことした?
お父さんだって、
いつも気を付けて・・・って思ったところでね、
あれ? そう言えば・・・って。
なんかね、
1回ね、ちょっと不自然なことがあったの。
ふとお父さんの方を見ると、
お父さん、下を見てモゾモゾと手を動かしていて、
だから私、
多分、念のために付け直しているんだろうな・・・って思って、
そうして、そのときは特に気にしなかったの。
けどね、
あれって、もしかして・・・って。
もしかして、
こっそり外してたんじゃないか・・・って。
私、
いつの間にか真剣に考え込んじゃっていたわ。
で、
少ししてからハッと我に返って、
違う違う、
そんな人じゃない、そんなことする人じゃない、
違う違う・・・って。
お父さんね、
今でもそうだけど、
付き合い始めたばかりの頃なんて、
私のこと、過剰なくらいに気を遣って大切にしてくれてね、
私がお父さんのアパートから帰るとき、
“今日はいいよ、ひとりで大丈夫”・・・って、私がいくら言っても、
お父さん、
いつも最寄りの駅の改札口まで、私の荷物を持って送ってくれたし、
ふたりで道を歩いていて、向こうからガラの悪そうな人が近付いてきたときには、
歩きながらさりげなくそちら側に場所を変わってくれて、
そうして、私の手をそっと握ってくれたわ。
そんな人がそういうことをするとは思えなかったし、考えたくもなかった。
想像なんて、したくなかった。
けど、さっきもそうだったけどね、
やっぱり、
どうしてもどうしても、そういう方へそういう方へと考えが行っちゃうの。
お父さんのこと、疑いたくなんかなかったけど、
でも、どうしても疑ってしまうの。
深夜の薄暗い階段に腰を下ろしたまま、
家の外でひっきりなしに鳴いてる虫たちの声を他所に、
ひとり、延々と考えていたわ。
でね、
しばらくしたらイヤになってきたのと、あとは疲れてきちゃってね、
もう、いいや・・・って。
もう夜も遅いし、
明日レポートを提出したあとで、また改めてじっくり考えよう・・・って思って、
それで私、
立ち上がって、階段を上がっていって、
自分の部屋へと帰ったの。
寝支度を済ませ、
お布団に寝転んで、薄いタオルケットをお腹にかけて、
枕元にある扇風機のタイマーをグイっと回して、
そうして上を向いて目を閉じたんだけどね、なかなか寝付けなかったわ。
まだ悶々と考えていて、
そんなとき、
あ・・・って気付いたの。
まだ気持ち悪くなってないじゃん・・・って。
私、まだツワリになってないじゃん。
だったら・・・って。
勿論、
これからそうなるかも・・・って考えも、ちゃんと頭の片隅にあったわ。
でもね、
それでもね、
ほんのちょっとだけどね、
私、安心できたのよ。
ホッとして、
そしたら、すぐに眠くなってきちゃった。
明日の予定を思い浮かべつつ、段々と眠りに落ちていって、
そのときにね、
ふと頭を過ったの、
お父さんは、どうしよう・・・って。
もう、言った方が良いのかな・・・って』
続きます》」




