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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
214/292

214.「《『次の日から

「《『次の日から、

   私、ちょっとやり方を変えたわ。

   電話のとき、

   それまでは、適当なタイミングでお父さんに話を振っていたんだけどね、

   ひとまず、やめることにしたの。

   私が ひとりで喋り続けることにしたの。

   お父さんね、

   私と電話で喋るようになって、その頃には もう10日くらい経ってたんだけどね、

   相変わらず受け答えが固いままで、

   話し方も、ぎこちないことが多かったの。

   まだ慣れてないのかな・・・って、当時は思ってたんだけど、

   今になって思えば、

   私に嫌われないよう、変にカッコつけて上手に答えようとしていて、

   だから、ぎこちなかったんじゃないかしら。

   自分のことについての話は いつも歯切れが悪くて辿々(たどたど)しかったけど、

   地元の紹介や動物についての話なんかは、割と(よど)みなくスラスラと喋ってた気がする。

   まぁ、

   とにかく当時はね、私と話すことにお父さんがまだ慣れてないと思い込んでて、

   で、

   それまでは、

   早く普通に喋れるようになってもらいたいのもあって意識的に話を振るようにしていたんだけど、

   でもね、

   そうやって、私に話を振られて喋るお父さんって、

   すごく無理して話しているように感じられたの。

   なんか、私がお父さんに話を強制してるような気がしてね、

   だから、

   話を振るのを一旦やめることにしたの。

   私のことを想って、人知れず気遣ってくれていた人に対して、

   無理()いなんてできないと思ったの。

   そんなこと、したくなかったの。

   それにね、

   電話で初めて ため口で話したときは、

   私が ひとりでずっと10分以上も喋ってたんだけどね、

   返ってくる相槌の感じからして、

   お父さん、あんまりイヤそうじゃない感じがしたの。

   ダレてる様子も特になかった。

   だから、

   もしかしたらお父さんって、他人(ひと)の話を聞くのは結構好きなんじゃ・・・って思って、

   それでね、

   ため口での2回目の電話も、

   結局、

   1度もお父さんに話を振らずに、ずっと私が喋っていたの。

   ノートにたくさん書いてある その日のミッションをあらかた喋り終えて、

   じゃあ、そろそろ・・・って言ったあと、

   1回くらいは話を振った方が・・・って、少し迷ったんだけど、

   でも、焦らずゆっくり行こうと思って、

   まだ我慢しようと思って、

   だから、

   ・・・また明日、夜の7時過ぎに電話するね。

   私の話をたくさん聞いてくれてありがとね。おやすみなさい・・・って言って、

   お父さんからの、

   ちょっと戸惑ってる感じのする、おやすみなさいを聞いて、

   私、

   受話器を置いて、電話機を台の上に戻した。

   次の日、

   やっぱり話を振った方がいいのかな・・・って思いつつ、ダイヤルを回して、

   お父さんの家に電話をかけた。

   いつもと同じように、すぐお父さんが出た。

   私、

   床置きしたノートを片手で開きつつ、いつもと同じように自分の名を告げてから、

   “実は私ね、

    最近、兄さんの・・・”って話をしようとしたの。

   そしたら、

   “あ、あの、

    実はオレ、その、バイトに行ってまして・・・”って、

   お父さん、

   ちょっとぎこちない感じで、自分から話を始めてくれたの。

   私、すごく嬉しくて、

   だから、

   “えーっ、そうだったの!

    ねぇねぇ、どんなバイト? どんなバイト?”って、

   人生で一番のオーバーリアクションで訊き返しちゃった。

   お父さん、ちょっと面食らった様子だった。

   “え。

    ・・・あぁ、測量です。

    道路とか家とかの図面を引くために、まずはそこの土地の地形を正確に測る必要があって、

    それで、

    ひとりが地面に棒を立てて、もうひとりが器械を・・・、

    えっと、説明が難しいんですが・・・”

   “あ、もしかして、

    たまに道路で見かけるアレ?。

    作業服を着た人が路上に三脚を立てて、その上に乗ってる何かの器械を覗き込んでて・・・”

   “そうです そうです、ソレです。

    で、

    今日の現場は林・・・というか、もうほとんど森の中でして、

    会社の人と一緒に――”

   “え、

    アレ、街の中だけじゃなくて、そういう場所でもやってるんだ・・・”

   “あ、

    はい、普通にやります。

    道がまったくない山奥で、立つのが難しいくらいの急斜面でも、

    地形図を作るためにそこに入っていって、器具を設置してちゃんと測ってます。

    ただ、そういった現場は、

    杭とかの荷物を10kg以上背負って、山の中を1日で何kmも歩かなければならないし、

    テントを張っての泊まり込みになってしまうので、

    バイトのオレは免除されてますが。

    で、

    あれ? なんの話だっけ・・・”

   “今日の現場は森だった、って言ってたよ。

    会社の人と一緒に・・・とか”

   “あ、そうだった そうだった。

    ありがとうございます。

    それで、今日の現場は森の中だったんですけど、

    そこに行ってみたら・・・”

   お父さんは、

   そう言って、その日のバイトの話を始めたわ。

   なんかね、

   現場に着いてみたら、

   木とか竹、草がたくさん茂っていて、

   岩がそこら中に転がってるような、荒れ放題の場所だったんだって。

   だから、

   まずは土地の境界の目印を確かめよう、ってことになって、

   会社の人と一緒に探し始めたんだけど、なかなか見付からなくて・・・。

   でね、

   10分後に、ようやく見付けることができたんだけどね、

   その目印、運悪く竹藪(たけやぶ)のド真ん中にあったの。

   ほら、

   地面に立てた棒と三脚の計測器の間が物で遮られていると、測量ってできないでしょ?

   だから、

   見通しをよくするために、邪魔な竹をノコギリで切らないといけないんだけど、

   これが、結構大変みたいで・・・。

   そうして、ふたりで竹を切りながら、

   1回1回 計測していって、記録していって、

   段々と手が痛くなっちゃって・・・。

   でね、

   お昼ご飯を食べたあと、

   会社の人が持ってきてたポケコンを触らせてもらいつつ、

   野鳥のデータを見て、色々と教えてもらってたんですって。

   ヒバリとかヤマガラかしら。

   それで、

   不意にお父さんが顔を上げたら、地面に設置したままの・・・、

   あれ?

   あの器械、なんて名前だっけ・・・、

   熱帯魚みたいな名前だった気がするけど・・・。

   ま、いっか。

   とにかく、

   お父さんが顔を上げたら、

   その、すごく高価な器械の近くに立派な角を生やしたシカが1頭いてね、

   鼻を近付けて、匂いをフンフンと嗅いでいたんですって。

   思わずお父さんが、

   あ・・・って声を漏らしたら、

   シカが驚いちゃって、

   すぐに身を翻し、そのまま森の中に走り去っていったんだけど、

   そのシカが身を翻したときにね、

   片方の角が根元からポロッと取れて、地面に落ちたらしいのよ。

   私、ビックリしちゃった。

   “えー、シカの角って取れちゃうんだ。

    って言うか、そんなに簡単に取れちゃうものなの?

    それじゃ、ぜんぜん争いに使えないじゃん。

    無用の長物じゃん”

   “あ、いや、

    簡単に取れちゃうのは流石に今だけです。

    春は角の生え変わりの時期なので。

    でも、

    実際に取れる瞬間を()の当たりにしたのはオレも初めてで、ちょっと感慨深かったです”

   “良いなぁ、私も見たかったなぁ。

    ねぇねぇ、

    角の形、どんなだった?”

   “角の形?

    ・・・いや、うーん。

    ごく普通のシカの角だったんで、どう表現し・・・あ、

    そうだ!

    ミヤマクワガタ! ちょうどあのハサミに似てました!”

   私、

   正直言って、全然ピンと来なかった。

   でも、

   電話の向こうのお父さんが無邪気に喜んでる様子がおかしくって、

   それで私、思わず笑っちゃった。

   その後も私は、

   “どれくらいの大きさだった?”とか、“重かった?”とか、

   “何で持ち帰らなかったの?”とか、“高く売れないの?”とか、

   シカの角のことで色々と訊い・・・、

   あぁ、そうそう、

   確か、色についても訊いた気がする。

   でね、

   そうやってシカの角の話で盛り上がったあと、

   他の現場の話もいくつか聞いて、

   そろそろ私も喋りたいな・・・って思って、

   それで、

   “ねぇねぇ、あのね、

    私、

    最近、兄さんの置いていった漫画を読み始めたんだけどね”って、

   話し始めたの。

   お父さん、

   すぐに食いついたわ。

   “え、そうなんですか。

    お兄さんってことは少年漫画ですよね? 何を読んでるんですか?”

   訊かれた私が漫画のタイトルを答えたら、

   お父さん、すぐにまた喋り出してね、

   “あれ、すごい面白いですよね。

    今、本誌では ちょうどまた山場に差し掛かったところでして、

    オレも毎週楽しみに・・・あ、そうだ、

    ちなみに何巻まで読んだんですか?”って、また訊かれて。

   で、

   5巻だったか6巻だったか答えたら、

   お父さん、

   “あぁ、あそこかぁ。

    この先、とんでもないことが起こって、

    どんどん面白くなるんですよ。

    今はちょっと退屈かもしれないけど、次の巻までは読んでください。

    絶対に損させませんから。

    で、

    そこまでの話だと、オレのお気に入りのシーンは・・・”って、

   また、勝手にひとりで話し始めちゃって。

   軽くネタバレもされたし。

   お父さんって、本当はこんな人だったんだ・・・って、

   そのとき初めて知ったわ。

   それでね、

   私がまた聞き役に回って しばらく経ったときに、

   お父さん、不意に私に言ったの。

   “・・・でさ、

    あのときの主人公のセリフって、○○さんは覚えてる?

    オレ、まさかあんな風に・・・”って。

   あ・・・って思ったら、

   電話の向こうでも、“あ・・・”って。

   ふたりとも無言になって、沈黙が続いて、

   だから、

   私、少ししてからお父さんに伝えた、

   “・・・私、

    そのままでも いいよ”って。

   お父さん、

   でも、なかなか話し出そうとしなかった。

   黙ってた。

   でね、

   受話器を耳に当てたまま、お父さんが話すのを待ってたら、

   私の目の前に誰かが立ったの。

   顔を上げると、

   エプロンを掛けたお母・・・あ、ウサギのお祖母ちゃんがいて、

   “そろそろ電話を使いたいんだけど・・・”って。

   私、お祖母ちゃんに、

   “あ、ごめん。

    すぐ終わるから”って言って、

   電話の向こうのお父さんに、

   “あの、

    私のお母さんがね、電話を使いたいんだって”って伝えた。

   “あ。

    はい、分かりました”

   “また明日7時に・・・じゃなくて、

    6時半にかけます、夜の”

   “え?

    あ、はい。

    夜の6時半ですね、分かりました”

   “じゃ、

    おやすみなさい、また明日”

   “あ、はい、

    おやすみなさい、また明日”』

  続きます》」

あのお笑い番組、2005年に終わってたのね。

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