213.「《『その次の日・・・だったかな
「《『その次の日・・・だったかな、
いつものように7時過ぎに電話をかけたら、
お父さん、なかなか出なかったのよ。
初めてだったわ。
1分くらい待ってても出なかったので、そのまま受話器を置こうとしたら、
“もしもし、△△ですけど・・・”って誰かが出たわ。
女の人の声だった。
私は、
自分の名前を告げたあと、お父さんが家にいるかどうかを尋ねたの。
そしたら、
“あぁ・・・。
アイツ、今日はまだ帰ってきてないよ”って。
“何時頃、帰ってくるか分かりますか?”
“んー、何時頃だろ・・・。
今朝は、いつもより早くバイトに出掛けていったから、
帰りはちょっと遅いかも”
え・・・って思って、すぐに訊いたわ。
“▽▽さん、バイトしてたんですか?。
と言うか私、
高校も、まだ行ってるもんだとばかり・・・”
“もう行ってないよ。
アイツの高校、卒業式が3月の初め頃にあったから。
バイトは、その2日後だか3日後から行ってる。
あたしの父の知り合いの会社がね、
今、人手が全然足りないらしくてさ、
▽▽は、その手伝いに行かされてるの。
いつもは家を出ていくのは朝の8時なんだけど、
今朝はちょっと早くて7・・・あ、そうそう、”
そう言ったその人は、続けて私に訊いたの、
“もしかして、
あなた、
明日も7時に電話します・・・って言って、電話を切ってない?”って。
“え?
あ、はい、そうです。
7時に電話します・・・とか、明日も同じ時間に・・・とか、
だいたいそんな感じです”
その女の人は、
やっぱりね・・・と口にして、続けて言ったわ。
“アイツ、くそ真面目で あんまり融通が利かないからさ、
あなたからの電話、朝も待ってるの。
信じられないでしょ。
今朝だって玄関で待ってて、
で、
車で迎えに来てくれた人に、そろそろ出発したいんだけど・・・って何度か言われて、
それで、しぶしぶバイトに出ていったのよ。
お願いだから、次からは、
夜の7時に電話します・・・って、ちゃんと言ってよ。
まぁ、でも、
アイツのことだから、
念のため・・・とか言って、電話の前で待ってそうだけど”
“あ、
はい、分かりました。そうします”
“あなたさ、
1週間くらい前、あたしが電話をかけた人・・・だよね?”
“あ、はい。
多分、そうだと思います。
弟が出たので、ちょっと分かりませんけど・・・”
“ごめんね、急に電話しちゃってさ。
驚いたでしょ?
あたし、
そっちには、あなたの友達から既に連絡が行ってるもんだとばかり思ってて・・・”
“あ、大丈夫です。
特に気にしてないです”
“ごめんね。
正直言ってさ、
あたし、どうせすぐに振られるんだろうな・・・って思ってたのよ。
でも、
例え振られるにしても▽▽にとっては良い勉強になるはずだし、
それで、私の方で勝手に電話をかけることにしたの。
アイツにいくら言ったって、
どうせ、自分からは絶対に電話をかけようとしないだろうし”
“そうだったんですか・・・”
“うん。
でも、なんか上手くいってるみたいで良かった。
安心した。
融通が利かなくて ちょっと不器用なヤツだけど、
でも、浮気とかはしないから。
多分ね。
▽▽を宜しくね”
私、
少し迷ってから、義姉さんに打ち明けることにしたわ、
“えと・・・、
実は、その・・・、
▽▽さんとは、あまり上手くいってなくて・・・”って。
電話の向こうの義姉さん、それ聞いて凄く驚いてた。
“えぇ? そうなの?
毎日 電話で話し込んでるし、
あたし、てっきり・・・”
“話し込んでる、って言うか、
会話がすぐに切れちゃって、いつも気まずい時間がちょくちょく流れてて・・・。
こっちが、
今、ハマってることは何ですか?、って訊いても、
なんか、適当に はぐらかして正直に答えてくれないし、
じゃあ趣味は?、って訊いたら、
読書・・・って返ってきて、
だから、どんな本を読ん――”
“読書ぉ?
アイツ、本なんか滅多に読まないけど・・・”
“え?
でも、彼は読書って・・・”
“▽▽が読んでるのは漫画よ。
部屋の本棚にコミックがずらっと並んでて、
弟たちと川の字・・・と言うか、色々な形になってよく読んでるわ。
漫画の雑誌だって、
友達同士で貸し合って、毎週欠かさず4冊も読んでる。
それと、
▽▽が今・・・と言うか、少し前までハマってたのはポケコンね。
知ってる?
見た目のゴツい電卓で、ボタンがたくさん並んでるの。
夏休みの終わり頃、
それまで貯め込んでたお金のほとんどを持ち出して、わざわざ街まで出掛けていって、
で、どこかの電器屋さんで買ってきたみたい。
部屋で受験勉強してるフリして、
分厚い冊子を見ながら、こっそりひとりでポチポチいじっててさ、
それで作ったゴルフとかトランプのゲームをあたしや弟たちにやらせて、
いちいち感想を訊いてくるの。
あたしは正直、うーん・・・って感じなんだけど、
弟たちは まだ小さいから、今でも ときどき面白がって遊んでて”
“え? ポケコン?
ちょっと前にCMで流れてたヤツですよね?
すごいじゃないですか。
言ってくれたら良いのに・・・”
“・・・多分、暗いヤツだと思われるのがイヤだったんでしょ。
あと、ここ1週間くらいは、
部屋でヘッドホンして、
あたしの貸した音楽雑誌を読みながら、海外のバンドとかの曲をせっせと聴いてるわよ。
毎晩あたしの部屋に来て、
姉貴、洋楽のテープをまたちょっと貸して欲しいんだけど・・・って言ってきてさ、
何本か適当に持っていくの。
それでさぁ、
昨日のことなんだけど、
あたしが聴きたいなぁ、って思ったテープがいつものところに見当たらなくてさぁ、
で、▽▽のところに行って、
返して、って言ったら、
アイツ、
いや、オレ、もう返したし・・・って言うじゃない。
部屋に戻って改めて探してみたら、
同じバンド名が書かれた、別のカセットケースに入ってて、
しかも、
そのテープ、ちょっと弛んでて・・・。
返すとき、開始位置を元の場所に戻してくれるのは有り難いんだけどさ、
弛んでたら、ちゃんと直して欲しいわ”
“多分、それ、
私が、普段よく洋楽を聴いてる・・・って電話で言ったから、
それで・・・”
“だと思った。
アイツ、
今まで音楽になんて、ぜんっぜん興味が無かったもん。
ザ・ファントムシアターを貸したときなんて、
姉貴、これ、
聴いてみたら男の声の曲ばかりなんだけど。違うテープじゃないの・・・って言ってきてさ。
当たり前じゃない、
それ、男だけのバンドなんだから・・・って言い返したら、
男? 男なのに なんでこんな名前なんだ。
そんなわけないだろ、騙されないからな・・・って言ってきて、
仕方ないから、
あたし、雑誌のバックナンバーを引っ張り出してきて、
来日ツアーのときの特集を▽▽に見せてやったわ。
そしたら黙り込んじゃってね、
で、少ししたら、
姉貴、
この雑誌、ちょっと貸してくれ・・・だってさ。
まったく・・・”
“あの・・・”
“ん? 何?”
“今、ザ・ファントムシアター・・・って言ってましたけど、
もしかして、持ってるんですか?”
“うん、テープだけど”
“全曲 入ってるんですか?”
“うん、A面もB面も入ってる。
聴きたい?”
“え、いいんですか?”
“いいわよ。
けど、
あたしの彼のテープをダビングさせてもらったヤツだから、
音は ちょっと悪いよ”
“いえいえ、
そんなの、まったく気にしないです。
聴けるだけで嬉しいです”
“分かった。
ちょっと待ってて、持ってくるから”
義姉さん、受話器を置いてラジカセを取りに行ったみたいだから、
私も受話器を置いて、急いで自分の部屋に戻った。
膝掛けとクッションを持ってきて、
置いたクッションに腰を下ろして、電話台にもたれかかるように座って、
それで、
受話器を耳に当てたまま待っていると、義姉さんの声が聞こえてきた。
“お待たせー。
どの曲から聴きたい?”
“あ、えっと、
聴けるところからでいいです”
“オッケー。
じゃ、流すからねー”
“お願いします”
そうしてね、
義姉さんに曲を聴かせてもらって、
1曲ごとに印象とか感想をお互いに教え合っていたら、
電話の向こうで声がしたの、
ご飯、出来たわよー・・・って。
あれ?、って思ったわ。
私、すぐに義姉さんに確認した。
“あの、今、
ご飯よー・・・って聞こえましたけど”
“あぁ、うん。
でも、
ちょっとくらい、別にいいわよ。
▽▽だって、まだ帰ってきてないし。
気にしないで”
“晩ゴハンって、いつもこの時間なんですか?
6時半頃とか、それくらいじゃないんですか?”
“6時半?
いや、
ウチ、そんなに早くないよ。
いつも だいたいこれくらいの時間だけど。
・・・なんで?”
“いや、ちょっと・・・”
そのときね、
電話の向こうで、
ガラガラ・・・って音と、“ただいま”って声が同時に聞こえた。
お父さんの声だった。
義姉さんがすぐに声を小さくして、おかしそうに私に囁いた。
“あ、帰ってきた帰ってきた。
なんか、こっちをじぃっと見てる。
どうする? このまま代わる?”
私、答えたわ、
“・・・いえ、いいです”って。
“え? あぁ、
まぁ、そっか。
あたしと話してたのがバレると、色々と面倒になりそうだもんね。
うん、分かった、
▽▽には上手く言っておく。
明日の夜、また電話かけるからね、
えーっと・・・、
ちょっと遅いけど、10時くらいになっても平気?
・・・良かった。
じゃ、続きはそのときに改めて聴かせてあげるから。
またねー”
義姉さんが電話を切ったから、私も立ち上がって受話器を置いた。
ちょっとしてから電話が鳴った。
息をひとつ吐いた私は、
ちょっと躊躇ってから、受話器を取った。
“はい、もしもし・・・”って、電話に出た。
“あ。
オレです、▽▽です。
帰りがちょっと遅くなっちゃいまして、電話に出られませんでした。
ごめんなさい。
あの、今日はどんな話――”
お父さんが話してる途中で、
私、受話器を戻したの。
膝掛けとクッション、ノートを拾い上げて部屋に戻って、
その後、
リビングに戻って、コタツに入って、
家族4人で、いつものようにテレビをボーッと観ていた。
あぁ、そうか、
電話は、もう かけませんので・・・って、
ちゃんと言っといた方が良かったな、って思った。
でね、
それにしても、
3月に入ってしばらく経つのに、なんでこんなに寒いんだろ・・・って、
コタツで体を丸めたときにね、
あれ? そう言えば・・・って思ったの。
この前も確か・・・。
私、
そのままじっと考え始めて、
でね、
少しすると、
コタツから慌てて抜け出て、そのまま階段を駆け上がって、
2階の自分の部屋に行ったわ。
ゴミ箱の底から、クシャクシャに丸めて捨ててあった紙を拾って、
机の上で急いで広げて、シワを手で伸ばしてね、
それから、
その紙を持って、
また、ドタドタと1階に下りていったの。
電話のある和室の、読み終えた新聞とか広告を溜めてあるところに行って、
畳の上に座って、
持ってきた紙を脇に置いたあと、
溜めてあった新聞を1部、手に取った。
シワクチャの紙にある日付と、そのすぐ下のミッション内容を確認して、
その日のお父さんとの会話を思い出しつつ、
同じ日付の朝刊の、お天気欄を見ていったの。
思った通りだった。
お父さんね、
寒そうな日は、話が長くなり過ぎないようにしてくれてたの。
私がお父さんの家に最初に電話をかけたとき、
気まずくなった私が 電話を切るために適当に言ったことをね、
お父さん、どうやら真に受けてたらしいのよ。
バッカじゃないの、って思った。
もうちょっと上手くやればいいのに、バッカじゃないの・・・って。
でね、
その、各 朝刊に載ってる予想気温の数字とクシャクシャの紙の日付とミッションを、
もう一度、見比べていてね、
私、少し笑っちゃったわ。
バッカじゃないの・・・って呟いて、
目元を指で拭って、
それから、
出してある新聞を、鼻をすすりながら片付けていって、
シワクチャの紙を拾って、
また、2階の自分の部屋に戻ったわ。
椅子に座って、
シワクチャの紙をセロハンテープでノートにくっつけて、
で、
明日の日付を書き込んだあと、
私、
考え考え、あれこれと色々書いていった。
途中でラジオをつけてね、
流れてくる明るいトークと笑い声を耳にしつつ、
夜遅くまで、
たくさんたくさん、せっせと書き続けたわ。
次の日、
夜7時になるのを待って、私はお父さんの家に電話をかけた。
その日は、
お父さん、すぐには電話に出なかったわ。
呼び出し音が鳴り続け、
そうして、少ししてからその音が止まって、
お父さんが出て、
でね、
なんか、恐る恐る・・・って感じでね、
“あ、えと・・・、
も、もしもし、△△ですけど・・・”って声が聞こえてきた。
私、
いつもと同じ感じで まずは自分の名前を告げて、
それからね、
お父さんに言ったのよ、
“私、今日は膝掛け持ってきてるから寒くないよ。
長く話せるよ”って。
お父さんたら、
“え。
・・・あ、いや、その”って言って、
それっきり黙り込んじゃった。
だからね、
その日の電話、ほとんど私がひとりで喋ってた。
ねぇねぇ、聞いて聞いて・・・って、
ため口でね』
続きます》」




