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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
211/292

211.お母さんの話の続きです

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ お母さんの話の続きです。

│ 「お父さんの家に初めて電話をかけるとき、

│  すごく緊張してたのを今でも覚えてる。

│  持ってきたメモを電話の脇に置いて、

│  それを見ながら一度深呼吸して、

│  受話器に手を置いたあと、また深呼吸して・・・。

│  念のため、

│  お父さんじゃなくて、お父さんの家族の人が出たときのセリフや、

│  その家族の人に用件を訊かれたときの答え方を、頭の中で何度か確認して、

│  そうして、意を決して受話器を持ち上げ、

│  ドキドキしながらダイヤルを回し始めたんだけどね、

│  指を浮かせて、

│  そのダイヤルが、ジー・・・って戻ってくるのを待ってる途中で、

│  あれ?、

│  いま本当にこの番号を回したんだっけ、って急に不安になっちゃって・・・。

│  で、

│  手で受話器の台を押さえて、そのまま何度か深呼吸。

│  ふたたび気合を入れ、

│  押さえてた手を離して、

│  最初の番号から、ジーコ、ジーコ・・・って、

│  そうやってね、何回やり直したか分からないわ。

│  結局、5分くらいかかったんじゃないかしら。

│  正直、ちょっと後悔してた。

│  その場の勢いで、

│  つい、直感的にあんなことを口走っちゃったけど、

│  やっぱりやめときゃ良かったな・・・って。

│  なんで言っちゃったんだろ・・・って。

│  メモにある電話番号の、ラストの数字に目を向けたあと、

│  ダイヤルをゆっくりと回していって、

│  目的の数字で指を止めたまま何回か深呼吸し、気を落ち着け、

│  それから指を離して、

│  ダイヤルが戻っていって、止まって、

│  耳に受話器を押し当てたまま、静かに待っていると、

│  呼び出し音が鳴った瞬間、誰かが出たわ。

│  “もしもし、

│   △△ですけど・・・”

│  お父さんの声だった。

│  でも、

│  一応、確認しておかなきゃ・・・って思って、

│  だから、

│  私の名前を告げたあと、

│  電話の相手がお父さんかどうか確かめようとしたんだけどね、

│  その名前がなかなか出てこなくって。

│  あ、そう言えばメモに・・・って、

│  ちょっとしてから気が付いて、

│  それを見ながら、慌てて確認してみたら、

│  “あ、

│   はい、オレです。

│   えと、ご、ご用件は・・・”って返ってきてね。

│  ご用件?

│  ・・・あれ? なんだっけ?

│  そもそも、

│  今、なんで電話をかけてるんだっけ?・・・って、

│  私、

│  もう、すごく焦り始めちゃって・・・。

│  で、少し遅れて、

│  あ、自己紹介をするんだった・・・って思い出したのは良かったんだけど、

│  “あの、私の名前は・・・”って始めちゃったのよ。

│  それ、もう昨日やったじゃないの・・・って心の中で悪態つきながら、

│  通ってる高校のことを話して、

│  夏休みまで所属してたソフトテニス部のことを話して、

│  あとは・・・、

│  あぁ、そうそう、

│  自分の住んでるところの話をした気がする。

│  昔と比べて車の数が増えてきて、そのせいで広い通りの近くは排ガスがすごくて、

│  新しいまっすぐな道路が次々と敷かれ始めて、

│  それで、

│  住宅地や団地がどんどん作られて、学校や公園も増えて、

│  近所に、ファストフードのお店やコンビニがオープンして、

│  少し遠い場所だけど、

│  輸入盤も扱うレコード店の入っているショッピングセンターが出来て、

│  駅前でも、何かの大きな建物の建設工事をずっとしていて、

│  何か、段々と街っぽくなってきてるけど、

│  でも、

│  ちょっと歩くと、すぐに田んぼや畑ばっかりになってしまって、

│  他には何も無くて、

│  そっちの方は、まだまだ田舎のまま・・・ってこととか、

│  夏になると川で花火大会があって、浴衣を着た人がたくさん集まってくる・・・とか、

│  ちょっと離れた場所を駅伝のコースが通ってて、今年もテレビにチラッと映ったと思う・・・とか、

│  多分、そんな感じね。

│  とにかく、

│  話が途切れないように考えつつ、必死になって電話で喋り続けた記憶があるわ。

│  でね、

│  あ、そろそろお父さんの話も聞かなくちゃ・・・と思って、

│  そっちは、どんなところなんですか?・・・って訊こうとしたんだけど、

│  それだと、お父さんの高校の話が飛ばされちゃう気がして・・・。

│  でも、かといって、

│  じゃあ、代わりになんて言ったら良いのか・・・思い付かなくて、

│  沈黙が続いてしまってね、

│  で、

│  結局、少ししてから、

│  “私の自己紹介は終わりです”って言ったの。

│  そしたら、

│  “あ。えと、

│   ・・・ごめんなさい、オレの番ですよね。

│   そ、その、

│   ちょっと緊張してて”って返ってきて、

│  それで私、気が付いたの。

│  あ、お父さんを責めてるみたいな言い方だった・・・って。

│  もう少し気の利いた言い方にすれば良かった・・・って反省してたら、

│  ちょっと間があってから、お父さんの自己紹介が始まった、

│  ・・・私と同じように、まずは自分の名前からね。

│  もう、すごく恥ずかしかったわ。

│  それでね、

│  そのときのお父さん、

│  自分の通ってた高校のこととか、頑張って喋ってくれたと思うんだけどね、

│  私、ぜんぜん覚えてないの。

│  お父さんの話の合間に相槌を打つので精一杯だったわ。

│  あ、でも、

│  イノシシの話だけは覚えてる。

│  たまに、山から下りてきたイノシシが里に入ってきて、

│  で、ちょっと前も、

│  学校帰りの小学生たちがウチのチャイムを鳴らしてくれて、

│  裏の畑がそのイノシシに荒らされていることを(しら)せてくれた・・・だったかな?

│  私、

│  野生のイノシシになんて出会ったことなかったから、少し驚いちゃったわ。

│  え、出るんだ・・・って。

│  でね、

│  そうやって色々な話をしてくれたと思うんだけどね、

│  なんか、気付いたときにはもう終わってたの。

│  ふたりとも黙ったままになってて、無言の状態が続いてて、

│  段々気まずくなってきて・・・。

│  それで私、

│  “あ、

│   寒いし、そろそろ切りますね。では”って言って、受話器を置いたの。

│  はぁ・・・って、ため息をついて、

│  で、

│  メモを持って自分の部屋に戻ろうとして、

│  あっ、しまった・・・って思った。

│  明日の電話をどうするか、言ってなかった・・・って。

│  正直、ちょっと迷ったわ。

│  少しの間、

│  和室の電話台の前で、じぃっと考えてた。

│  でもね、

│  仕方ないから、電話をかけることにした。

│  受話器を取って、

│  その脇に置いたメモを見つつ、

│  ダイヤルを、ジーコ、ジーコ・・・って回していって、

│  そうして、再びお父さんの家に電話をかけたの。

│  呼び出し音が鳴って、すぐに、

│  “もしもし、△△ですが”って、お父さんの声が聞こえたわ。

│  私、自分の名を告げたあと、

│  “さっき訊き忘れてしまったんですけど、

│   明日も同じ時間に電話して大丈夫ですか?”って尋ねた。

│  “あ。

│   はい、大丈夫です。

│   えと・・・、

│   おやすみなさい、また明日”

│  “・・・。

│   おやすみなさい、また明日”

│  受話器を置いた私は、

│  少ししてから大きくため息をつくと、

│  2階の自分の部屋に戻って、メモをまた机の抽斗に戻して、

│  そのあと、リビングに向かったわ。

│  コタツに入って、

│  心の中で散々愚痴ってた。

│  何よ、

│  こっちだって緊張してるんだから、

│  もっと色々気を遣って話をリードしてくれても良いのにさ。

│  だいたい、

│  ご用件は・・・って、

│  そんな始まり方、ある?

│  ムードのムの字もないじゃん。

│  あーあ、もう・・・。

│  でね、

│  再び、大きくため息をついたら、

│  テレビのツマミに手を伸ばしてた弟が、こっちを振り返って訊いたのよ、

│  “あれ?

│   姉ちゃん、観てた?”って。

│  “え? あ、

│   ごめんごめん、違うの。ちょっと考え事してただけ・・・。

│   変えていいよ”

│  “・・・もしかして、さっきの電話?”

│  “うん”

│  “誰と話してたの?”

│  “・・・M県の人”

│  “え? なんで?

│   なんでそんな遠いところの人と話してたの? 知り合い?”

│  “・・・うん、

│   まぁ、そんなところ・・・”

│  “僕、

│   受かった大学の先輩か先生かな、って思ってた”

│  “え、どうして?”

│  “だって、

│   さっきトイレに行ったときに少し聞こえたんだけど、

│   姉ちゃん、自分の高校のことを敬語で頑張って説明してたし、

│   それに、

│   なんか、すごく緊張してたみたいだし・・・”

│  それ聞いてね、

│  私、

│  また、大きくため息をついたわ。

│  腹立たしかったし、

│  明日のことを考えると憂鬱だった。

│  なんで、また電話をかける、って言っちゃったんだろう・・・って思った。

│  でも、

│  そのとき、ふと頭を(よぎ)ったのよ、

│  お父さんの、一生懸命に事情を私に説明してくれてる様子と、

│  その声が。

│  私、

│  少しして、息をひとつ吐いた。

│  そして、

│  よし、明日も頑張ろ・・・って、心の中で気合いを入れて、

│  ゆっくりと後ろの壁に もたれかかった。

│  で、

│  次は電話でどんなことを話そうか、

│  お父さんに何を質問して、どんなことを話してもらおうか・・・、

│  そんなことを考えつつ、

│  いつものように、

│  暖かいコタツで弟と一緒にテレビを観て、

│  お祖父ちゃんの帰りと、晩ゴハンの時間を待っていたわ」

│  続きます。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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