210.「友達と喋っていたの
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│ 「友達と喋っていたの。
│ なんの話だったか・・・は、流石に忘れちゃったわ。
│ あ、でも、
│ 多分、当時仲の良かったグループの子のことね。
│ あの子、付き合ってる彼氏とこんなことがあったらしいよ・・・っていう噂話ね。
│ でね、
│ そのとき、
│ 私、友達に言ったのよ、
│ “誰か良い人いない? いたら紹介して”って。
│ そしたら、
│ “どんな人がいいの?”って。
│ だから、
│ “取り敢えず、女友達の少なそうな地味めの人”って答えたら、
│ その友達に笑われちゃってね、
│ それで、
│ “分かった。
│ ちょっと先輩に訊いてみる”って言われ・・・あ、
│ 女友達の少なそうな地味めの人・・・って部分、お父さんには内緒よ?
│ 分かった?
│ で、
│ 次の日だったかな、
│ 夜、コタツに入って家族4人でテレビを観てたら、
│ 電話が鳴ったの。
│ その日は弟の日だったから、
│ すぐに弟がコタツから出て、電話を取りに行ったの。
│ そしたら、
│ 少ししてから、
│ “お姉ちゃーん、電話ー”って呼ばれてね、
│ 体を起こしながら、
│ “誰からー?”って返したら、
│ 弟が、
│ “△△さーん、
│ ××さんの先輩の・・・、取り敢えずナントカっていう人の友達だってー”って。
│ あぁ、
│ 誰か紹介して、って頼んだ件かな・・・と思ったんだけど、
│ でも、変だなぁ・・・って。
│ だって、こういうときに電話をかけてくるのって、
│ 普通、
│ 私が電車の中で相談を持ちかけた友達か、
│ もしくは、
│ その友達が“訊いてみる”って言ってた先輩でしょ?
│ “こういう人がいるんだけど、会ってみない?”って感じで。
│ どうしてその先輩の友達が、いきなり直接私のところに電話してきたんだろ。
│ 変だなぁ。
│ あ、
│ もしかして、その紹介してくれる男の人が直接・・・。
│ けど、
│ そうだとしても、やっぱり変だなぁ・・・って思って、
│ それで、
│ 受話器を受け取るときに、
│ 弟に、
│ “男の人?”って訊いてみたの。
│ そうしたら、
│ “ううん、女の人”って返ってきて、ますます訳が分からなくなって、
│ まぁ、でも、
│ ひとまず出てみよう・・・と思って、受話器を耳に当てた。
│ もしもし・・・って言おうとしたらね、
│ 受話器の向こうから声が聞こえてきたの。
│ “ほら、代わりなさいよ”
│ “いや、
│ 急に言われてもオレにはムリだって”
│ “なんでよ。
│ 電話でちょっと話すだけでしょ?”
│ “いや、ムリだって。
│ だいたい、こんな夜遅くにいきなり知らない人から電話が来たら、
│ 向こうだって迷惑じゃないか”
│ “そんなことないわよ。ほら、早く”
│ “イヤだって”
│ “ほら”
│ “イヤだ。
│ オレ、絶対に出ないから”
│ “意気地なし”
│ “いや、
│ これは意気地なしとかそういう問題じゃなくて・・・”』
│ ワタシのお母さん、
│ 口元に手を当て笑いながら、そう話しました。
│ そして、
│ 少しして笑うのをやめると、
│ 目を細め、懐かしそうな顔になって、
│ そのまま、昔話を再開させました。
│ 「そんな感じでね、
│ 電話の向こうで、ふたりで延々とやり合ってたのよ。
│ その日は、まだ寒くてね、
│ ずっと立ってるのも疲れちゃうし、さっさと終わらせたくて、
│ それで、
│ 私、途中で割り込むことにしたの、
│ “もしもし・・・”って。
│ そうしたら、
│ 電話の向こうの言い合いがピタッと止まった。
│ すぐに受話口が塞がれた音がして、何も聞こえなくなって、
│ そのまま、じっと待ってたら、
│ 少しして、
│ 男の人の声が聞こえてきたの。
│ “あ、えと、
│ その・・・”
│ “・・・はい、なんでしょう?”
│ “オレ、じゃなくて、
│ 僕は・・・、
│ いや、
│ この場合はオレで良いのか。
│ いや、
│ 何言ってるんだ、オレは。
│ 違う、そうじゃなくて・・・、
│ えーっと、
│ あ、取り敢えず初めまして。
│ で、何を言おうとしてたんだっけ・・・。
│ えっと・・・”
│ それっきり声が聞こえなくなってね、
│ で、
│ 沈黙が10秒くらい続いて、
│ その後、
│ 急に、ガチャン・・・と切られたの。
│ ツー、ツー、ツー・・・って音が聞こえてきたから、
│ 私、持っていた受話器を戻したわ。
│ 何、この失礼な電話・・・って思って、
│ ムカムカしながらコタツに入って、みんなとテレビを観ていると、
│ また電話が鳴ったの。
│ 弟が、
│ またコタツを抜け出して、電話を取りに行って、
│ それで、
│ また、
│ “お姉ちゃーん、電話ー”って言ったから、
│ 私、
│ コタツに入ったまま、
│ “さっきと同じ人ー?”って訊いてみた。
│ そしたら、
│ “ううん、別の人ー。
│ 男の人ー”って返ってきた。
│ 思わず ため息が出た。
│ あぁ、さっきの人か・・・って思った。
│ 少し迷ったけど、仕方ないから出ることにしたわ。
│ 電話のところへ行って、
│ 弟から受話器を受け取って、耳に当てて、
│ “もしもし”って言ったの。
│ 今度は、すぐ声が返ってきた。
│ “あ。
│ えと・・・、
│ さ、さっきはすみませんでした。
│ 急に姉貴に、
│ 電話に出ろ、って言われまして・・・。
│ 意味が分からなかったし、断ろうと・・・あ、
│ いやいや、
│ 断ろうとしたのは、別にあなたと話したくないからじゃなくて・・・、
│ いや、そういう意味でもないんですが、
│ なんと言うか、その・・・、
│ あ、
│ と、とにかくすみませんでした。
│ で、何を言うんだっけ。
│ ・・・。
│ あぁ、そうだ、
│ 取り敢えず、訳が分からないと思うんで、
│ 一応、訳の説明を開始すると・・・”
│ 電話の向こうの、その男の人はね、
│ そうやって、ちょっとおかしな日本語で、
│ 途中、何度も言葉を支えて、
│ 何度も話を行ったり来たりしながらも、
│ 丁寧に、
│ 一生懸命、延々と事情を説明し始めたの。
│ 要は、
│ 私の友達が、私のことを先輩に相談してみたら、
│ その先輩が、自分の友達の弟にちょうど良さそうな人がいることをふと思い出して、
│ その自分の友達にすぐに連絡して、
│ で、
│ “あなたの弟をある人に紹介したいんだけど・・・”って伝えたら、
│ その先輩の友達・・・要は、その男の人のお姉さんが面白がっちゃってね、
│ 無断で勝手に私のところへ電話をかけて、
│ それで、
│ 急に交代して、無理やり私と話をさせようとした・・・って、
│ そういう顛末だったらしいの。
│ 5分くらいだったかな、10分くらいだったかな、
│ ひと通り事情の説明を終えた、その人は、
│ 最後に私に、
│ “夜遅くに、突然 変な電話をしてしまって申し訳ありませんでした。
│ それでは・・・”って言って、電話を切ろうとしたの。
│ 私、
│ “待ってください”って、引き止めた。
│ “えーと、あの、
│ ・・・な、なんでしょうか?”
│ “今、付き合ってる彼女はいるんですか?”
│ “へ?
│ あ、いや、
│ いませんけども・・・”
│ “何歳ですか?”
│ “あ、同じです。18です”
│ “名前は なんておっしゃるんですか?
│ あ、ちょっと待ってくださいね。・・・はい、どうぞ”
│ そうやってね、
│ メモを取りつつ、
│ 名前を聞いて、その名前の漢字の書き方も教わって、
│ 続いて電話番号を聞いてるときにね、
│ あれ?、って思ったのよ。
│ 見たことも聞いたこともない市外局番だったの。
│ 周りの町の番号とも全然似ていなくて、
│ それで、
│ メモした番号を確認したあと、住んでるところを尋ねてみたの。
│ そしたら、“M県です”って。
│ めちゃくちゃ遠いじゃん・・・って思ってたら、
│ 電話の向こうでそれを察してか、すぐに付け足してくれたわ。
│ “あ、えと、
│ この春からそっちに引っ越す予定でして。
│ □□女子大ですよね?
│ オレ、##大学です”って。
│ “そうだったんですか。
│ 分かりました。
│ 明日、電話しても良いですか?”
│ “え?
│ えと・・・、オレの家に?”
│ “はい、そうです”
│ “別に問題ありませんけど・・・”
│ “だいたい何時くらいなら、かけても大丈夫ですか?”
│ “あぁ、えーっと、
│ 6時よりあとなら、多分・・・。
│ その時間なら、だいたい家に帰ってると思うし・・・”
│ “分かりました。
│ じゃ、明日の6時ちょっと過ぎに電話します。
│ 失礼します”
│ そう言った私は受話器を置いて、
│ メモに、6時10分・・・って書いて、
│ ぐるぐるっとマルで囲って、
│ それから、
│ 千切ったメモを持って自分の部屋に戻って、机の抽斗に入れて、
│ で、
│ コタツに戻って、家族みんなとテレビを観ていたの。
│ そうしたら、
│ 少しして、また電話が鳴ってね。
│ 弟が、
│ “また電話ー?
│ 今日、多くなーい?”って文句を言いつつ、コタツを出ようとしたんだけど、
│ 私、
│ “あ、
│ 多分、私だから”って言いながら立ち上がって、
│ 電話のところに行ったわ。
│ 受話器を取って、
│ “もしもし、○○ですけど”って言った。
│ “あ、△△ですけど、
│ さっき電話でオレと話してた人ですか?”
│ “はい、そうですけど・・・”
│ “あの・・・、
│ 名前、訊いても良いですか?”
│ “え? 別に構いませんけど・・・。
│ お姉さんから聞いてなかったんですか?”
│ “いや、
│ 聞いたとは思うんですけど覚えてなくて・・・。
│ この紙、電話番号しか書いてないし・・・。
│ 何回もお電話してしまって、すみません・・・”
│ 私、
│ “○○◎◎と言います”って、自分の名前を告げて、
│ そのあと、漢字での書き方を教えた。
│ いつものことだけど、
│ その人にも、
│ “え?
│ ○○って、こう書くのもあるんですか”って、驚かれたわ。
│ で、
│ 最後に念のため確認して、
│ “多分、それで合ってると思います”って返して、
│ そうしたらね、
│ その人、私に こう言ったの、
│ “あ、それと、
│ ひとつ、言い忘れていたことがありまして・・・”って。
│ “・・・はい、なんでしょう?”
│ “あの・・・、
│ お、おやすみなさい”
│ “・・・。
│ おやすみなさい、また明日”
│ “え?
│ あ、はい。
│ ・・・えと、また明日”
│ 次の日、
│ 朝、学校に行くために電車に乗ると、
│ いつもの車両で、友達が吊り革を握って立っていたわ。
│ “おはよー”
│ “あ、おはよー。
│ 例の件、先輩に相談してみたら、
│ 良さそうな人、いるってさー。
│ 今日の夜、電話がかかってくると思うから”
│ “それ、△△さんでしょ?”
│ “え? なんで もう知ってるわけ?”
│ “ゆうべ、電話があったから”
│ “△△さんから?”
│ “うん”
│ “えー、うそー。
│ なんでー?”
│ “さぁ? よく分からない”
│ “ごめんねー。
│ で、
│ その男の人と、もう話したの?”
│ “うん、少しだけ・・・”
│ “どうだった?”
│ “うん・・・、
│ なんか、割と良い人そうだった・・・”
│ 私とお父さんの出会いは・・・、
│ ううん、出会いじゃないわね、
│ 初めての会話は、そんな感じだったの」
│ 続きます。
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│ あと、
│ お母さんのセリフに出てくる“弟”は、
│ 実際は、“〜〜叔父さん”って名前で言っていたのですが、
│ それだと読む人が分かりにくい気がしたので、文中では変えています。
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