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Summer Echo  作者: イワオウギ
21/289

21.バス乗り場の改札が開いた

バス乗り場の改札が開いた。


「それでは、お気を付けてお進み下さーい」


係員の大きな声とともに、列の先頭が動き出し、

改札を次々に通っていく。

私は、トイレの方を振り返った。

入り口。

人影は無い。

少年は、まだ戻ってきていなかった。


時間の流れが、とても遅く感じられた。

行列はゆっくりと、

だが、着実に進んでいく。

私は、トイレの方を何度も振り返りつつ、

その足を、

1歩、また1歩と進めていく。

焦燥感が私の胸をジリジリと締め付け、

喉を少しずつ()い登ってくる。


改札まで、あと3人。

並び直すか、

それとも、まだ列で待つのか。


必死の(せめ)ぎ合いを続けつつ、

祈るような気持ちで、トイレの方を振り返る。


・・・ダメか。

やっぱり並び直・・・いや、あれは・・・。


「こっち、こっち!。

 早く!」

咄嗟に大声を出した私は、手を頭の上で激しく振った。

トイレを出てきたばかりの少年は、

すぐに顔を上げ、こちらを見た。

腕を横に振り、

すぐに、パタパタと走ってくる。


「セーーフ」

そう言った少年は、

私を見上げ、屈託のない顔で笑った。


「いいからチケット、チケット!」


「手が濡れてるー」


「あぁ、もう。ほら・・・」



何とか無事に、改札を抜けた。

そのまま外に出ると、

道路が、この駅の建物に沿うようにして左右に延びていた。

少年と私は、その手前で左へ折れると、

他の観光客たちとともに、道路脇にある歩道を進んでいく。

日は当たっていなかった。

影の中だった。

駅の建物から突き出したコンクリートの(ひさし)が、私たちの頭上を覆っている。

雨のときも、

これなら、わざわざ傘を差す必要が無い。


少し先に、

大きなボディの、白い観光バスが停まっていた。

テールランプ付きの、四角い後ろ姿が見える。

その奥には、

まったく同じ後ろ姿が、もう1台。


「そういや、

 大きい観光バスには乗ったことあるの?」

私は、

高い位置のリアウィンドウに目を向け、そう尋ねた。

窓の向こうで、

リュックを背負った人影が、端の方へ入っていく。


「おっきい観光バス?。どれくらいのー?」

少年の声。

顔を、こちらへ向けているようだ。


私は、視線の先のバスを指差しつつ、

「ほら、あれくらいのバス」

と言って、少年を見た。


少年は、視線をバスに送ると、

そのまま、

すぐに、まっすぐ前を向いて、

足を動かしながら、素っ気なく答えた。

「あるよー」


「かぞ・・・じゃなくて、学校の旅行?」


「・・・」


「・・・どうしたの?」

ちょっと不安な気持ちで尋ねてみると、

少年が言った。

「うーん、旅行なのかなぁ・・・」


「・・・どういうこと?」


少年は、私を見上げた。

「スキー教室って、旅行なの?」



バスの車体の、すぐ脇を歩く。

濃厚な排気ガスの匂い。

少し気持ち悪くなったので、口からの呼吸に切り替える。

ボボボ・・・という、

低く、唸るようなエンジン音が、私の体内に響く。

熱せられたエンジンの空気が、

ときどき、私の頬をねっとりと撫でていく。


バスの側面にある窓は、

私の頭よりも、少し上の位置に付いていた。

見上げると、その窓の向こうに、

帽子をかぶった乗客の、肩から上が見えた。

前を向いたまま、何かをひっきりなしに喋っている。

私は、

見上げるのをやめ、顔を正面に戻す。


「・・・あっちにしよう」

私は、

そう口にしながら、

奥にある、もう1台のバスを指差した。

少年を見る。


少年は、まずは私の顔を見て、

次に、

私の、まっすぐ伸びた手に視線を移し、

その指先の向こうにある、バスの姿を確認し、

最後に、

顔を、また正面へ戻した。


ふたり並んで黙々と歩く。

バスの、開いたままのドアの前を通り過ぎ、

そのまま、

奥の、もう1台のバスの方へ。


もう少し、ここを歩いていたかった。

前を見ていたかった。

私たちの歩く、その遥か遠方には、

青みがかった緑色をした、山々の稜線が、

私の目線と同じ高さに、

左右に大きく、静かに広がっていた。


ここの標高は1000m。

これからバスに乗り、更に2400mの高さまで登っていくのだ。


私は、遠くの山並みを見ながら歩いた。

つい3時間前の、

トミヤマ駅周辺の、並び立つビルの風景が、

何だか、とても懐かしいように思えた。

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