207.ありがと
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│ 「ありがと。
│ もう、大丈夫・・・」
│ ワタシは、
│ そう言って、友達から離れようとしました。
│ 「・・・」
│ 「?
│ あの、もういいから。
│ ワタシ、大丈夫だから」
│ 「・・・」
│ 「ねぇ、聞いてる?
│ ホントにワタシ、もう大丈夫だから」
│ 「・・・」
│ 友達は、
│ 少し間を置いてから、
│ ようやく抱き締めていた手を離しました。
│ そうして、
│ 目元を拭ってるワタシの、ちょっと乱れてる髪を優しく整えてくれました。
│ ワタシは、
│ 鼻をすすったあと、
│ 「・・・ねぇ、
│ さっき、どうしたの?」って尋ねました。
│ 友達が、
│ ソファのほうへ戻りながら答えました。
│ 「ん?
│ あぁ、
│ 一瞬、イタズラしてやろうと思ったんだけどさ、
│ そう言えば、
│ あんた、
│ この前のカラオケのとき、
│ 私のこと、ずっと慰めてくれてたな・・・って思い出しちゃってさ、
│ だから、
│ まぁ、今日のところは勘弁しといてやるか・・・って」
│ 「・・・。
│ 別に、
│ 勘弁しなくても良かったのに・・・」
│ ワタシがそう言うと、
│ 友達は、ソファに腰掛けながら言いました。
│ 「いい、今日はやめとく。
│ それに、
│ 元気じゃないあんたにイタズラしても、やり甲斐ないし」
│ ワタシは、少し笑いました。
│ 「ちょっとー、
│ やり甲斐ないって、どういう意味?
│ ひどーい」って返しました。
│ ちょっと笑った友達は、
│ テーブルの上から自分の麦茶を取ると、ひと口すすって、
│ そうして、
│ 少ししてから訊きました。
│ 「・・・じゃあ、
│ 産まないことにしたのは、
│ 自分の中に、そんなに強い気持ちがないから・・・ってこと?」
│ ワタシは、
│ 「うん。」って頷き、
│ 言葉を続けました。
│ 「さっきもちょっと話したけどね、
│ ホントはね、
│ もう少し、考える時間が欲しいの。
│ でも、そうするとね、
│ ワタシの場合、
│ 多分、入院が必要になってくるでしょ?
│ 何万円もお金かかっちゃうでしょ?
│ 産むかどうかを悩むだけで、
│ しかも、
│ 自分の中の気持ちがそんなに強くなさそうなのに、
│ 家族に、そこまでの迷惑はかけられないなぁ・・・って思って」
│ 「・・・そっか」
│ 「うん・・・。
│ それにね、
│ もしかしたら、
│ 妊娠悪阻、大変かもしれないし・・・」
│ ワタシがそう言うと、
│ 友達は、
│ 「まぁ、
│ 確かに、もう既にかなりキツそうだもんね」って言いました。
│ 「うん・・・」って返したワタシは、
│ 次いで、
│ お母さんも・・・って言おうとしたのですが、
│ それはやめました。
│ 黙ってました。
│ 友達が、
│ ちょっとしてから訊きました。
│ 「・・・同意書は?
│ もう、貰ってきた?」
│ ワタシは、首を振りました。
│ 「ううん、まだ。
│ 明日、貰ってくる」って返すと、
│ 友達が言いました。
│ 「私、
│ ネットで調べて、ちょっと気になることがあったんだけどさ、
│ その同意書って、
│ もしかして、相手の男のサインも必要になるんじゃないの?
│ あんたと、あんたの両親のサインだけで大丈夫なの?」
│ ワタシは答えました。
│ 「あぁ、えと、
│ 先生ね、
│ ウチの病院では必要ない・・・って。
│ 連絡が取れない場合、無くてもいい・・・って」
│ 「そっか。
│ なら、問題ないか」
│ 「うん・・・」
│ ワタシがそう返すと、
│ 友達は、残ってる麦茶をグイっと飲み干しました。
│ ワタシも、
│ 後ろのミシン台にあった、りんごジュースのコップを手に取り、
│ 少し飲みました。
│ 友達が言いました。
│ 「じゃあさぁ、
│ 一段落ついたら、またふたりでカラオケ行かない?
│ この前、ぜんぜん歌えなかったし」
│ 「行く行くー。
│ 夏期講習の終わりに・・・あ、
│ ねぇねぇ、
│ 今日のプリントは? どこまで進んだ?」
│ 「あぁ、
│ ごめんごめん、忘れてた。
│ ちょっと待ってね。
│ 今日の1限目は数学でさぁ、先生が・・・」
│ 続きます。
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