205.おー、ホントだー
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│ 「おー、ホントだー。
│ 涼しー。生き返るー」
│ 漫画部屋に入るなり、友達はそう言いました。
│ ワタシは、
│ 部屋の外で戸を開けたまま、
│ 「奥のソファ使って。
│ ワタシ、何か飲み物を持ってくるから」って言いました。
│ すぐ、こっちを振り向いた友達は、
│ 「え?
│ あぁ、えーっと、
│ ・・・じゃ、お願いするでござる」って言いました。
│ ちょっと笑ったワタシは、
│ 「うん、
│ 行ってくるでござる」って返して、そのまま戸を閉めました。
│ 台所に行きました。
│ コップに氷を入れ、冷たい麦茶を注ぐと、
│ そのコップを持って、漫画部屋に戻りました。
│ 「サンキュー。
│ ちょっと待って、すぐ終わらせる」
│ ソファに腰掛けていた友達は、
│ 手元のスマホに目を向けたまま、素早く操作しながら、
│ そう言いました。
│ ワタシは、
│ 「じゃ、
│ ここのテーブルに置いとくね」って言って、
│ 麦茶のコップを、ソファの横にあるリビングテーブルの上に置きました。
│ そうして、
│ 布団の脇にあるミニテーブルのところに行って、りんごジュースのコップを拾い上げ、
│ それを持って、ミシン台のところに行き、
│ そこの丸イスに、友達のほうを向いて腰掛けました。
│ りんごジュースを飲みつつ、待っていると、
│ 友達が、
│ 少ししてから顔を上げ、横を向きました。
│ スマホをテーブルに置き、その手で麦茶のコップを掴むと、
│ ゴクゴクと、一気に半分くらい飲みました。
│ コップを下ろし、
│ はぁ・・・って息をついた友達は、
│ ワタシの顔を見て、真剣な様子で尋ねました。
│ 「で、
│ 今日、どうだったわけ?」
│ ワタシは、
│ 「うん、あのね・・・」って言って、友達に話し始めました。
│ ツワリの症状が酷くなっていて、
│ 戻してしまう頻度も、前日の夜から増えていること。
│ それを診察のときに先生に伝えたら、
│ 改善しないようなら、近いうちに入院する必要があります、って言われたこと。
│ ワタシが病室で、ひとり点滴を受けているとき、
│ お昼休み中の先生が、ワタシの忘れ物を届けてくれたこと。
│ いつから命があるのか、
│ いつから人になるのか、訊いてみたこと。
│ 先生の好物は、シュークリームなこと。
│ 募金するかしないか・・・を、
│ 先生は、そのときの気持ちの強さで判断していること。
│ ワタシの、産むかどうかの問題についても、
│ 同じように、
│ 気持ちの強さで判断したら良いんじゃないか・・・って言われたこと。
│ 気持ちの強さが、
│ 出産や育児に関わる、様々な我慢を乗り越える上での、
│ 大きな原動力になること。
│ ただ、
│ その、大きな原動力となる気持ち・・・っていうのは、
│ 多分、基本的には本能なので、
│ 自分の意思では、なかなかコントロールできないこと。
│ 仕方ない部分もあると思うので、
│ 産まないことを選択したとしても、自分を責め過ぎないで欲しいこと。
│ 超音波検査の際、妊婦さんに心臓音の波形を見せるか見せないか・・・、
│ 医者として20年近く働いてる今でも、迷う場面があること。
│ 現に、
│ ワタシの検査のときも、少し葛藤があったこと。
│ でも、見せてしまったこと。
│ それで、
│ 不用意に悩ませてしまったかもしれない・・・って、先生に謝られたこと。
│ そうして、それから、
│ 特別養子縁組の子が幸せかどうか・・・を、ワタシが先生に尋ねたことを話すと、
│ 友達がワタシに訊きました。
│ 「特別養子縁組、って何? どんなの?」
│ 「え?
│ ・・・あぁ、そっか、」って言ったワタシは、
│ 「ごめん、
│ その話、飛ばしちゃったみたい」って言いつつ、コップを後ろの机に置き、
│ イスから立ち上がりました。
│ ミニテーブルのところに行って、ポシェットを拾い上げ、
│ 折り畳まれたパンフレットを取り出すと、
│ ポシェットを置いて、
│ ソファの友達のところに行きました。
│ そして、
│ 手を出している友達に、そのパンフレットを渡すと、
│ また、ミシン台のところに戻って、
│ 丸イスに腰掛けつつ言いました。
│ 「特別養子縁組・・・ってのはね、
│ 色々な事情で、自分の家では子供が育てられないときのための制度なんだって」
│ 友達は、
│ 渡したパンフレットを開いて、
│ それを、じぃっと読んでいましたが、
│ やがて顔を上げ、
│ すぐ横の、テーブルのほうを見ると、
│ 置いてある自分のスマホを手に取って、指で操作し始めました。
│ ワタシは、
│ 「どうしたの?、急に」って、尋ねました。
│ 友達が答えました。
│ 「この、特別養子縁組の人たちの実際の様子を知りたいな・・・って思ってさ。
│ どんな感じなのか、それを知りたいな・・・って」
│ ワタシは、ゆっくり顔を俯けました。
│ 「あぁ・・・。
│ その、えっとね・・・」って言いました。
│ 友達が、
│ ちょっと間を置いてから、ワタシに訊きました。
│ 「・・・ん? どうした?」
│ ワタシは、
│ 下を向いたまま、息をひとつ吐きました。
│ そうして言いました。
│ 「・・・えとね、
│ そういうのは、もういいの」
│ 「え? どういうこと?」
│ 「ワタシ、
│ もう、産まないことに決めたから・・・」
│ 続きます。
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