204.点滴が終わり
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│ 点滴が終わり、
│ 迎えに来てくれたお母さんと一緒に病院を出ました。
│ 車に乗り込み、駐車場を出たあと、
│ 大通りに入って信号待ちをしていると、運転席のお母さんが言いました。
│ 「ウサギ、
│ 今日からは、1階の漫画部屋をあなたの部屋にしなさいね。
│ 2階のあの部屋だと、トイレに行くのが大変でしょ」
│ お母さんは、
│ 病院でワタシが点滴を受けている間に、
│ 漫画部屋のソファとかリビングテーブルとかを端に寄せ、
│ 布団を敷けるようにしてくれたみたいでした。
│ その話のあとは、
│ お母さんは、ワタシの今の具合についてちょっと尋ね、
│ それからは、
│ 車を走らせつつ、
│ お兄ちゃんが愚痴ってた、大学の研究室に関する話とか、
│ ご近所さんの飼い猫の話とか、
│ ワイドショーで紹介された変なお店や便利そうな収納グッズとか、
│ そういったことを色々喋ってくれました。
│ 本当は、ワタシは、
│ 病室で先生が話してくれたことを、お母さんにも聞いてもらいたかったのですが、
│ でも、
│ 前日の夜の、お母さんとお父さんの修羅場のことがあって気が引けたのと、
│ あとは、
│ 車に乗ったら気持ち悪いのが酷くなってしまったので、
│ 念のため、ポシェットからエチケット袋を出し、
│ 助手席で、そのお母さんの話をずっと聞いてました。
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│ 家に着きました。
│ 漫画部屋の引き戸を開けると、
│ 中は、少し涼しくなってました。
│ お母さんが、
│ 家を出る前に、エアコンを入れておいてくれたようで、
│ 窓には、レースのカーテンが引かれていました。
│ ワタシは中に入り、
│ 引き戸を後ろ手で閉めました。
│ 車の中でお母さんが言っていた通り、
│ 部屋の中央のスペースは広く空けられていて、
│ そこには、
│ 三つ折りされた布団が置いてあり、上にタオルケットと枕が載ってました。
│ 元々そこにあった ソファとリビングテーブルは、
│ 両方とも、
│ 部屋の壁際の、漫画とかの棚の前に寄せられていました。
│ その寄せられたソファの前には、
│ 足を折り畳まれたミニテーブルが立て掛けてありました。
│ リビングテーブルのほうには、
│ 洗面器とタオル、消臭剤や消臭スプレーが2種類ずつ、
│ あとは、
│ きれいに畳まれているワタシのパジャマが置いてありました。
│ ワタシは、
│ パソコン机に兎のポシェットを置いたあと、
│ リビングテーブルのところへ行って、パジャマを手に取りました。
│ 匂いは大丈夫そうでした。
│ 次いで、
│ 消臭剤をひとつ手に取りました。
│ 無香料タイプと書かれていて、まだ未開封でした。
│ もうひとつも そうで、
│ 消臭スプレーも、2種類とも無香料でした。
│ お母さんの声が聞こえました。
│ 「ウサギー、入るわよー」
│ 「あ、はーい」
│ 持っているスプレーを置き、振り返ると、
│ 漫画部屋の戸が、ガラガラ・・・って開きました。
│ お盆を片手で抱え持ったお母さんが現れ、部屋に入ってきて、
│ 「りんごジュースと、
│ あと、もしかしたら食べれるかもしれないと思って、
│ ゼリーもちょっと持ってきたわ」って言いつつ、戸を閉めました。
│ ワタシは、
│ 「うん、ありがとう」って返しました。
│ 振り返ったお母さんは、
│ ワタシを見て、パソコン机を見て、
│ またワタシを見て、そのままこっちに近付いてきました。
│ 「お盆、
│ ちょっと持っててくれない?」って言いました。
│ ワタシは、
│ 「あ、うん」って返しつつ、
│ 差し出されたお盆を受け取りました。
│ お母さんは、
│ ソファに立て掛けてあるミニテーブルの前に行き、
│ しゃがみました。
│ 畳まれている脚をひとつひとつ戻していき、
│ 4つ脚にすると、
│ そのテーブルを両手で持って、立ち上がりました。
│ こっちを振り返り、
│ 「ウサギ、
│ どこら辺で寝るつもり?」って訊きました。
│ ワタシは、
│ 「多分・・・、」って口にしつつ、歩いていって、
│ 「ここら辺かな」って、
│ その場所を足で差しました。
│ ミニテーブルを抱え持ったお母さんが、
│ こっちに来ながら、
│ 「頭、廊下側よね?」って確認しました。
│ 「うん」って返しました。
│ 「・・・。
│ よい、しょ・・・っと。
│ ふぅ。
│ ・・・で、
│ あぁ、そう、
│ そこに置いて」
│ 「うん」って返したワタシは、
│ そのままお盆をミニテーブルに置きました。
│ お母さんが尋ねました。
│ 「それで、
│ あそこの消臭剤とか消臭スプレーとかは、どう?
│ 平気だった?
│ 一応、大丈夫そうなのを買ってきたんだけど」
│ 「あ、えと、
│ まだ試してない・・・」って返しました。
│ 「なら、
│ ちょっと試してみなさいね。
│ もしかしたら、ダメかもしれないから」
│ 「うん・・・」
│ 「あと、
│ あなたのパジャマね、
│ 私、水洗いにしたんだけどね、
│ ついうっかり、他の洗濯物と一緒に干しちゃったのよ・・・。
│ もし匂いが移ってて、ダメそうな――」って、お母さんが言ったので、
│ ワタシは、
│ 「あぁ、
│ 大丈夫だった。
│ ワタシ、
│ さっき、ちょっと嗅いでみた」って言いました。
│ 「そう、良かったわ。
│ じゃあ、
│ 私、ちょっと出掛けてくるから」
│ 「うん、分かった。
│ 何時くらいに帰ってくる?」
│ お母さんは、
│ 片手を頬に当て、顔を斜めに傾けました。
│ 「そうねぇ、
│ 多分、5時くらいかしらねぇ・・・」って言いました。
│ 「うん、分かった」
│ 「ついでに、
│ 何か、買ってきてほしいものある?」
│ 「えーと・・・、
│ ううん、大丈夫」
│ 「そう。
│ じゃあ、出掛けてくるわね。
│ 何かあったら、すぐに電話しなさいね」
│ 「はーい」
│ ワタシが返事をすると、
│ お母さんは、
│ 出入り口の引き戸を開け、部屋を出ていきました。
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│ ひとり、布団に仰向けになり、
│ 外で鳴くセミたちの声を耳にしつつ、ぼんやり考え事をしていると、
│ しばらくして、
│ 枕元のスマホが、ヴーッ、ヴーッ・・・と唸りました。
│ そちらに顔を向けたワタシは、
│ 充電スタンドからスマホを外して、来ているメッセージを確認しました。
│ 友達から、スタンプが届いてました。
│ ホウキに跨った魔女で、
│ その背景には、“Coming soon!”って書いてありました。
│ ちょっと笑いました。
│ 寝転がったままスマホを操作し、友達にメッセージを返しました。
│ 《カキコ、お疲れー》
│ 《そっちも、お疲れー。
│ 今日も暑かったー。
│ 授業中、
│ もう、ずーっと左うちわ状態だった。
│ 手をパタパタさせ過ぎて、すっかり筋肉痛だわ。
│ さっさとエアコン入れやがれ》
│ 《ワタシの部屋、
│ 今、エアコン効いてて涼しいよ?
│ 早くおいでよ》
│ 《え?
│ あんたの部屋って、エアコンあった?》
│ 《ワタシ、
│ 今日から1階の漫画部屋に移ったの》
│ 《あー、
│ 2階だと大変そうだもんねー。
│ 行く行く、すぐ行くー。
│ 今宵のホウキは、ひと味違うぞ》
│ 《今宵じゃ、ワタシのウチから いなくなるときでしょ?
│ そんなに全力で去らなくてもいいじゃん》
│ 《あはは、確かにー。
│ あ、バス。
│ じゃ、行くから》
│ 《うん、待ってるー》
│ その後、他の人から来たメッセージを返していると、
│ また、友達からの着信がありました。
│ 確認すると、
│ 刀を構えたお侍さんスタンプと、
│ 《×47》と書かれたメッセージでした。
│ ワタシはスマホを操作し、
│ 友達にメッセージを返しました。
│ 《こら! 討ち入りを企てるな笑》
│ 《ちぇっ》
│ 続きます。
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