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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
201/292

201.翌朝、10時頃

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ 翌朝、10時頃。

│ ワタシは、

│ お盆を持って自分の部屋を出て、1階に下りていき、

│ 台所に向かいました。

│ 相変わらずのセミの声に混じって、掃除機をかけている音が聞こえていました。

│ 台所には、誰も居ませんでした。

│ お盆をテーブルに置いたワタシは、

│ 冷蔵庫のほうを向き、

│ その扉を、息を止めてから開けました。

│ 中を少し探し、

│ 梅干しのたくさん入ったビンを見付けると、それを持って、

│ 冷蔵庫を閉めました。

│ ビンのフタを開け、軽く匂いを嗅ぎ、

│ それから、

│ 小皿に梅干しをひとつ取って、そのビンを冷蔵庫に戻しました。

│ イスを引き、そこに腰掛けたあと、

│ 小皿の上の梅干しを指で(つま)み、口の中に入れました。

│ 普段は()っぱすぎて、あまり好きになれなかったのですが、

│ このときはその酸っぱさが何故か心地よく、普通に食べられました。

│ 正直、

│ 梅干しの存在をこんなに有り難く思ったことは、今までありませんでした。

│ 産まれて初めてでした。

│ 感謝の気持ちでいっぱいでした。

│ なんとなく、

│ りんごジュースも飲めそうな気がしたので、

│ お盆の上のグラスを手に取り、

│ ひと口だけ飲んでみました。

│ 大丈夫でした。

│ ワタシは、

│ お盆の上の漢方の包みを開け、

│ 昨日と同じように、りんごジュースと一緒に飲みました。

│ 窓の向こうの庭には、

│ ギラギラの太陽のもと、洗濯物がたくさん干されていて、

│ その中には、

│ ゆうべ、お母さんに体を拭いてもらったときの、

│ 手拭いのタオルもありました。

│ ワタシはそのまま、

│ ひとりで、りんごジュースを少しずつ飲んでいました。

│ 少しすると、お母さんが、

│ 雑巾のかかったカラのバケツを持って、台所に入ってきました。

│ 「あら、起きてきたの。

│  どう? 少しは良くなった?」って言いました。

│ ワタシは、首を振りました。

│ 「ううん、

│  あんまり・・・」って返しました。

│ 「ゼリーはどうだった?

│  食べれた?」

│ ワタシは、

│ もう一度首を振りました。

│ 「なんか、ダメそうだった・・・」って返しました。

│ 「そう・・・」

│ 「あ、でも、

│  ゆうべ、ネットで調べてみたらね、

│  梅干しがいいよ、って書いてある記事を見付けて、

│  さっきちょっと食べてみたんだけど、

│  それは大丈夫だった。

│  普通に食べれた」

│ 「あぁ、梅干し。

│  言われてみれば、確かに昔からよく聞くわ。

│  すっかり忘れてた。

│  ・・・りんごジュースも飲めてるみたいね」

│ 「あぁ、

│  うん、朝起きたときは飲めなかったんだけどね、

│  梅干し食べたら飲めそうな気がして、

│  それで・・・」

│ ワタシがそう言うと、

│ お母さんは、

│ 「あら、それは良かった。

│  じゃあ、

│  寝るときに枕元に置いとくのは、

│  あなたの場合、梅干しのほうがいいかもね」って言って、

│ 開けていた蛇口を閉め、

│ その後、水の入ったバケツを下に下ろし、

│ 雑巾で床を拭き始めました。

│ ワタシは立ち上がり、

│ 冷蔵庫を開け、

│ 冷奴とオクラの小皿を出しました。

│ ラップを外し、食べてみようとしたのですが、

│ こっちは無理そうでした。

│ お母さんが訊きました。

│ 「ダメだった?」

│ 「あ。

│  うん、ダメそうだった・・・」

│ 「そう、

│  無理しないほうがいいわ。

│  あとで私が食べるから、

│  そのままそこに置いといてちょうだい」

│ 「うん、分かった・・・」

│ 「あぁ、そうそう、

│  ゆうべ、

│  食器を洗い桶の中に入れるとき、

│  なんか、ちょっとつらそうな顔してたけど、

│  もしかして、洗剤?」

│ 「あ、

│  うん、多分・・・」

│ ワタシがそう返すと、

│ お母さん、

│ 床を拭きながら、

│ 「そう・・・」って返しました。

│ そのまま、

│ ぼんやりとお母さんの拭き掃除の様子を見ていると、

│ お母さんが、

│ 「今、何時くらいなの?」って訊きました。

│ 「えーっと・・・、

│  10時20分くらい」

│ 「なら、

│  早く部屋に戻って、ちょっと休んでおきなさい。

│  時間になったら教えてあげるから。

│  あと、

│  今日は車があるから、病院には私が送っていくわ」

│ 「うん、

│  ありがと・・・」

│ ワタシは立ち上がりました。

│ 一瞬、フラッと来たので、

│ 手をイスの背に置いて、

│ そのまま少し、じっとしていました。

│ お母さんが、不意に尋ねました。

│ 「そう言えば、

│  同意書、どうするつもりなの?」

│ 「・・・。

│  貰ってくる、つもり・・・」

│ ワタシがそう返すと、

│ お母さん、

│ 雑巾を動かす手を止め、顔を上げました。

│ ワタシの顔をじぃっと見て、

│ 「・・・どうして?」って訊きました。

│ ワタシは、顔を俯けました。

│ 少ししてから、

│ 「・・・だって、

│  貰ってこないと、

│  お父さん、怒りそうだし・・・」って返しました。

│ 「・・・堕ろすことにしたの?」

│ 「そういうわけじゃ、ないけども・・・」

│ ワタシがそう答えると、

│ お母さん、

│ 「・・・そう、分かったわ」って言って、

│ 上げていた顔を戻し、

│ また、床の上をゴシゴシと拭き始めました。

│ ワタシは、

│ 少しの間、黙ってそこに立っていましたが、

│ やがて、横を向いて台所を出ると、

│ そのまま階段を上っていって、自分の部屋に戻りました。

│ 続きます。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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