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Summer Echo  作者: イワオウギ
I
20/301

18.「大変お待たせしました・・・」

「大変お待たせしました。

 この、タチヤマケーブルカーは・・・」


ケーブルカーが発車すると、

すぐに、案内放送が始まった。

やや割れ気味の、

女性の、大きなアナウンスが、

乗客たちの話し声や、ゴロゴロという車輪の転がる音を押さえ込み、

車内にキンキン響く。

私は、前方の景色に目を向けつつ、

その放送に耳を傾ける。


それによると、この路線は、

全長1300m、高低差は500mにも及ぶらしい。

7分かけて、これから登っていく・・・とのこと。

高校男子の1500mの平均タイムが、およそ6分。

ケーブルカーは、

これよりも短い距離を、より時間をかけてゆっくり登っていくので、

つまりは、

平均的な男子高校生たちよりも、ちょっと遅いことになる。


車両は、

”ケーブルカー”というぐらいなので、

勿論、ケーブルで繋がれている。

そして、そのケーブルは、

この、

斜面を上っていくレールをずうっと辿っていった先、

終点に置かれた巻き上げ機を通り、

その終点から、今まさに下り始めた別の車両に繋がっている・・・とのことだった。

つまり、

その下り車両が斜面を下りてくる力で、私たちの乗る車両は引っ張り上げられている。

なので、

下り車両も、こっちと同じ速度で下ってきているし、

路線のちょうど中間で、

その下り車両とは、()れ違うことになる。

こういったケーブルカーの方式を、

つるべ式と呼称するらしい。

私は何となく、落語家の顔を思い浮かべた。



ケーブルカーは、トンネルの中に侵入していく。

走行音が途端に大きくなり、はっきりして、

そのゴォゴォという音が、

乗客たちの話し声と車内放送のキンキン声を、あっという間に飲み込んだ。


トンネルの中は、暗くはなかった。

白い蛍光灯が、

右手側の壁面に、一定の距離ごとに設置されており、

辺りを、ぼんやりと照らしていた。

蛍光灯を結ぶ2本の黒い導線が、内壁を這うようにして、

奥へと、ずうっと延びている。


トンネルの幅は、ケーブルカーがギリギリ通れるほどしかない。

大丈夫なのは分かってはいるが、

車両側面の窓の向こう、

すぐ間近に迫ったトンネル壁の、絶え間ない速い流れを見ていると、

少しだけ怖くなってくる。



1分ほどで、トンネルの外に出た。

うるさかった走行音が遠のき、

車内には、乗客たちの話し声だけが戻った。

放送は聞こえない。

もう、止まっていた。


ケーブルカーは、

太陽の、強烈な白い日差しの中を、

ゆっくりと進み、上っていく。

視界の左右に、木々の緑。

色鮮やか。

夏の緑。

僅かに揺れ、

次々に、後方へと流れて。


正面には、

日に照らされた、明るいコンクリートの路面。

山の斜面を、まっすぐ上っている。

ところどころに、木々の形をした影がかかっており、

その中を、

2本のレールと古い階段の道が、まっすぐ向こうへ延びていて、

そうして、

それらの行き着く先の、ずっと上には、

突き抜けるような、澄んだ青空が広がっていた。

雲ひとつ、存在しない。



トンネルの入り口が、再び見えてきた。

さっきよりも幅が広い。

手前で、単線のレールが複線に切り替わっている。

トンネルの奥には、

2つの、小さな白い光。

その光は少しずつ大きくなり、輝きを次第に増していく。


ケーブルカーは、

やがて、

レールの切り替えポイントに差し掛かった。

車体が大きく揺れ、軋む音がギシギシ響くと同時に、

横方向にGがかかる。

私は、

ポールを掴む手に、咄嗟(とっさ)に力を入れる。


程なくして、

トンネル入り口の、暗がりの中から、

窓の付いた、オレンジ色の箱が現れた。

運転室だ。

制帽をかぶった運転士が、ひとり乗っている。


その運転室のあとには、真っ黒い金属のシャーシが続いた。

この真っ黒いシャーシは、先程の車内放送によれば貨車なのだそうで、

ダムの建設時、資材を載せるために利用していたとのことだった。

現在は、

施設改修のための機材や、乗客たちの大きな荷物を運ぶために使われているらしい。

運転室のあとから現れた荷台に目を向けると、

かぶせられた緑色のシートの下に、ザックらしきものが少し見えた。


そのすぐ背後には、

ケーブルカー本体の、大きなフロントウィンドウ。

もう、トンネルの外に出ていた。

乗客は、

あっちは、それほど多くないようだ。

まだ、お昼前なので、

帰る人が少ないのだろう。


カランカラン・・・と、半鐘(はんしょう)のような音が響く。

時代劇の火事のシーンでよく耳にする、あの鐘の音。

トンネルから出てきたばかりの下り車両と、そのまま擦れ違っていく。


私たちの乗る、上り車両は、

その後、トンネルに入っていった。

レールも単線に戻り、

内壁の幅も、それに合わせて狭くなる。

トンネルは、奥の方で左にカーブしていた。

出口が見えない。

最初のものよりも、ちょっとだけ長そうだ。



トンネルを抜けた。

眩しい日の光が、私たちを出迎える。

視界の一面が薄く白み、

間もなくして、

後方に流れゆく、緑鮮やかな山の風景へと変わった。

正面には、

鈍色の2本のレールと、

その隣の、苔むした階段の細道が、

相変わらず続いている。

まっすぐ山を上っている。


私は、レールの先を目で辿っていく。

顎を、ちょっとずつ高くしていく。

レールは、

フロントウィンドウの上端よりも更に上、見えない部分へと延びていた。

少しだけ屈んだ私は、

そこから覗くようにして、レールの先を見上げてみる。

ここよりずっと高い位置に、トンネルらしき入り口があった。

まだ遠くにあるため、その姿はとても小さい。

レールは、

階段の道とともに、そこへ延びていた。

私は、屈んだままで、

その入り口を、しばらく眺めていた。

中は真っ暗だった。

何も見えない。


曲げていた腰を伸ばし、姿勢を戻す。

トンネル入り口は、すぐに天井の裏へと隠れてしまった。

次いで、

私は、少年の方に顔を向ける。

少年は、

水平に渡された手すりを両手で掴んで、顔を上に向けていた。

あのトンネルを、じっと見上げている。


私は、少ししてから、

視線を、

フロントウィンドウの向こう側、前方の景色へと戻した。

真っ白いコンクリートの斜面。

一対のレールと、それに寄り添うようにして延びている階段の道。

車内放送が、いつの間にか再開していた。

登山のマナーについての話をしているようだ。

高山植物の扱いとか、ゴミの持ち帰りとか、

そんな話をしている。

そして、

皆様のご協力をお願いします・・・と、一区切り付けたあとだった。


「ウツクシダイラに到着しました。ご乗車ありがとうございました」


あぁ、

あれはトンネルではなく、駅の建物だったのか。


私は、車内のポールに掴まりつつ、

次第にこちらへ近付いてくる、駅の建物を見上げていた。

もう、屈む必要も無かった。

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