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Summer Echo  作者: イワオウギ
V
199/292

199.すぐに、お父さんが言いました

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

│ すぐに、お父さんが言いました。

│ 「は?

│  おいおい、なに言い出すんだよ。

│  そんなの、わざわざウサギに確認するまでもないだろ。

│  ウサギはアイツに裏切られ、傷付けられたんだぞ?

│  酷い目に遭わされたんだぞ?

│  そんなヤツの子を産んで育てたいとか、どう考えても有り得んだろ・・・。

│  堕ろしたいに決まってる。

│  なぁ、ウサギ?」

│ 「・・・」

│ ワタシは、

│ 顔を俯けたまま、黙ってました。

│ お父さん、

│ 少ししてから言いました。

│ 「・・・お、おい、

│  まさか、産みたいって言うのか?、

│  そんなことされたのに・・・」

│ 「・・・」

│ 「じょ、冗談だよな?

│  ウソだよな?

│  そんなこと、あるわけないよな? な?」

│ ワタシは、

│ 口を少し開け、息を吸いました。

│ 声に出そうとして、

│ でも、

│ どうしても踏ん切りがつかなくて、何度か躊躇(ためら)ってしまって、

│ それで、その口を、

│ また、静かに閉ざしました。

│ 外で鳴く虫の声だけが聞こえる中、

│ ワタシは、

│ 自分の握り締めた手を見て、ただひたすらに呼吸を繰り返していました。

│ 心臓はドキドキしっぱなしで、

│ 段々と、少し息苦しくなってきて、

│ いつの間にか寒気がしていて、

│ 気分が悪くなってきて、

│ 頭の痛いのも酷くなってきて、

│ それを感じつつ、

│ 言わなきゃ、早く言わなきゃ・・・って思ってました。

│ ワタシは、やがて、

│ 息を、できるだけゆっくりと吐き出していきました。

│ ほんの少しだけ心を落ち着けたあと、

│ また、

│ 息を吸いつつ、口を開けようとしたときでした。

│ お父さんの声が聞こえました。

│ 「父さん、

│  産むなんてことは、絶対に許さんからな」

│ ワタシは口を閉じ、

│ 視線の先の自分の両手を、ギュウッと握りました。

│ 呼吸が苦しくなって、

│ 気持ち悪いのが、更に酷くなってきました。

│ 目眩もしました。

│ お母さんの声が聞こえました。

│ 「あなた、

│  ウサギの話をちゃんと聞いてあげましょうよ・・・」

│ 言い返すお父さんの声が、すぐに聞こえました。

│ 「は?

│  聞いてあげるって、何をだ。

│  何を聞くんだ」

│ 「勿論、

│  産みたいのか、そうじゃないのか・・・ってことよ。

│  当たり前でしょ?」

│ 「で?

│  それでどうするんだ?

│  ウサギが産みたいって言ったら産ませるのか?

│  は、冗談じゃない。

│  人様の、しかもまだ高校生の娘に手を出し、

│  勝手に(はら)ませておいて、

│  それで、

│  いざ妊娠が分かったら、さっさと消えていなくなるようなヤツの子供を、

│  なんでこっちが金払ってわざわざ産ませ、

│  面倒見て育てなきゃならんのだ。

│  馬鹿らしい。

│  冗談じゃない」

│ 「・・・相手の男とか、面倒を見るとか、

│  そういうのじゃなくて、

│  その前に、

│  私は、

│  まずは、

│  ただ、ウサギの気持ちを――」

│ 「それで?

│  もしウサギが産みたいって言ったら、お前は産ませるのか。

│  通ってる高校を辞めさせて」

│ 「産ませるわ。当然でしょ。

│  それに、

│  高校だって、もしかしたら辞めずに済むかもしれないわ」

│ 「何言ってるんだ、辞めさせられるに決まってるだろ。

│  だいたいだな、

│  お前は、ウサギを捨てたアイツのことをなんとも思ってないのか。

│  アイツを許せるのか」

│ 「許せないわ」

│ 「だったら――」

│ 「でも、

│  お腹の中の子は関係ないわ。

│  そうでしょ?

│  あの子には、なんの罪も無いわ」

│ 「あの子?

│  は、

│  なんだ、その、もうオレたちの家族にでもなったかのような言い草は。

│  冗談じゃない。

│  ふざけるな、想像するだけで虫酸(むしず)が走る。

│  いいか、

│  オレは、産むのは絶対に認めんからな、

│  何があろうとも、だ。

│  だいたい、

│  お前は愛せるのか、

│  オレたちの大切なウサギをやり捨て――」

│ 「あなた!」

│ 「・・・勝手に妊娠させ、逃げ去った男の子供を、

│  お前は愛せるのか。

│  手をかけ、一生懸命に面倒を見て、

│  その上で愛せるって言うのか!

│  心の底から、本気で!」

│ 「面倒を見れるし、心の底から愛せるわ。

│  いい?、

│  父親が過去に何をしていたとしても、

│  たとえ人殺しをしていたとしても、あの子には一切関係無いし、

│  それに、あの子はウサギの子供でもあるのよ?

│  私たちの孫なのよ?」

│ 「だ、か、ら!、オレはそれがイヤなんだ!

│  いいか、

│  成長し、大きくなるにつれ、

│  段々とアイツの面影が出てくるんだぞ?

│  その表情で、

│  オレたちに向かって、ニコッと無邪気に笑いかけてくるんだぞ?

│  甘えてくるんだぞ?

│  それでも・・・、

│  それでも受け入れ、愛せるって言うのか、

│  お前は!」

│ 「愛せるわよ。

│  父親のことは、あの子にはなんの関係も無いもの。

│  あの子には、なんの責任も無いわ」

│ 「・・・は、ご立派な考えだな。

│  生憎、オレはお前と違って聖人じゃない。

│  無理なものは無理だ。

│  なんなんだ、お前は。

│  なんで、そんなにムキになってオレに突っかかってくるんだ。

│  なんで、そんなにアイツの子を産ませようとするんだ」

│ 「ムキになってなんかいないし、産ませようともしてないわよ。

│  私は、

│  ただ、ウサギの話を――」

│ 「だいたい、

│  オレたちが大学に入って間もないとき、

│  身籠った子を堕ろそうって言い出したのは、お前のほうじゃないか!」

│ 「・・・」

│ 「オレは産んでもいいと思ってたし、お前にもそう言った。

│  周りはみんな猛反対してたけど、

│  でも、いざとなれば戦うつもりだった。

│  なんとかするつもりだったんだ、オレは。

│  なのに・・・」

│ 「・・・」

│ 「なんでだ。

│  なんでオレじゃなくて、

│  ウサギを捨てたあんなヤツのときに限って、お前は・・・」

│ 「・・・」

│ 台所が、シーンと静まりました。

│ 聞こえる音が、外で鳴く虫たちの声だけになり、

│ 少しすると、

│ サッ、サッ・・・っていう、ホウキで床を掃く音が聞こえてきました。

│ お父さんが言いました。

│ 「ウサギ、

│  いいか、明日病院に行って・・・、

│  お、おい、どうした」

│ ワタシは、

│ 口元を手で押さえて立ち上がり、急いで台所を出ました。

│ 人の気配がしたので玄関を見ると、

│ ドアの前に、お兄ちゃんが立ってました。

│ 「た、ただいま・・・」

│ おかえり、って返そうとした瞬間、

│ ウッ・・・てなったので、

│ すぐに向き直し、そのままトイレに駆け込みました。

│ 便器にしがみ付き、胃の中のものを戻していると、

│ 後ろで、お父さんの声が聞こえました。

│ 「お、おい、

│  急にどうしたんだ・・・。

│  大丈夫か」

│ ワタシは答えられませんでした。

│ 便器に向かって、口を大きく開け、

│ 何度も戻していました。

│ 少しすると、お母さんの声が聞こえました。

│ 「あなたたち、退()いて」

│ 「あ、あぁ・・・。

│  えと、

│  いったいどうしたんだ、ウサギは。

│  大丈夫なのか」

│ 「ツワリよ、

│  妊娠悪阻なの、ウサギは。

│  ほら、

│  いらないタオルを何枚か持ってきたわ。

│  使いなさい。

│  ここに置いとくわね」

│ 「なんだ、

│  その、妊娠悪阻ってのは・・・」

│ 「ツワリの症状が極端に重くなったものを、そう呼ぶんですって。

│  場合によっては、入院が必要になるそうよ」

│ 「は?

│  おいおい、

│  入院が必要になるって、どういうことだ。

│  要するに、ただのツワリなんだろ?

│  何をそこまで・・・」

│ 「ただのツワリじゃないわよ。

│  悪化すると、

│  水を飲んだり何かを食べたりといったことが、ほぼできなくなっちゃうし、

│  それに、

│  水や食べ物をなんとか胃に入れたとしても、

│  こうして、すぐに全部戻してしまうの。

│  脱水症状や酷い栄養失調で、まともに動けなくなるわ。

│  今日だって病院で点滴打ってもらったし、

│  明日も行って、打ってもらわないと・・・」

│ 「・・・症状を軽くする薬とか、そういうのはないのか?

│  病院で出してもらえなかったのか?」

│ 「漢方は出してもらったわ」

│ 「効いてないじゃないか」

│ 「・・・漢方って、

│  そんなにすぐに効き目が現れるものでもないだろうし」

│ 「ツワリをなくす薬は無いのか?」

│ 「無いんじゃないかしら。

│  少なくとも、私は聞いたことないし。

│  でも・・・」

│ 「・・・でも、なんだ?」

│ 「中絶すれば、

│  ツワリの症状は消える、って先生が・・・」

│ お母さんがそう答えると、

│ お父さんが、すぐに言いました。

│ 「だったら・・・、

│  だったら尚のこと、産むことなんかないじゃないか。」

│ そうして、

│ 続けてワタシに言いました。

│ 「ウサギ、

│  いいか、堕ろしなさい。

│  明日、病院に行ったとき、

│  先生に中絶することを伝えて、その同意書を貰ってきなさい。

│  分かったな?」

│ ワタシは、

│ けれども、返事をすることができませんでした。

│ お父さんは、少しすると舌打ちをし、

│ ブツブツ何かを言いながら、台所のほうへ戻っていきました。

│ テーブルを叩く大きな音がして、

│ その後、

│ ホウキで床を掃く音と、ガラスの破片の転がる小さな音が聞こえてきました。

│ 続きます。

└―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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