198.隣に座っていたお母さんが立ち上がり
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│ 隣に座っていたお母さんが立ち上がり、そのまま台所を出ていきました。
│ お父さんが言いました。
│ 「電話をかけろ!、××に!
│ 今すぐ!」
│ ワタシは言いました。
│ 「えと・・・、
│ 電話、繋がらなくなっ――」
│ 「は? 着信拒否か?
│ だったら、メールかメッセージを送れ!
│ 今すぐ××に電話をかけろと言え!」
│ そのとき、
│ ワタシの後ろで、お母さんの声がしました。
│ 「着信拒否じゃないわよ。
│ その人の電話番号ね、もう使われてないんですって」
│ お父さん、すぐに言い返しました。
│ 「番号が変わってても、メールとかなら送れるだろ」
│ お母さん、
│ ホウキで床を掃きながら答えました。
│ 「そこら辺のことは、だいたい私が訊いておいたわよ。
│ 連絡、まったく取れないんですって。
│ その人の友人とか家族、バイト仲間の連絡先も知らないし、
│ 実家のある場所も分からない、って言ってたわ」
│ 「・・・ウサギ、そうなのか?」
│ お父さんが、そう訊きました。
│ ワタシは、
│ 下を向いたまま、黙って頷きました。
│ お父さん、
│ 再びテーブルを強く叩いてから言いました。
│ 「・・・ふざけやがって。
│ 興信所に頼んで、すぐに見付け出してやる」
│ お母さんが言いました。
│ 「興信所に頼んでもいいけど、
│ ネットで軽く調べてみた感じだと、
│ こういう場合、弁護士さんにお願いすることが多いみたいよ。
│ ほら、足上げて」
│ 「あぁ、そうか。
│ それで探してもらって、慰謝料を請求するわけか」
│ 「そうみたい。
│ ただ・・・、
│ ほら、反対の足。
│ ・・・相手の男が自分の子であることをなかなか認めないケースがあって、
│ そうすると、慰謝料の請求も一筋縄ではいかないみたいよ。
│ 足、もういいわよ」
│ 「なるほどな。
│ そこら辺のことについては、
│ 弁護士の先生ともよく話し合っておかないと。
│ 正直、お金をいくら貰おうと許す気にはなれんが、
│ ただ、そうは言っても、
│ 診察や堕ろすときの費用だけは、何があっても払ってもらわんとな。
│ で、
│ 弁護士の先生には、もう連絡したのか?」
│ 「まだよ。
│ でも、
│ 良さそうなところをいくつか見付けて、メモしておいたわ。
│ それと・・・」
│ 「それと、なんだ?」
│ お父さんが訊き返すと、
│ 床を掃いていたホウキの音が止まり、
│ それから、
│ ワタシに向けられた、お母さんの声が聞こえました。
│ 「一応、
│ ウサギの気持ちも聞いてみないと・・・」
│ お父さんが、お母さんに言いました。
│ 「ウサギの気持ち?
│ 慰謝料を請求する気があるのかどうか、ってことか?
│ 確かにウサギの気持ちも大事だけどな、
│ でも、
│ 病院の費用を実際に負担するのは、親であるオレたちなんだぞ?
│ ウサギに請求する気があろうが無かろうが、
│ 請求してもらわないと、こっちが困る」
│ 「そっちの問題は・・・、
│ そうね、確かにそうだわ。
│ でも・・・」
│ 「・・・でも、なんだ?」
│ 「もうひとつの問題は、
│ ウサギの気持ちをちゃんと聞いてからにしないと・・・」
│ 「もうひとつの問題って、なんだ?
│ どういうことだ?」
│ お父さんがそう尋ねると、
│ お母さんが言いました。
│ 「・・・妊娠した赤ちゃんを堕ろすのかどうか、って問題よ」
│ 続きます。
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