196.また、ベッドで横になっていると
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│ また、ベッドで横になっていると、
│ 階段を上がってくる音が聞こえ、
│ 間があってから、
│ 部屋のドアがノックされました。
│ お母さんの声がしました。
│ 「ウサギ、入るわよー」
│ ワタシは、
│ 「あ、うん」って返事をしつつ、体を起こしました。
│ ドアが開き、
│ お盆を片手で抱え持ったお母さんが現れました。
│ 「どう? 少しは良くなった?」って訊きながら、部屋に入ってきました。
│ ワタシは、
│ 「うん、少しだけ・・・」って返しつつ、お母さんのほうに向き直し、
│ 足を床に下ろしました。
│ お母さんは、
│ ドアを閉めると勉強机のところに行き、持っているお盆を置きました。
│ ワタシを見て、
│ 「ウサギ、
│ 食べられるかどうか分からないけど、
│ 冷奴とオクラのおひたし。
│ 知ってる?
│ ショウガってね、ツワリの症状を軽くする効果があるんですって。
│ それで少しマシになった人、多いんですって」って言いました。
│ 「あ、
│ うん、ありがと」って返しました。
│ 「りんごジュースもあるからね。
│ あぁ、それとも、
│ 氷のほうが良かったかしら」
│ 「ううん、
│ りんごジュースでいい。
│ それに、
│ もし氷のほうが良さそうだったら、あとで自分で取りに行くし」
│ 「そう、分かったわ」
│ 「あの・・・」
│ ワタシは、
│ 戻ろうとしていたお母さんを呼び止めました。
│ お母さん、
│ すぐにこっちを振り返り、
│ 「ん? 何?」って訊きました。
│ ワタシは言いました。
│ 「お父さんは?」
│ 「お父さん?
│ あぁ、まだお風呂よ。
│ でも、
│ そろそろ出てくるんじゃないかしら」
│ 「・・・8時くらいでいいかな?」
│ 「そうねぇ、
│ それくらいの時間なら、ちょうどいいかもね」
│ 「・・・お父さん、怒ると思う?」
│ ワタシがそう訊くと、
│ 少し間があって、
│ 「・・・多分ね」って返ってきました。
│ ワタシは、
│ 大きなため息をつきました。
│ 「やっぱ、そうだよね・・・」って言ったあとで、
│ もう一度ため息をつきました。
│ お母さんが、
│ 少しして、ワタシの名前を呼びました。
│ 「・・・ウサギ」
│ 驚いたワタシは、
│ 「え? 何?」って言って、顔を上げました。
│ お母さん、ワタシを見て言いました。
│ 「いい?
│ あなたもお兄ちゃんも、
│ 私にとっては、かけがえのない大切な子供なの。
│ 世界で一番大事な宝物なの。
│ どんなことがあっても あなたたちのことを見捨てたりはしないわ、絶対に」
│ 「・・・」
│ 「お父さんだって同じよ。
│ あなたたちは、
│ 世界で一番大事な、かけがえのない宝物なの。
│ だから、
│ あなたたちのことを絶対に見捨てない。
│ 何があったとしても、
│ ちゃんとあなたたちのことを支えてくれるわ、絶対に。
│ それだけは、しっかりと心に留めておきなさい。
│ 分かった?」
│ ワタシは、
│ 「・・・うん」って返しました。
│ お母さんが言いました。
│ 「さぁ、
│ お父さん、もうお風呂から出てきたみたいだし、
│ 台所に戻らないと。
│ ご飯、無理して食べなくていいからね。
│ ダメそうだったら、ちゃんと残しておきなさいよ?
│ いいわね?」
│ 「うん・・・」
│ お母さん、
│ ワタシの返事を聞くと、部屋を出ていきました。
│ ドアを閉め、
│ 階段を下りていきました。
│ 続きます。
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│ 夜の8時になりました。
│ ベッドに腰掛け、時計を見上げていたワタシは、
│ 下を向き、息をひとつ吐きました。
│ そうして、
│ 少ししてから立ち上がると、
│ 部屋の出入り口のほうへ歩いていき、ドアを開け、
│ それから、
│ 机の上にあったお盆を持って、部屋を出て、
│ 1階に下りていきました。
│ 台所に入ると、
│ エプロン姿のお母さんはシンクで洗い物をしていて、
│ パジャマ姿のお父さんは、
│ テーブルのイスに座り、新聞を広げて読んでいました。
│ ワタシは、
│ 持っていたお盆をテーブルに置きました。
│ 食器棚の抽斗を開け、ラップを出すと、
│ お父さんが、新聞を畳みながら言いました。
│ 「お。下りてきたのか。
│ 体、大丈夫なのか」
│ ワタシは、
│ 「あ、
│ うん、大丈夫・・・」って返しました。
│ 顔をこっちに向けたお母さんが、すぐに戻して、
│ 食器を洗いながら言いました。
│ 「あら、
│ ちょっとは食べられたのね」
│ 「うん・・・、
│ お豆腐だけ、ちょっと・・・」
│ 「ジュースは、
│ 半分くらい飲めたのね」
│ 「うん、
│ なんとか・・・」
│ 「そう」
│ ワタシは、
│ 息を止め、冷蔵庫を開けると、
│ お盆の上の小皿とコップを中に入れて、冷蔵庫を閉めました。
│ 箸とスプーンを洗い桶に入れ、
│ お盆とラップを戻し、
│ テーブルのイスをズズズッ・・・と引いて、お父さんの正面に座りました。
│ お父さんが、コップの麦茶をひと口飲み、
│ そのコップを置いたあとで、ワタシに言いました。
│ 「・・・なんか、
│ あんまり大丈夫そうに見えないんだが、
│ ホントに大丈夫なのか。
│ 別に、無理して今日話さなくてもいいんじゃないか?」
│ 「・・・」
│ ワタシが、
│ 下を向いたまま、黙っていると、
│ お父さんが息をひとつ吐き、
│ そうして言いました。
│ 「・・・で、
│ 父さんに話ってなんだ?
│ 長くなる、って、さっき上で言ってたけど」
│ 「・・・」
│ 「ん? どうした?」
│ 「・・・」
│ そのままワタシが黙っていると、
│ 洗い物を終えたお母さんが、ワタシの隣のイスを引き、
│ そこに腰掛けました。
│ お父さんが言いました。
│ 「な、なんだよ、ふたりして。
│ そんな神妙な顔して、急にどうしたんだ・・・」
│ 「・・・」
│ 「い、言っとくけどな、
│ 父さん、別にやましいことなんてひとつも無いからな。
│ ホントだからな」
│ 「・・・」
│ 「あ。
│ あぁ、あれか。もしかして、あれだろ?
│ 紹介してくれるんだろ?、付き合ってる彼氏を。
│ 父さん、
│ お前が勉強さえしっかりしてくれるのなら、
│ 受験中とか、そういうの一切気にしないから、
│ だから――」
│ 「あの・・・」
│ 「ん?」
│ 「あのね・・・、
│ そうじゃないの・・・。
│ その、なんて言うか・・・」
│ 「・・・もしかして」
│ 「・・・」
│ 「もしかして、イジメか?
│ イジメなのか?
│ クラスメートか誰かから酷いイジメを受けてて、
│ それで精神的に参っ――」
│ 「違うの! そうじゃないの!」
│ 大声を出し、お父さんの言葉を遮ると、
│ お父さんは、
│ 少ししてから、
│ 落ち着いた声で、ワタシに尋ねました。
│ 「・・・違う?」
│ ワタシは、
│ 下を向いたまま、黙って頷きました。
│ お父さんが言いました。
│ 「じゃあ、なんだって言うんだ。
│ そんなあらたまった顔して、いったい何を言おうとしてるんだ、
│ ウサギは」
│ 「・・・」
│ 「・・・」
│ ちょっとしてから、
│ コップの浮いた、微かな音が聞こえました。
│ ゴクゴクという音がして、
│ ふぅ・・・って、息をついた音がして、
│ それから、
│ コップがテーブルに置かれた音がしました。
│ 外では、
│ 夏の虫たちが、リーンリーンと鳴いてました。
│ たくさん鳴いてました。
│ お父さんもお母さんもワタシも、黙ってました。
│ 沈黙が続きました。
│ しばらくして、
│ ワタシは、気を落ち着けるために呼吸を少し繰り返しました。
│ その後、口を小さく開け、
│ 何回も躊躇ったあとで、ようやく声に出しました。
│ 「あ、あの・・・、
│ お父さん、あのね・・・」
│ 「・・・うん」
│ 「・・・」
│ 「どうした?
│ 言ってごらん? 大丈夫だから」
│ 「あのね、
│ ワタシね・・・、」
│ そう口にしたワタシは、
│ 膝上の自分の手をギュッと握って、息をひとつ吐いて、
│ その後、
│ 大きく息を吸って、止めて、
│ そうして、
│ 続きの言葉を、思い切って言いました。
│ 「ワタシ、
│ そ、その、
│ に、妊娠してるの・・・」
│ 続きます。
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