19.ケーブルカーが、駅の建物に入っていく
ケーブルカーが、駅の建物に入っていく。
両脇にある、双子の上り階段を横目に、
路線の残り僅かを、
徐々に減速しつつ、ゆっくりと登っていく。
構内を進むにつれ、
乗客たちの話し声が、だんだんと騒がしくなってきた。
衣服の擦れる音も、
あちこちから聞こえてくる。
ブレーキの甲高い音は、
しかし、まだ聞こえてこない。
少し不思議に思ったが、
やがて、
ブレーキをかける必要がないからだ・・・と気付く。
ケーブルの巻き上げを止めれば良い。
正面にある、突き当たりの壁が、
じわりじわりと、こちらに近付いてくる。
見上げると、
その壁の高い位置に、大きな窓が付いてた。
ケーブルカーの制御室が、
多分、そこにあるのだろう。
中の様子は、よく分からない。
ここからでは角度がキツいため、
部屋の天井の、真っ白い色しか確認できない。
その、制御室と思しき窓の下の、
コンクリート壁の中央には、
金属製のプレートが1枚、しっかりと固定されていた。
《ウツクシダイラ》
駅名を表す、その文字は、
次第にこちらへ迫り、大きくなり、
高いところから私たちの高さへと、少しずつ下りてくる。
音も無く、ケーブルカーが停車した。
それを知らせるアナウンスが流れ、ドアが開く。
「じゃあな、坊主」
まっすぐ前を見据えたまま、そう言った初老の男性は、
それから後ろを振り返り、
開いたドアの方へと、歩き出した。
「ありがとうございました」
私が、
その横顔に向かって、お礼を言うと、
男性は手を軽く上げ、
そのまま、すぐに背中を私に向けて、
ケーブルカーから降りていった。
私は、少年の方に顔を向ける。
少年は、
もう、こちらに向き直っていた。
私を、じぃっと見ている。
「降りよう」
「うん」
先に私が降りた。
続いて少年も降り、
ふたり並んで、ホームの階段を上っていく。
「どうだった?」
足を動かしつつ、
隣の少年に訊いてみる。
「うーん・・・、」
少年は、そう言って考え込み、
少ししてから、
「外が、よく見えた」
と答えた。
「そう。それは良かった。
疲れてない?」
念のため、訊いてみると、
今度は、すぐに返ってきた。
「首が疲れた」
レールの先を、ずっと見上げていたためだろう。
私も、ちょっとだけ首が痛かった。
階段を上りきると、人の行き交う広い構内があり、
少し離れたところに、行列が見えた。
並んでいるのは30人ほど。
左奥へと伸びている。
そちらを確認すると改札口があり、
その向こう側は、そのまま建物の外へと通じていた。
更に左へ、目を向ける。
大きな、白い観光バスが停まっている。
私は立ち止まり、辺りを見回した。
標識は、すぐに見付かった。
思ったとおり、
あの観光バスは、ムラドウ行きのようだった。
私たちは、次にこれに乗る必要がある。
私は、少年の方に顔を向ける。
少年は、私を見上げていた。
私が、黙って行列の方を指差すと、
少年は私の指先を見て、
それから指差した方に目を向け、確認し、
また、視線をこちらに戻した。
「あそこに並ぶのー?」
「うん」
「何に乗るのー?」
バス・・・と、
言おうとしたところで、気が付いた。
「そう言えば、乗り物酔いは大丈夫?」
「たまに気持ち悪くなるけど、
外を見てれば、だいたいへいきー」
ホッと、胸を撫で下ろす。
良かった。
「・・・じゃあ、行こうか」
「うん!」




