189.検査が一旦終わり
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│ 検査が一旦終わり、
│ 診察室には、ワタシとお母さんだけになりました。
│ イスに座って、
│ ここ1ヶ月の、ワタシと彼の間にあったことをお母さんに話してると、
│ 後ろで、トントン・・・ってノックの音がしました。
│ 返事をして振り向くと、廊下側のドアがガラガラッと開きました。
│ さっきの看護師さんが立っていて、
│ 「準備が整いましたので、こちらの内診室にお越しください。
│ 手荷物は、大事なもの以外はカゴに置いたままで大丈夫です。
│ あとで、また戻ってきますので」って言いました。
│ ワタシは、
│ 「は、はい、
│ 分かりました」って返事しながら立ち上がり、
│ 看護師さんの方へ向かおうとしたのですが、
│ カゴが載ってる台を蹴っ飛ばしてしまい、
│ あ・・・って思った瞬間、
│ 足がもつれ、床に手をついてしまいました。
│ 「す、すみません」って、慌てて立ち上がり、
│ カゴの載ってる台を元の場所に戻しました。
│ かなりパニクってて、
│ あれ? ワタシ、何するんだっけ・・・って、必死に考えていると、
│ お母さんの声が聞こえてきました。
│ 「ほら、内診室に行きましょ。
│ 手術とかじゃなくて、単に先生に診てもらうだけなんだから、
│ そんなに心配しないでも大丈夫よ。
│ 昔、私が診てもらったときも、
│ 別に、なんともなかったわ。
│ 大丈夫よ。
│ ほら、行きましょ」
│ ワタシは、
│ 息をひとつ吐いて頷き、顔を上げました。
│ 廊下で待ってくれている看護師さんの方へ、
│ お母さんと一緒に歩き出しました。
│ 続きます。
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│ 次いで、最後の超音波検査が始まりました。
│ ワタシは、
│ 近くの壁に据え付けられている、大きなモニターを見ていました。
│ 画面には、
│ 左端に、
│ 色々な英単語と数字が、縦にズラズラッと表示されていて、
│ 左端以外の、残りの広い場所には、
│ ワタシのお腹の中の白黒映像が、大きく映し出されていました。
│ カーテンの向こうにいる先生が、明るい声で言いました。
│ 「あ、いたよー」
│ 画面中央に、
│ そら豆みたいな形の、黒いものが映っていました。
│ そして、
│ そのそら豆の少し凹んだ部分の、すぐ内側に、
│ 薄っすらと白い、小さな丸いものと小さな繭みたいな何かが、
│ 仲良く並んでくっ付いてました。
│ 「あの、そら豆みたいな黒いのですか?」
│ ワタシがそう訊くと、
│ 先生が答えてくれました。
│ 「それは胎嚢って言ってね、羊水の入ってる袋だよ。
│ 超音波の映像だと、
│ 液体は黒く、固体は白く映るんだ。
│ だから、
│ あなたの赤ちゃんは、こっちの小さいの」
│ そら豆みたいな形の胎嚢の近くに、矢印のカーソルが現れました。
│ そうして、
│ 胎嚢の、
│ 少し凹んだ内側に仲良く並んでくっ付いてた、2つの小さい白いものに、
│ 矢印のカーソルは近付いていき、
│ その2つのうちの、繭みたいな方の周りをクルクルと回りました。
│ ワタシは、
│ 「えと、その隣にある丸いものは・・・」って訊きました。
│ すぐに先生が答えてくれました。
│ 「あぁ、
│ それは卵黄嚢って言ってね、赤ちゃんのお弁当みたいなものだよ。
│ 赤ちゃんは、最初のうちはここから栄養を貰うんだ」
│ お母さんが尋ねました。
│ 「先生、
│ 赤ちゃんは、今どれくらいの大きさなんですか?」
│ 「あ、ちょっと待ってくださいねー。
│ まずは、
│ 赤ちゃんの心臓の音を確かめますので」
│ ワタシは驚き、
│ 「え。
│ 心臓って、もう動いてるんですか?」って訊きました。
│ 先生が答えました。
│ 「この感じだと動いてるよー。
│ ちょっと待っててねー。今、モニターに出すから」
│ そう言われ、壁のモニターを見ていると、
│ 画面が左右に2分割になり、
│ 今まで映っていた お腹の中の白黒映像は、左半分に表示されるようになりました。
│ 反対側の右半分は真っ暗でしたが、
│ でも、よく見ると、
│ 下の方に、薄っすらと横線が引かれていました。
│ そして、
│ さっきの矢印カーソルが、
│ 画面の左半分に映っている、繭みたいな赤ちゃんの下へ移動し、
│ 十字マークがそこに現れ、
│ 矢印カーソルが、今度はそのまま画面の上の方へと移動し始めると、
│ 残されている十字マークから伸びた点線の先っぽが、その矢印を追っていき、
│ そうして、
│ まっすぐ点線が、赤ちゃんを跨ぐようにして現れました。
│ 先生の声が聞こえてきました。
│ 「お、動いてる動いてる。
│ ほら、モニターの右半分を見てごらん。
│ さっきまでと違って、白い波形が映っているでしょ?
│ 赤ちゃんの心臓の音だよ。分かるかな?」
│ ワタシは、
│ 画面の右半分に目を向けました。
│ 真っ暗な背景に、
│ 同じ形をした白い大きな波が、横に5つくらいズラッと並んでいて、
│ 黒い縦の帯が、
│ その5つくらいの白い波の左から右へ、また左から右へと、
│ 一定の速度で動き続けていました。
│ 黒い縦帯は、新たな白い波形を上書きするために動いていて、
│ そこからは、
│ 同じ形をした大きな波が、次から次へと現れてきていました。
│ 1回も途切れることなく、少しも休むことなく、
│ 同じリズム、同じペースで、
│ いくつもいくつも、繰り返し繰り返し、
│ 左から右へ、また左から右へと、
│ 新しい大きな白い波は、
│ そうして、ずっと現れ続けていました。
│ いつまでも止まりませんでした。
│ 不思議な感覚でした。
│ その、新しい波が続々と上書きされていく様子をぼーっと見ていると、
│ 先生の声が聞こえてきました。
│ 「赤ちゃんの大きさは、だいたい10mmですね。
│ 7週目としては、平均的な大きさです」
│ ワタシのすぐ近くで、お母さんの声がしました。
│ 「10mmって言うと1cmね。
│ どれくらいかしら?
│ 1円玉・・・は、
│ 確か、もうちょっと大きかったはずよねぇ」
│ カーテンの向こうから、先生の声が返ってきました。
│ 「手の小指の爪が、
│ ちょうどそれくらいの大きさですよ」
│ ワタシは、
│ 自分の手の小指の爪を、じっと見ました。
│ 少ししてから顔を上げ、
│ 壁にあるモニターの、左半分の、
│ 薄っすらと白い、繭みたいな小さい赤ちゃんを見て、
│ そうして、また少ししてから、
│ 再び、モニターの右半分に目を向けました。
│ 横へ横へと動いている黒い縦帯からは、
│ 同じ形の、新しい大きな白い波が、
│ 今も、
│ 規則正しい同じリズムで、次々と上書きされていました。
│ 不思議な感覚でした。
│ 続きます。
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