167.「急いで帰ってきて、疲れてたせいか・・・」
「急いで帰ってきて、疲れてたせいか、
部屋の電気を点けたまま、いつの間にか眠っていた。
時計を見ると、夜の12時半だった。
お腹が、グゥゥ・・・って鳴った。
喉も渇いてた。
そのまま、ベッドの上でじぃっと我慢してたんだけど、
でも、少ししてから起き上がった。
やっぱり、お勝手に行こうと思った」
「部屋のドアに近付くと、
微かに、声が聞こえてきた。
じいちゃんとばあちゃんの声だった。
話をしているみたいだった」
「僕は、
自分の耳をドアに押し付け、様子を探った。
じいちゃんたちは、茶の間にいるみたいだった」
「僕は、
それを確認すると、耳を離した。
ドアノブを静かに握って、
ドアを、
そーっと、少しだけ開けた。
ばあちゃんの声が、はっきりと聞こえるようになった」
「それで、その電話、
いつ、かかってくるの?」
「続いて、
じいちゃんの声が聞こえてきた」
「『こっちでの仕事の都合もあるし、今夜いっぱい考えさせて欲しい。
明日の朝か昼に、電話する』って言ってたから、
8時とか12時とかだろ」
「でも、
あの子に何も言わずに、
明日、いきなり会わすなんて」
「言ったら、ろくに考えんと、
会いたくない・・・って、また言うに決まっとる」
「確かにそうかもしれないけど、
でも、
あの子には、あの子なりの考えがあるわけだし・・・」
「会って、ちょっと話をさせるだけじゃないか。
それの何がいけないんだ。
さっきも言ったけど、
別に、
その場ですぐに結論を出させる・・・って言ってるわけじゃない」
「でも・・・」
「だいたい、
お前は、普段からアイツを甘やかし過ぎだ。
今年になって、帰ってくるのが急に遅くなったし・・・。
今日だって、
ひとりで喫茶店に行った・・・って、アイツは言い張ってたけど、
そんなの、絶対ウソに決まっとる。
まったく、
あんな遅い時間まで、どこをほっつき歩いてるんだか・・・」
「ねぇ、
そのことなんだけど、ちょっと変じゃないかしら・・・」
「何が?」
「あの子、学校や部活のことを全然話したがらないの。
無理して訊いても、『普通』って言うだけだし」
「ただの反抗期だろ。
わざわざ気にするほどのものでもない」
「あと、
最近になって、よく物を失くすようになったの。
消しゴムとか下敷きとかノートとか、サッカーの脛当てとか。
靴とか服とかも、よく汚すようになったし・・・」
「・・・そうなのか」
「そうなの。それに・・・、
ねぇ、知ってる?、
あの子、
ときどき、部屋でため息をついてるのよ。
イスに座ったまま、つまらなそうな顔して下を向いて・・・。
あの子、
もしかしたら、私たちに何か隠してるんじゃないかしら。
言えないことがあるんじゃないかしら」
「・・・言えないこと、って何だ」
「それは――」
「僕は、
その瞬間、慌ててドアを閉めた」
「すぐに部屋の電気を消し、
ベッドの中に潜り込んで、掛け布団を頭からかぶった」
「それ以上、何も聞きたくなかった」
「朝になった。
僕は、ドアの前に立っていた。
1度、深呼吸し、
それから、
ドアを静かに開けて、部屋を出た」
「お勝手の前を通りかかった。
そうっと中を覗くと、
ばあちゃんが、食器を洗っていた。
僕は、
気付かれないよう、そのまま通り過ぎようとした。
でも、
ばあちゃんが、不意に蛇口の水を止めて、
すぐに、こっちを振り返った」
「あら、おはよう。
これから出掛けるの?。
朝ご飯は?」
「僕は、
急に言われて少し焦ったけど、咄嗟に何とか答えた」
「ううん、いい。
冷蔵庫の中にあったヤツを食べたの、朝早くだから。
まだ、あんまりお腹減ってない」
「なら良いんだけど・・・。
ところで、
これから、どこに出掛けるの?」
「僕が、
自転車屋さん・・・って答えようとしたところで、
茶の間の電話が鳴った。
ばあちゃんは、ハッとした顔になった。
それから、
『また、あとでね』って僕に言いながら、廊下に出て、
そのまま、急ぎ足で電話を取りに向かった」
「僕は、少ししてから、
茶の間の手前まで行き、こっそりと中を覗いた。
そうして、
ばあちゃんがこっちに背を向け、電話で話してるのを確認すると、
その後ろを、サッと通り過ぎた」
「玄関に着くなり、靴の中に足を突っ込み、
玄関の戸を慎重に、
でも、出来るだけ急いで開けていった。
そして、
少しだけ空いた隙間をすり抜け、外に出て、
後ろを振り向き、
戸を、
また、慎重に閉じていって、
すぐさま道路の方に向き直し、駆け出した」
「角を曲がったところで走るのをやめた僕は、その場でしゃがんだ。
履きかけだった靴を、
左右とも、しっかりと履き直し、
立ち上がって、
そのまま、ゆっくりと歩き始めた」
「朝の、
まだ人があんまりいない、静かな商店街の道をトボトボ歩きながら、
ちょっと考えて、
やっぱり、駅に行こうと思った」
「色々な嫌なことから離れたかった」
「これ以上、何も考えたくなかったし、
全部が、
もう、どうでも良かった」
「なるべく遠くに行きたいと思った」
「そうして僕は駅に行って、
改札を抜け、ちょうどホームに入ってきた電車に乗って、
それで、終点のタチヤマまで来たんだ」
「河原の石に座って、
これからどうしよう・・・って、
ひとり、ため息をついて、
目の前の、川の水を、
ただ、ぼーっと眺めていたんだ」




