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Summer Echo  作者: イワオウギ
IV
166/292

166.「家の前に着いた」

「家の前に着いた」


「出来るだけ急いで帰ってきたんだけど、

 でも、ダメだった。

 辺りは、すっかり暗くなっていて、

 玄関の明かりも点いていた」


「自転車が、またパンクしていた。

 たぶん、段差になってるところを勢いよく下りたからだと思う。

 気付いたらペダルが重くなっていて、

 それから少しすると、後ろのタイヤがズルズルになった。

 早く帰りたかったのに、スピードが出しにくかった。

 あの女の人が言うように、

 もっとしっかり叩いておけば良かった・・・って、走りながら後悔した」


「家の玄関の明かりは、今日も点いていた。

 それを、じぃっと見たまま、

 僕は、

 少しの間、呼吸を整えた。

 そして、下を向いて、

 息をひとつ、ふぅ・・・って吐いたあと、

 顔を上げ、

 パンクした自転車を押して、庭に入っていった」



「ただいま・・・」


「そう言いながら玄関の戸を開けると、じいちゃんの話し声が聞こえた。

 茶の間の電話で、誰かと話しているようだった」


「あぁ、

 アイツ、今頃になって帰ってきおったわ。

 まったく、何時だと思ってるんだ。

 ・・・うん、

 ・・・うん、

 そっちの好きな時間で構わない。

 ・・・うん、分かった。

 じゃあ、また明日。

 待ってるからな」


「受話器を置いた音がした。

 ため息が聞こえて、

 その後、

 じいちゃんが、こっちを振り返る。

 僕は、

 茶の間の入り口で立ったまま、俯いていた。

 ちゃぶ台の上は、

 少し前にチラッと見たけど、

 じいちゃんの分の湯呑と、畳まれた新聞しか置いてなかった。

 じいちゃんは、何も言わなかった。

 僕も、何も言わなかった。

 お勝手から聞こえていた食器洗いの音と水の音が止まった。

 虫が、たくさん鳴いていた。

 隣の家のテレビの音も、よく聞こえた」


「・・・今、何時だ?」


「しばらく経ってから、じいちゃんが訊いた。

 僕は答えた」


「7時13分です・・・」


「随分遅いな?」


「はい・・・」


「何で遅くなった」


「えと、自転車がパンクしちゃって、

 その・・・」


「パンクして走れなくなって、

 それで、歩いて帰ってきたのか?」


「いや、そうじゃなくて・・・」


「どうやって帰ってきたんだ」


「自転車に乗って、帰ってきました・・・」


「じゃあ、

 何で帰ってくるのが、こんなにも遅くなるんだ。

 普段から遅いけど、今日は更に30分以上遅いじゃないか。

 もう外は真っ暗じゃないか。

 じいちゃん、お前に言ったよな?、

 暗くなる前に帰ってきなさい・・・って。

 どうして、こんなに遅くなったんだ。

 言ってみろ」


「・・・すみません」


「どこに行ってた」


「・・・ちょっと、遠くに」


「遠く、ってどこだ」


「海の近くで、

 その・・・、喫茶店に・・・」


「はぁ?、喫茶店?。

 お前、そんなところに行ってたのか?」


「・・・はい」


「誰と行った」


「・・・ひとりです」


「何で行った」


「何で、って自転車で・・・」


「バカ、違う。

 どうして行ったんだ、って訊いてるんだ」


「あ、

 えと、何て言うか・・・」


「その喫茶店にずっといたのか」


「はい・・・」


「こんなに暗くなるまで?」


「いや、

 帰ったときは、まだ明るかったんだけど・・・、

 その・・・」


「まだ明るかった、って何時頃だ?」


「5時半ちょっと過ぎ、です・・・」


「それで、何でこんな時間になったんだ。

 今、7時過ぎだぞ。

 1時間半以上かかってるじゃないか」


「だから、

 その、えと、喫茶店がちょっと遠くて・・・」


「さっきお前は、

 自転車がパンクしたから遅れた・・・って言ってたじゃないか。

 あれはウソか?」


「いや、ウソじゃなくて・・・。

 えと、説明がちょっと難しいんだけど・・・、

 その・・・」


「何でこんな遅い時間になったんだ」


「だから、何て言うか・・・、

 その・・・」


「何で」


「・・・」


「ちゃんと説明しなさい」


「・・・ごめんなさい」


「少ししてから僕が謝ると、

 じいちゃんは、ため息をついて言った」


「お前のご飯は、じいちゃんが下げさせたからな」


「はい・・・」


「次からは、ちゃんと6時までに帰ってくるように。

 分かったな?」


「はい・・・」


「本当に分かったのか?。

 7月のときも、お前はそう言ったが、

 結局、守らなかったじゃないか。

 いつの間にか、当然のように6時半に帰ってきとるし・・・」


「・・・すみません」


「今度、門限を破ったら、

 そのときは容赦しないからな。

 みっちりと説教するからな。

 分かったな?」


「・・・分かりました」


「じゃあ、もう行ってよろしい」


「はい・・・」


「僕は、

 俯いたまま、じいちゃんに背を向けて、

 廊下をトボトボと歩き始めた。

 茶の間から、

 新聞を広げた音と、大きなため息が聞こえてきた」



「お勝手の前を通った」


「おかえり」


「ばあちゃんが言った。

 僕は足を止め、ばあちゃんの方を向いた」


「うん・・・」


「・・・お腹、()いた?」


「僕は、首を横に振った」


「ううん、いい・・・」


「そう返事をして、廊下をまた歩き始めた。

 そして、

 自分の部屋に戻るとドアを閉めて、ため息をついて、

 そのまま、ベッドの上で仰向けになった」


「自転車、修理しないと・・・って、

 ぼーっと考えていた」

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