163.「夏休みになった」
「夏休みになった」
「夏休みの間の、プールの授業は、
泳げる人は自由参加だったから、僕は行かなかった」
「サッカーの部活も、ちょくちょくあった。
でも、そっちも行かなかった」
「朝、
部活に行くフリをして、体操袋を持って家を出ると、
そのまま、ちょっと遠くの図書館へ向かった。
そして、
中に入って、空いてる席に座って、
体操袋の中から筆箱と夏休みの宿題を出して、
中学生とか高校生の人たちに混じって、その宿題を解いた」
「お昼近くになったら、
一旦、家に戻った。
それで、
お昼ご飯を食べ終わったら、すぐにサッカーボールを持って自転車で出掛けて、
川沿いにある、いつもの公園に行って、
ひとりでサッカーの練習をして、
それが嫌になってきたら、
自転車に乗って、
汗を乾かしながら、そこら辺をブラブラ走って、
疲れてきたら、どこかのお店に入って時間を潰した」
「家に帰るのは、だいたい6時半くらいだった。
夏休みが始まって、何日か経ったとき、
あまり知らない街を自転車で走ってたら迷子になっちゃって、
それで、帰るのがその時間になってしまった。
茶の間に入った瞬間、じいちゃんにジロッて睨まれたけど、
でも、ばあちゃんが、
『まぁまぁ。
今は夏休みだし、外もまだ明るいから』って言ってくれて、
怒られなくて済んで、
それからは、毎日6時半くらいに帰るようになった」
「ある夜、
家族3人で晩ご飯を食べていると、
サッカー部の、対外試合の話になった。
じいちゃんが訊いた」
「ばあちゃんと一緒に観に行くけど、試合は何時からだ」
「僕は答えた」
「今日、足をちょっと挫いちゃって、
まだ痛いから、たぶん試合に出れない」
「それを聞いたばあちゃんが、
『そういうことは早く言いなさい』って言いながら、
すぐに立ち上がって、仏間に行って、
救急箱を持って帰ってきた」
「僕は、
『そこまでしなくて良いよ、平気だから』って言ったんだけど、
でも、ばあちゃんは、
『そんなこと言って、あとで痛くなったらどうすんのよ』って言いながら、
僕の足首に湿布を貼って、
せっせと手を動かして、包帯をグルグル巻いた」
「申し訳ない気持ちでいっぱいだった」
「8月13日」
「お盆の日」
「九州のじいちゃんとばあちゃん、カシナの叔父さんとその家族が、
今年も家に来た」
「いつものように、夕方くらいに玄関でお出迎えして、
茶の間に集まって、みんなでお話して、
夜になると、店屋物で取ったお寿司を食べて、
その後、家の前で花火をして、
次の日、
みんなで、母さんの墓参りに出掛けた」
「僕は、ずっと下を向いていた。
話しかけられても、ほとんど何も返さなかった」
「『うん・・・』とか『別に・・・』とか、そんな返事ばっかりで、
そのうち、
誰も僕に話しかけなくなった」
「僕は、
みんなで外に出掛けるとき以外は、
ひとり、自分の部屋に籠もって、
ノートに落書きしたり、
折り紙したり、
漫画を読んだりして過ごしていた」
「夏休みの宿題は、絵だけやった。
それ以外は、
もう、とっくに終わっていた」
「8月15日」
「朝からみんなで水族館に行って、4時くらいに家に戻ってきて、
その後、
九州のじいちゃんたちも、カシナの叔父さんたちも、
それぞれ自分たちの荷物を持って、自分たちの家に帰っていった。
いつもは16日に帰るのに、今年は1日早かった」
「みんな、何も言わなかった」
「僕も、何も訊かなかった」




