159.「7月7日」
「7月7日」
「月曜か火曜だったと思う」
「放課後になって、サッカーの部活が始まった」
「腕組みをした顧問の先生の前で、みんなで順番に壁シューをしているときだった。
自分の番が終わった6年の男子が、先生の方を振り向いて言った」
「先生、トイレに行ってきます」
「先生が、その男子を見て頷くと、
壁シューのコンビ相手の男子も、手を上げて言った」
「あ、先生、
俺もトイレに行きます」
「先生は、そっちの男子にも頷くと、
壁シューを続けている僕たちの方に、顔を戻した」
「ふたりの男子は練習を抜けて、
校庭のトイレの方へと、お喋りをしながら歩いていった」
「それからしばらくして、
僕たちが、2対2をやっているときだった。
自分たちの番が終わり、列に戻ろうとした男子に、
顧問の先生が訊いた」
「おい、
そう言えば、さっきトイレに行ったふたりはどうした?」
「まだ戻ってきていません」
「訊かれた男子が、そう答えると、
先生は、
自分の腕時計を見てから、その男子に言った」
「悪いけど、
ちょっとトイレに行って、ふたりの様子を見てきてくれるか?」
「様子を見に行った男子は、すぐに戻ってきた」
「その後ろには、
さっきの、ふたりの男子がいた」
「おう、
見てきてくれて、ありがとな。
お前は練習に戻ってくれ」
「先生は、そう言ってから、
ふたりの男子の方に目を向けて、改めて言った」
「一応、訊いておくけどな・・・、
お前ら、本当に今までずっとトイレで用を足していたのか?。
17分も必要だったのか?」
「ふたりとも、下を向いたまま返事をしなかった。
先生は、ちょっと間を置いて尋ねた」
「お前ら、何やってた?」
「ふたりのうちの片方が、少ししてから答えた」
「小便を――」
「バカ。そのあとだ」
「ちょっと話を・・・」
「ちょっと?。
10分以上は、ちょっとなのか?」
「いや、ちょっとじゃないです・・・」
「確か先週も同じようなことで、
先生、お前らに注意したよな?。
覚えてるか?」
「はい・・・」
「なら、どうしてまたやったんだ」
「ふたりとも、何も言わなかった。
黙ったままだった。
先生は、
少ししてから、ため息をつき、
ふたりに言った」
「次からは気を付けろよ。
じゃあ、練習に戻れ」
「はい・・・」
「5時になって、部活が終わった」
「シーンとした多目的教室で、ひとりで服を着替え、
ランドセルとか体操袋とかを持って昇降口に下りていくと、
靴箱には、
思った通り、僕の靴は無かった」
「僕は、
持っていた荷物を置いて、上履きのまま外に出た。
昇降口の正面にある花壇の方へ、まっすぐ進む」
「歩いてる途中で、
やっぱりな・・・ってなった」
「たくさん咲いた薄いピンクの花と、その葉っぱの下に、
逆さになったスニーカーが、ちらっと見えていた」
「近くに行って、そのスニーカーを拾い上げた僕は、
左右順番に、
形を手で元に戻したあと、軽く叩いてホコリを落とし、
それから、
昇降口に戻って上履きを脱ぎ、スニーカーを履いた。
そうして、学校の正門を通って道路に出ると、
いつもとは逆の方向の、右に曲がった」
「ひとけの無い、寂しい感じの遊歩道を歩いてて、
途中にある、大きな石の作品の前まで来たときだった」
「俺らから逃げられると思ってたんか。ばーか」
「そう言いながら、
石の作品の裏から、サッカー部の6年の男子たちが出てきた。
3人だった」
「その瞬間、
血の気が、サー・・・って引いた。
いつの間にか呼吸を口でしてて、
胸が押し潰されたような、苦しくて嫌な気持ちが一気に込み上げてきて、
心臓も、破裂しそうなくらいバクバクと大きな音を立てて動き始めた。
逃げよう・・・って思った。
でも、
追いつかれたらどうしよう・・・って考えちゃって、
それで、逃げるのをやめてしまった。
遊歩道の真ん中で、ひとり立ち尽くしていた僕は、
そのまま、静かに下を向いた」
「おい、
お前、何で遠回りして帰ろうと思ったんだよ?。
言ってみろよ。あ?」
「男子のひとりが、
そう言いながら、僕の首に横から腕を回してきて、
腕に力を入れた」
「こっちは全部お見通しなんだ・・・よ!」
「ふたりめの男子が、
ヘッドロックで前屈みになっていた僕を、後ろから思いっきり蹴った。
僕は、
足を前に出すのがちょっと遅れて、立ちにくい格好になった。
首に回されていた腕が、余計に食い込み、
ゴホッ、ゴホッ・・・って咳き込んでいると、
ふたりめのソイツは、
『死ねよ』とか『オラッ』とか言いながら、僕を後ろから何度も何度も蹴り続けた。
少しすると、
3人めの男子が、スマホ片手に近付いてきて報告した」
「他を見張ってた連中も、すぐ来るってさ」
「ヘッドロックをかけていた男子は、
それを聞くと腕の力を更にキツくして、僕に言った」
「お前が逃げようとしたから、
だから俺ら、
今、相当ムカついてんだ。
お前が悪いんだからな・・・、こうなったのは」
「多分、5分もしないうちに、
みんな、集まってきた」
「あ、いるいる。
ホントにいるじゃん」
「何やって遊ぶー?」
「前って、コイツに何やったんだっけ。
俺、全然覚えてねーわ」
「俺もー」
「テープじゃね?」
「あぁ、確かに。
そんな気がするわ」
「プロレスにしようぜ、プロレスー。
俺、
きのう動画で、カッコいい技発見してさー。
お前らに見せてやんよ。
マジ、スゲーから」
「空手は?。
俺、コイツに3発くらい回し蹴り決めたいんだけど。
今日、コイツのせいで相当ムカついたからさ」
「好きな技、順番にかけたらいいんじゃね?。
それよりさー、
お前、見張っとけよなー。
早く行けよ。
誰かに見られたらヤバいだろ」
「・・・集まってきたヤツらは、
そんなことを言いながら、ランドセルや荷物を下ろしていった」
「全部で10人だった」
「僕は、
ヘッドロックをかけられたまま、持っていた体操袋とランドセルを取られ、
地面に倒され、
そのまま、みんなの技の実験台にされた」
「次、誰ー?」
「もう、みんな終わったんじゃねーの?」
「じゃ、
俺、もう1回やるわ。
さっき、ちょっと失敗したし」
「そういや、お前、
短冊のあれ、すげー危なかったよな。
あと少しでバレそうだったじゃん」
「なになになに、短冊のあれって何?。
教えろよ」
「コイツが早く自殺しますように・・・って短冊に書いて、笹に付けて、
それで、
ちょっと離れてダベってたら、いつの間にか先公が笹のとこにいて、
短冊を1コずつ読んでてさー」
「うわ、やっべー」
「で、
慌てて笹のとこ行って、その短冊はずそうとしたんだけど全然取れなくて、
しょーがねーから千切って、ダッシュして戻ってきた・・・ってヤツ」
「うわぁ・・・」
「でもさー、
コイツがホントに自殺したら、俺らやべーよな」
「何で?」
「イジメてたのがバレるじゃん」
「だいじょぶ、だいじょぶ。
意外と死なねーし。
つーか、
寧ろ死んでくれた方がラッキーじゃね?」
「ひっでー」
「じゃ、
俺、今からもう1回やるから、
お前ら、
後ろからコイツ、抑えてろ。
今度こそ上手く決めるからよ」




