153.「ゴールデンウィーク明けのことだった」
「ゴールデンウィーク明けのことだった」
「授業の合間の、休み時間。
友達と一緒にトイレに行って、教室に戻ってきた僕は、
教壇の前を通って、
窓際にいる、別の友達の方へと歩いていた」
「クラスの雰囲気は、
一見、いつも通りだった。
教室のあちこちで、
仲の良い人同士で集まって、楽しそうに何かの話をしたり、
消しゴム落としをしたりしていて、
日直の人は、黒板消しをクリーナーにゴシゴシとかけていた。
笑い声も、ときどき聞こえていた」
「ふと、先生の机の方に目を向けると、
オマキが、その机の下に頭を突っ込んで四つん這いになっていた。
机の、全部で4段ある抽斗とその下の床との狭い隙間に、
出来るだけ奥まで手を突っ込み、
一生懸命に、左右に動かしていた」
「何かを探してるようだった。
そして、
下に突っ込んでいた手を戻して、頭を起こしたオマキを見て、
あれ?・・・って思った」
「メガネをかけてない」
「オマキは、
それから少しすると、先生の机の下から這い出て、
顔を俯けたまま、ゆっくり立ち上がった。
そして、
すぐに後ろを振り返って、背伸びをし、
先生が使っている棚の上に、顔を出した」
「その瞬間、
声が聞こえてきた」
「違う違う、そこじゃねーって」
「そっちを見ると、
男子がふたり、ひとつの机に集まっていて、
持ってきた自分のイスに座っていた。
ひとりが、
イスに踏ん反り返って頭の後ろで手を組み、ニヤニヤしてて、
もうひとりが、
机に顔を突っ伏したまま、上半身をヒクヒク動かしていた。
笑いを堪えているようだった」
「背伸びをしていたオマキは、踵を下ろして、
今度は窓の方を向いた。
そっちは教室の角で、先生用のゴミ箱が置いてあった。
オマキは、
そこにしゃがみこんで、ゴミ箱に手を突っ込んだ。
中を、ゴソゴソと漁った」
「それを見て、
さっきの、男子の2人組が吹き出した」
「さっき探しただろ、そこは。
もう忘れたのかよ。
お前って、ほんとバカだよなぁ」
「友達と一緒に、窓際でそれを見ていた僕は、
胸が、ぎゅうっと締め付けられた。
苦しくなった。
すぐに、教室内のあちこちを見回した」
「ヒント2ー。
宙に浮いてまーす」
「男子の声が、また聞こえた。
僕は、2人組の方を振り返った。
ふたりは、
教卓の中を探しているオマキを見て笑っていたけど、
ときどき、
教室の隅にも、目をチラチラ向けていた」
「僕は教室の隅をじぃっと見て、
少ししてから、そっちへ歩いていった。
束ねてあったカーテンを掴んで、その裏側をちょっと覗いてみて、
それから、オマキの方を振り返った」
「オマキー、こっちー」
「オマキは、
黒板の前で屈んで、チョーク受けの下を覗き込んでいたけど、
すぐに顔を上げ、
こっちに歩いてきた」
「ほら、ここ」
「僕は、そう言って、
掴んでいたカーテンの束の、裏側を見せた。
カーテンをまとめていた帯に、メガネが引っ掛けられていた」
「オマキは、急いで手を伸ばすと、
ポケットから出した布で、メガネのレンズを拭き始めた」
「あーあ、つまんね。
誰かさんが余計なことしたからさぁ」
「さっきの男子の、
残念そうな声が聞こえてきた」
「僕は、
すぐにそっちを見て言った」
「やめろよ。
こんなのイジメじゃんか」
「あ?、何だテメェ。
俺らに文句あんのか」
「男子は、ふたりとも立ち上がって、
こっちへゆっくり歩いてきた」
「僕の心臓は、バクバクと大きな音を立てていた。
動けなかった。
ただ、
その、次第に近付いてくるふたりを黙って見ていた。
オマキは、
僕の陰に隠れて、メガネを拭き続けていた」
「でも、そのとき、
チャイムが鳴った」
「男子たちは、
立ち止まって時計に目を向け、舌打ちをした。
それから、
少しの間、僕を無言で睨んでいたけど、
やがて、
『イキってんじゃねーぞ』と言って、背を向け、
ふたりとも、自分の席に戻っていった」
「6時間目の授業が終わった」
「多目的教室で体操着に着替えて、友達と一緒に昇降口に下りていくと、
靴箱にあるはずの、僕のスニーカーが無くて、
それで、友達と一緒に、
靴箱や、その近くを探し始めた。
しばらくして、
友達の声が、外から聞こえた」
「もしかして、
これ、そうじゃないの?」
「見ると、
昇降口を出たところにある花壇の前で、
友達が、顔だけをこっちに向けて立っていて、
伸ばした指を花壇へ向けていた」
「僕は、
上履きのまま、すぐに駆け寄り、
友達の隣に立った」
「花壇の、
芽を出したばかりの、たくさんの植物の中に、
僕のスニーカーが、左右バラバラに転がっていた」
「あちこちが潰れていたり、歪んだりしていた」




