150.「4月になった」
「4月になった」
「新学期が始まって、その最初の日。
朝、学校に行って、
5年生の教室を2つとも通り過ぎて、6-1の教室の前まで来ると、
入り口の扉のところに、
多分、20人くらいの人集りが出来ていた」
「僕は、その人集りの後ろについた。
少しの間、
背伸びをしたり、立つ場所を変えたりしてみたんだけど、
なかなか見えなくて、
それで、6-2の方を見たら、
そっちは、人がちょっと少なくて、
だから、
まずは、そっちを確かめてみることにした」
「6-2の教室の前に行くと、
扉の近くにいた女子のグループが、ちょうど教室に入っていって、
人集りに、隙間が少し出来た。
僕は、その隙間に入って、
教室の扉に貼り出されていた、クラス替えの紙の前に立った」
「たくさん並んだ名前の中に、僕の名前があった」
「次いで、僕は、
誰が同じクラスになったのか、確かめようと思って、
上から順番に名前を見ていった」
「オマキの名前があった。
今年は、同じクラスのようだった」
「僕は、
しばらくの間、クラス替えの紙を眺めたあと、
人集りの輪を抜けて、
6-2の教室に入っていった」
「教室に入ってくる人を、
友達の席で、
友達と一緒にチェックしていた」
「少しすると、
入り口の向こうにオマキが見えて、そのまま通り過ぎていき、
少ししてから、
また、入り口のところに現れて、
今度は、教室の中に入ってきた」
「そういや、
オマキとお前、
どっちのが、背、高いの?」
「多分、僕のが高いと思う、
ほんのちょっとだけど・・・」
「だったら、
今年は一番前じゃないじゃん」
「多分だって。
まだ、分かんないって」
「友達と、
そんなことを喋りながら、オマキを見ていた。
オマキは、
自分の席に行って、イスの上にランドセルを下ろすと、
中身を机の中に入れて、
また、ランドセルを持って、
教室の後ろにあるロッカーの方へ歩いていった」
「途中、オマキがこっちを見た。
何か言おうと思ったけど、
でも、オマキは、
すぐに、
また、ロッカーの方を向いてしまった。
そして、
持っていたランドセルをロッカーに押し込むと、
教室を見渡し、
自分の友達の方へ歩いていった」
「お前とオマキって、仲良いんじゃないの?」
「うーん、どうなのかなぁ。
あんまり仲が良いって感じじゃないけど・・・」
「休みの日の夕方に、よく一緒にいるじゃん」
「そうだけど、
でも、
お互い、ほとんど何も喋らないし・・・」
「じゃあ、何で一緒にいるわけ?」
「うーん、何となく・・・」
「そのときだった。
誰かの、ちょっと怒った感じの声が聞こえてきた」
「おい、何も無しかよ」
「僕と友達は、そっちを見た。
足を組んでイスに座っている男子がいて、
視線の先には、
後ろを振り返った体勢のまま、その男子を見て立ち止まっているオマキがいた」
「お前の足が当たったんだけど」
「その男子が、そう言うと、
オマキは軽く手を上げ、すぐに前に向き直って、
再び歩き出そうとした」
「おい、待てよ。
ちゃんと口で言えよ」
「そう言われたオマキは、
男子の方を振り返って、口をモゾモゾと動かした」
「は?、よく聞こえないんですけどー」
「男子が耳に手をあて、大きな声で文句を言うと、
近くにいた別の男子が、顔をその男子に近付けて、
何かを囁いた」
「文句を言っていた男子は嫌な顔をして、
チッ・・・と舌打ちをした」
「オマキは、
それを見ると、また前に向き直って、
そのまま何も言わずに、
自分の友達のところへと、そそくさと逃げていった」
「土曜日になった」
「夕方になり、遊んでいた友達と別れた僕は、
自転車で、団地の中の公園へ向かった。
自転車を駐め、
山の形の遊具へ走っていって、トンネルを覗くと、
中にオマキがいた」
「オッス。
同じクラスだったね」
「うん」
「あれ?。
それ、もしかしてスマホ?。
買ってもらったの?」
「その日のオマキの手には、
いつものゲーム機じゃなくて、スマホがあった。
オマキは、
スマホに目を向け、その画面を人差し指の先で慎重になぞりながら、
黙って頷いた」
「いつ買ってもらったの?」
「始業式の前の日。
夜、渡された」
「スマホで、どんなことやってる?。
やっぱゲーム?」
「それもあるけど、
動画を観たり、チャットで話したり、
あとはゲームの攻略を調べたりとか、まぁ色々・・・」
「面白い?」
「うん、けっこう面白いかな。
色んなことが出来るし・・・」
「へー、良いなぁ・・・。
使うの、すぐ慣れる?。
僕の友達は、『思ったより簡単だった』って言ってたけど」
「うん。・・・っていうか、
こっちに引っ越してくる前、
兄ちゃんのスマホ、ときどき触らせてもらってたから、
楽勝だった」
「そうなんだ・・・」
「そういや、この前は来なかったけどさ、
何かあったの?」
「あぁ。
・・・えっと、家で春休みの宿題やってた。
ほら、読書感想文。
僕、まだ終わってなかったから」
「ふーん。
俺はネットのヤツを写して、すぐに終わらせたけど」
「え?。・・・でも、
それ、バレたらヤバいじゃん」
「バレないって。
言い方をちょっと変えたり、順番を入れ替えたりしてるから。
前の学校でも、やってるヤツ多かったし。
それに噂じゃ、
お金払って、宿題全部やってもらってる人もいるらしいし。
ソイツらと比べたら、
俺なんて、だいぶマシじゃん」
「そうかな・・・」
「そうだよ。
あ、そういや、
それに、もっと
俺、
来月の2週目の日曜は、ここにいないから」
「え?。2週目の日曜?。
それって、いつ?。
5月だから、ゴールデンウィーク中?」
「いや、
終わったあとの、次の日曜日・・・だったような気がするけど」
「何でいないの?」
「ブラスバンド部の演奏会があるから。
隣町の、結構でっかいコンサートホールでやるらしい。
帰るの遅くなる・・・って、顧問の先生が言ってた」
「オマキは、何の楽器をやるの?」
「タンバリン。
今、部活でアルトホルンの練習もしてるんだけど、
そっちは、まだまだ上手く吹けないし」
「難しいの?」
「ムズい、って言うか、
取り敢えず、口が痛い。
あと疲れる」
「ふーん。
そういや、
今日、サッカーボール持ってきたんだけどさ、
一緒にやらない?」
「やらない。
俺、
サッカー、あんまり好きじゃないし。
ここでゲームやってる」




