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Summer Echo  作者: イワオウギ
15/289

15.少年と一緒に、チケット売り場に入った

少年と一緒に、チケット売り場に入った。

正面に窓口が6つ並んでいて、

その一番右の窓口には、《7》と書かれていた。

無いのは《4》だ。


足を止めた私は、顔を左へ向ける。

どの窓口の前にも、

観光客が、3、4人ほど立っていたが、

《1》の窓口の前には、ひとりもいなかった。

()いていた。


そちらへ足を向けようとしたが、

しかし、すぐに気付いた。

窓口の上を見ると、《団体受付》と書いてあった。

仕方ないので、

列がちょうどひとり減った、《3》の窓口に並ぶ。



「あ、そうだ。

 今のうちに出しておいてよ、お金」

少ししてから、

そう口にしながら、私は顔を隣の少年に向けた。

少年は、すぐに私を見上げた。

キョトンとした表情。


再び私が口を開こうとすると、

少年は、

急に、ハッとした顔に変わった。

ズボンのポケットに目を向け、手を突っ込んで、

がま口の財布を抜き出した。

パカッと開く。

「・・・はい、これ」

少年は、

小さく折り畳まれた1000円札を私の前に差し出し、そう言った。


「ん?」


「開くの手伝って」


「あ、あぁ。

 うん、分かった」

私は、カバンを下に置き、

少年の、畳まれたお札を受け取った。

少しずつ開いていく。

かなり、しっかりと折られている。


「・・・終わった?」


「待って、あとちょっと。

 ・・・終わったよ。はい」


「持ってて。

 僕、あとで受け取るから。

 じゃ、次ね。

 ・・・はい、これ」


「はいよ」



前に並んでいた人が、

お礼を言って、売り場の出口に歩いていった。

私たちの番になった。


「お待たせしました。何名様ですか?」

窓口の向こうの、男の係員が、

パソコンの画面を見たままで、そう尋ねた。

私は答えた。

「ふたりです。

 大人ひとり、子供ひとりです」


係員は、

キーボードをカタカタっと素早く叩きながら、更に尋ねた。

「どちらまで?」


「クロバダムまで」


「往復ですか?」


私は、隣の少年を見た。

少年は、

自分の顎を、窓口のカウンターの上に乗せていた。

売り場の奥を、熱心に眺めている。


私は、

係員の方へ向き直し、口を開いた。

「往復は子供だけです。

 大人は片道でお願いします」


「え?」

係員は、こちらを振り向いた。

怪訝(けげん)そうな表情を浮かべ、更に訊いた。

「往復は子供だけ・・・ですか?」


私は頷いた。

「はい」


「クロバダム往復の子供が1枚、

 それから、

 クロバダム片道の大人が1枚・・・で、合ってますか?」


「はい、合ってます。

 あと、支払いは別々でお願いします」


係員は、そのまま私の顔を見ていたが、

しかし、

少ししてから、パソコンの画面の方へ向き直した。

「分かりました。少々お待ち下さい」

と言って、キーボードをカタカタと叩く。


私は、再び少年を見た。

少年は、まだ顎をカウンターの上に乗せていた。

係員の作業の様子を、じっと見ている。


「・・・では、大人の方の料金は6750円になります」

そう言った係員は、

お金を置くための青いトレイを持って、こちらを振り向いた。

そして、

トレイを窓口のこちら側に差し出し、カウンターの上に置いた。

私は、

財布からお札を抜き出しつつ、念のために尋ねた。

「チケットって、クロバダムの方でも買えますよね?」


「えぇ。はい、買えますよ。

 でも、ここで往復を買った方が安く済みますよ」


「いえ、いいんです。

 ありがとうございます」

私は、

そう口にして、握っていた硬貨をトレイに置いた。

係員へ目を向け、

これで・・・と、手で合図を送る。


係員は、

やや不満そうな表情をして、トレイを自分の方に引き寄せた。

少ししてから、

別のトレイに、桜色のチケットとお釣りを乗せ、

私の前の、カウンターの上に置いた。



「・・・ほら、順番が来たぞ」

トレイの中に最後に残ったチケットを拾い上げた私は、

それをスーツの胸のポケットにしまいつつ、顔を隣の少年へ向けた。

少年は、

ほんの少し背伸びをすると、後ろにちょっと下がって、

顎をカウンターから下ろした。

すぐに下を向き、

左手の1000円札の(たば)を、自分の顔の前へ持っていくと、

それを、

もう片方の手を使って、きれいに扇形に開いていく。

不意に、少年がこちらを見上げた。

「5400円だよね?」


「うん」


返事を聞いた少年は、視線を手元へ戻した。

「いち、にぃ、さん・・・」

数え上げるごとに、

その小さな頭が、上下に僅かに揺れ動く。


私は、カウンターの方を振り返った。

カラのトレイを掴んで、少年の方へ向き直すと、

少しだけ屈む。

トレイを、少年の胸元へ持っていく。

「ほら、お金はここ」


「うん・・・」

少年は、小さく返事をした。

細かい折り目がたくさん付いた、シワシワのお札の束を、

少ししてから、

トレイの上に、そうっと乗せる。

置かれたお札の束は、ふんわりと厚く盛り上がっていた。

少年は、

それを、じぃっと見ている。


私は、

口を開きかけたが、すぐに閉じた。

ひと呼吸置いてから、

屈めていた腰を、ゆっくりと伸ばしていく。

少年は、

自分の胸元から離れていくトレイを、

顔を上げつつ、その目でずっと追っていく。


私は、窓口の方へ向き直した。

持っていたトレイをカウンターに置き、

「お願いします」

と言うと、隣からも、

「お願いします」

と、高い声が続いた。



少しすると、

お釣りと桜色のチケットが乗ったトレイが、こちらへ返された。

そのトレイの端っこを掴んだ私は、少年の方へ向き直した。

また、少しだけ前屈みになる。

「ほら、お釣りとチケット」


少年は、

差し出されたトレイをまじまじと見つめた。


「・・・後ろの人が待ってるから」

私が()かすと、少年はトレイに手を伸ばした。

硬貨を2枚、指で拾い上げ、

手の中に握り込むと、

ズボンのポケットから、がま口の財布を抜き出す。

パカッと開け、

その中へ、2枚の硬貨を押し込んだあと、

がま口をパチンと閉めた少年は、それをズボンのポケットに戻して、

トレイの中を、

また、上から覗き込んだ。

チケットに手を伸ばして、拾い上げる。

顔の前で両手で持って、じぃっと眺めている。


前屈みの私は、その腰を伸ばした。

係員の方を向き、

持っていたトレイをカウンターに戻す。

「ありがとうございました」


お礼を言うと、

係員は、動かしていた手を止めた。

顔をこちらに向け、微笑んだ。

「ごゆっくりと、お楽しみ下さい」

そう言って、

すぐに、パソコン画面の方へと向き直し、

キーボードを、

再び、カタカタと叩き始めた。


私は、

足元のカバンを拾い上げ、少年の方に顔を向ける。

少年は、まだチケットを眺めていた。

今は、

裏側の、何も印刷されていない方を見ている。


「ほら、行くぞ」

そう促すと、

少年は、

手元のチケットを見たまま、「うん」と返事をして、

後ろにクルリと向き直した。

すぐに歩き出す。


「前を見て歩かないと危ないよ」

私が注意すると、少年は足を止めた。

チケットの裏側をそのまま少し眺めて、

手を返し、

たくさんの字とバーコードが印刷されている方の、表の面もちょっと眺めたあとで、

それを、ズボンのポケットにしまった。

顔を上げ、出口に向かって歩き出す。


「私が持っていようか?」

後ろをついていきながら、訊いてみた。

少年は、前を向いたまま答えた。

「ううん。へいき」


「分かった。

 でも、()くしちゃダメだよ」


「うん」



チケット売り場を出ると、

少年は歩く速度を少し緩め、こちらを振り返った。

その少年の横に並んだ私は、

タチヤマ駅構内の、上り階段の方を指差し、

そのまま歩いていく。

少年も、

足を動かしながら、すぐにそちらを見た。

ふたり並んで歩いていく。


駅の階段を、一緒に上っているときだった。

少年が、急に立ち止まった。

私は、そのまま何段か上っていき、

片足を次の段に乗せたところで、動きを止めた。

体を捻り、後ろを振り返る。


少年は、

桜色のチケットを両手で持っていて、

階段の途中で、それをじっと眺めていた。

少しの間、何も言わずに待っていると、

少年は、持っていたチケットをズボンのポケットに戻した。

私のところまで、急いで駆け上がってくる。


「じゃあ、行こうか」

声をかけると、

少年は、すぐに私を見上げて、

笑顔で言った。

「うん!」

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