149.「土曜日」
「土曜日」
「その日は、
確か、朝からずっと雨が降っていて、
それで、
友達の家で、みんなでボードゲームをしたり、
ブロックで何かを作ったり、
お絵描きのしりとりをしたり、
そんな感じで、遊んでいたと思う」
「5時近くになって、
みんな、家に帰ることになった」
「いつもの十字路で友達とバイバイして、
ひとり、商店街の道を歩いてるとき、
ファストフード店の前を通りかかった」
「僕は、
歩きながら、店内の奥を覗いてみた。
そして、すぐに立ち止まり、
傘を差したまま、財布の中身を確かめると、
店の自動ドアの方へと歩いていった」
「奥の席には、その日もオマキがいて、
ひとりでゲームをしていた」
「僕は、
ポテトを乗せたトレイを持って、そこに行き、
座っていい?・・・と、声をかけた」
「オマキは、
ゲームをしたまま、黙って頷いた」
「あの・・・、
ポテト、食べる?」
「いい」
「その日は、
店内の音楽が、よく聞こえた。
僕の知らない、ゆったりとした曲ばかりだった。
僕は、
ポテトを1本ずつ、ちびちび齧って食べていて、
テーブルの向こう側のオマキは、
下を向いて、ゲーム機を握った両手の指をせっせと動かしていた。
客は、
僕たちの他には、2、3人くらいで、
いつもより、更にガラガラだった。
レジの向こう側からときどき聞こえてくる店員さんの声以外、
店内の話し声は、ひとつも無かった」
「僕が、
持っていたポテトを食べ終わって、次の1本を取ろうとしたときだった」
「会ったの?」
「オマキが、
ゲーム機の画面から目を離さずに、そう訊いた。
僕は、
少ししてから、伸ばしかけていた手を静かに引っ込め、
下を向いて、
首をゆっくりと横に振った」
「ううん、
会ってない・・・」
「ふーん、良かったじゃん」
「でも・・・」
「でも?。
・・・何かあったわけ?」
「・・・ごめん。
やっぱ、何でも無い」
「ふーん」
「あの、明日も夕方くらいに、
僕、ここに来ていい?」
「別に良いけど・・・。
そういや、
お前、ゲーム機持ってないの?」
「うん、持ってない・・・」
「俺の古いヤツ、貸してやろうか?。
たまにボタン利かなくて、ちょっとムカつくけど」
「ううん、いい。
ウチ、ゲーム禁止だから・・・」
「それからは、
僕は、休みの日の夕方になると、
オマキのいるファストフードの店に行くようになった」
「テーブルの向こう側で、黙々とゲームをしているオマキの前で、
僕は、
絵を描いたり、折り紙をしたりして過ごし、
6時ちょっと前になると、ふたり一緒に店を出て、
近くのコンビニでオマキと別れて、
そうして、
そのまま、家に帰っていた」
「3月に入って、少しだけ暖かくなってくると、
ファストフードではなくて、
ショッピングセンターのフードコートで会うようになった。
大判焼きが、1個80円で、
こっちの方が、お金がかからなかった」
「オマキとふたりで時間を潰しているときは、
会話は、ほとんど無かった。
だいたいの日が、
僕がオマキのところに行ったときに言う『オッス』と、
6時近くになるとオマキが言う『そろそろ出ようぜ』だけだった」
「確か、
3月の1週間めか、2週間めくらいだったと思う。
その日の部活が終わって、
多目的教室で、服を着替えているときだった」
「おい」
「突然、先輩に声をかけられた。
すぐに振り向き、それから顔を上げると、
その先輩が、続けて言った」
「お前、
最近、オマキと仲が良いらしいな」
「え?。
あ、いや、別に仲が良いってわけじゃ無いッスけど・・・」
「土曜とか日曜の夕方、
よく一緒につるんでる・・・って、色んなヤツが言ってるけど」
「えーっと・・・。
あ、はい、よく一緒にいるッス」
「・・・チクったの、お前?」
「その瞬間、
それまで話をしていた周りの人たちが、全員黙った。
教室内は、シーンとした」
「い、いや、
僕じゃないッス。ほんとッス」
「僕は、
ちょっと間を置いてから、慌てて答えた。
先輩は、
僕の顔を、そのまま上からじぃっと見下ろしていた。
でも、
少しすると、クルリと背を向けて、
何も言わずに、他の先輩たちのところへと戻っていった」
「周りの人たちも、すぐにお喋りを再開させた。
教室内は、
また、いつものようにガヤガヤと騒がしくなった」
「僕は、
そこに突っ立ったまま、動けなかった。
先輩たちが楽しそうに何かを話しながら着替えているのを、
離れたところから、
ただ、ぼーっと眺めていた」
「紙が入ってたの、俺たちのクラスじゃなくて、
隣のクラスの先生の机じゃん。
だったら、
入れるとしたら、フツーそっちのクラスのヤツじゃん。
先輩たち、
それ、知らないのかなぁ。
お前のわけねーじゃん。なぁ?」
「着替え途中だった友達が、僕の方に顔を寄せて、
ヒソヒソ声で、そう言った」
「僕は、出来るだけ普通のフリをして、
うん、そうだね・・・と返した」
「その日の、学校からの帰り道、
僕は、不安で不安で仕方なかった。
隣で喋ってくれてる友達の話は、まったく頭に入ってこなかった」




