148.「次の日」
「次の日」
「2月10日」
「月曜日」
「いつも通り学校に行って、
帰ってきて、
その夜」
「3人で、いただきますをして、
晩ご飯を食べ始めると、
しばらくしてから、
じいちゃんが僕に訊いた」
「明日、どうする?。
父さん、九州から来るけど」
「僕は顔を俯けたまま、黙ってご飯を食べていた。
ばあちゃんも、何も言わなかった。
食器に当たる箸の音が、よく聞こえた」
「今年は会ってやったらどうだ?」
「じいちゃんが、
再び、そう訊いた。
僕は、何も答えなかった。
下を向いたまま、静かにご飯を食べ続けていた。
少ししてから、
じいちゃんが、また言った」
「なぁ・・・、5分だけでも会ってみないか?。
お前は何も話さなくて良いから。
ただ黙って、父さんの前で座ってれば良いから。
大丈夫。
じいちゃんやばあちゃん、九州のおじさんたちも一緒だから」
「僕は、食べるのをやめた。
そして、
首を横に振った」
「僕、会わない」
「じいちゃんはため息をついて、
それから、不満そうな声で、
どうして?・・・と訊いた。
僕は答えた」
「会いたくないから」
「じゃあ、顔を見せてやるだけで良いから。
一瞬だけで良いから」
「イヤ。
僕、会わない。
会いたくない」
「じいちゃんは、
また、ため息をついた」
「父さんはな、
お前に会うために、
10年以上もの間、頑張ってきたんだ。
会って、お前に謝りたい・・・って、
これまで、ずうっと真面目にコツコツ頑張ってきたんだ。
じいちゃんだって、
最初の5年くらいは、父さんをお前に会わせる気は無かった。
生まれて間もない自分の赤ん坊に手をかけようとしたヤツなんか許せなかったし、
親になる資格も無いと思ってた。
お前の母さんの命日だって、
父さんが来ることは、最初のうちは大反対で、
来たときも、じいちゃんは会わなかった。
でも、
代わりに会ってたばあちゃんや九州のおじさんたちから、父さんの話を聞いて、
それで、
お前が2年生のとき、じいちゃんも実際に会ってみて、
色々と話をしてみて、
お前に手を出したことを後悔していることが伝わってきて、
そのお前に会うために、謝るために、
一生懸命に頑張っていることが伝わってきて、
もしかしたら大丈夫かもしれない・・・って、ちょっとずつ気が変わり始めて、
そうして今じゃ、
2、3ヶ月に1度ぐらい互いに連絡し合う仲になった。
じいちゃんが、そうだったんだ。
大丈夫。
最初はちょっと怖いかもしれないけど、会えばきっとすぐに分かる、
父さんが良い人だ、ってことに。
どうだ?、
1回、会ってみないか?」
「僕は、じぃっと考えた。
でも、
少ししてから、静かに首を横に振った」
「じいちゃんのため息が聞こえた」
「あのな・・・、
これはお前に黙っていようと思っていたことだけど、
じいちゃんは、来年――」
「おじいちゃん、
その話はしないって、さっき・・・」
「ばあちゃんが、じいちゃんの話を途中で遮った。
じいちゃんは、
ばあちゃんの顔を見ながら、口を開いた」
「いいんだ。
これは事実だし、
この子にも、いずれ話さなくちゃならんことだ」
「そう言ってから、
再び僕の方を見て、言葉を続けた」
「いいか、じいちゃんは、
来年、定年を迎える。
今の仕事を辞めなきゃならん。
当然、給料は無くなるし、
新しい仕事を見付けたとしても、収入はグッと減る。
九州のおじさんだって、もう定年を迎えてしまっているから、
使えるお金は、だいぶ少なくなる。
でも、お前は、
この先、
中学、高校、大学と進学していくと、
お金が余計に必要になってくる。
今まで通りの暮らしを、これからも続けるわけにはいかない。
家族旅行の数だって減らさなければならないし、
もしかしたら、
食費だって、ある程度は切り詰めなければならないかもしれない。
少なくとも、
このままだと、生活はちょっと苦しくなるし、
お前にも色々と我慢してもらうことになる。
じいちゃんたち自身は、
別に、それで生活が苦しくなろうとも構わないが、
でも、正直言って、
お前には、そんな思いをさせたくない。
もっと伸び伸びと育って欲しい。
父さんのところだったら、お金に余裕があるし、
多分、このままウチにいるよりかは、
ある程度、自由な生活が送れる。
慣れるまでは、
お互いに、きっと大変だろうと思う。
けど、父さんも、
お前と暮らすことになったら、なるべく早く家に帰れるようにすると言っている。
明日、
父さんと、ちょっとだけ会ってみないか?。
大丈夫、
気の優しい、良い人だから
お前も、すぐに分かる」
「僕は、
箸とお茶碗を持った手をちゃぶ台に置いたまま、
顔を俯けて、ずっと黙っていた。
どうしたら良いか分からなかった。
何がなんだか分からなかった。
ただ、胸が締め付けられて、
苦しくて、
涙が出そうなくらい、ツラかった」
「しばらくすると、
じいちゃんのため息が聞こえた」
「分かった。
お前の父さんには、今年もダメだと伝えておく」
「そう言ったじいちゃんは、
ご飯の残りを食べ、黙って席を立ち、
そのまま、部屋を出ていった」
「僕も、
少ししてから、ご飯を再び食べ始めて、
小さな声で、
ごちそうさま・・・と言って、自分の部屋に戻った」
「その次の日の午後、
母さんの墓参りを済ませた僕は、カシナの叔父さんの車に乗り込んだ。
途中で晩ご飯を食べ、そうして叔父さんの家に着き、
叔父さんの子供たちの寝る時間まで、一緒にトランプをして遊んだあと、
持ってきたプラモデルの箱を開け、それを組み立てようとした。
でも、やる気が全然起きなくて、
結局、
そのまま、箱を閉じてしまった。
そして、
プラモデルは、叔父さんの子供たちにあげることにして、
僕は部屋の電気を消し、お布団の中に潜り込んだ」
「翌日のお昼過ぎ、
僕を迎えに、ばあちゃんが来た。
ばあちゃんと僕は、
カシナの叔母さんに挨拶をして、
それから、
電車や新幹線に乗って、イナミ町に帰ってきた。
その途中、
ばあちゃんに、カシナでのことを色々と訊かれて、
僕も、それに答えた。
父さんのことは、ばあちゃんは何も話さなかった。
僕も、何も訊かなかった」




