147.「また、会話が無くなった」
「また、会話が無くなった」
「オマキは、
相変わらず、テーブルの向かい側でゲームを続けていて、
僕は、下を向いたまま、
ただ、じぃっとしていた」
「重苦しい時間が続いた」
「お金、どうして無かったの?」
「僕は、
少ししてから、そう訊いた。
ちょっと遅れて、
オマキの声が返ってきた」
「どうして・・・って、どういう意味?」
「だって、
ちょっと前にお正月があったし、
その、お年玉のお金は、どうし――」
「貰えなかった」
「オマキは、
僕が話し終わらないうちに、そう言った」
「え?、どうして?」
「12月の冬休み中、親の金を盗ったのがバレて、
怒られて、
それで無くなった。
小遣いも無くなった」
「そうなんだ・・・」
「・・・誰かに言ったの?」
「え?、何を?」
「僕は、すぐにそう訊き返したけど、
でも、オマキは答えてくれなかった。
何も言わずに、
ただ、ゲームを続けていた。
それで、
僕は、ちょっとしてから気付いた」
「ううん、
僕、誰にも言ってない・・・」
「そう答えると、
オマキは、ゲーム機に目を向けたまま、
やがて、
ゆっくり長く、鼻から息を漏らした」
「あのさ・・・、
オマキに、ちょっとだけ訊いていい?」
「少ししてから、
僕は、そう言った。
声が、すぐに返ってきた」
「何?」
「家に父さんがいるから帰りたくない・・・って、さっき言ってたけどさ、
それって、どういう意味?」
「オマキは、
ゲームをしながら、答えた」
「俺、
アイツのこと、あんまり好きじゃないんだ。
アイツも、
俺のこと、好きじゃないみたいだし・・・」
「僕は驚いた。
訊いてみたいことが、すぐに頭に浮かんだ」
「でも、訊けなかった。
声に出せなかった。
そうやって、
僕が、
少しの間、まごついていると、
テーブルの向こう側から、声が聞こえてきた」
「俺んち、
去年の8月に、両親が離婚したんだ。
俺が3年生になったときくらいから、急に仲が悪くなってさ、
家の中で、しょっちゅう大声で怒鳴り合ってた。
兄ちゃんも俺も、
そういうの、聞きたくなかったから、
2階の部屋で、
ふたりして、ひたすら黙々とゲームしてたんだ。
ときどき、ケンカの最中に俺たちが呼ばれて、
お互いの文句を延々と聞かされて、
で、
お前たちはどっちの味方するんだ?、って迫られてさ・・・。
そんなの、どうだっていいよ・・・。
俺たちを巻き込むなよ・・・。
兄ちゃんも俺も、
いつも、そう思ってた。
一度、物を投げ合ってケンカしたときなんかさ、
そのケンカが終わったあと、
1階に下りていって、トイレに行ったら、
帰りに、母さんに捕まっちゃってさ・・・。
あんた、これ見て何とも思わないの?。
片付けを手伝おう、って思わないわけ?・・・って言われて、
それで、
思わず、ため息ついたら、
その反抗的な態度は何?、文句あるの?・・・って、突然キレられて、
怒られて、
もう、ウンザリだった。
そしたら、去年の6月頃、
兄ちゃんも俺も、母さんに呼び出されてさ、
離婚する、って言われて、
やっぱりな・・・って思った。
で、
母さんと俺が家を出ていくことになって、
父さんと兄ちゃんが、そのままそこに残ることになった。
本当は、俺も兄ちゃんも離れたくなかったし、
一緒がいい・・・って言ったんだけど、
もう決まったことだからダメ・・・って、すぐに返されてさ・・・。
その理由を、
父さんも母さんも、色々とゴチャゴチャ言ってたけど、
要するに、
お互い、相手に負けたくなかっただけだと思う。
兄ちゃんも俺も、
それから、2階の部屋に戻って、
またゲームを始めたんだけど、
その日は、
お互い、ひと言も喋らないで、
夜中の3時過ぎまで、ずうっとゲームしてた。
それで、
7月の終わり頃に、こっちに引っ越してきて、
その、引っ越すちょっと前に、
母さんから紹介された、今の父さんと一緒に住むようになったんだ。
今の父さんは、
最初の1ヶ月くらいは、俺と仲良くしようとしてたみたいで、
よく話しかけられたし、
デパートに連れて行ってもらったし、
そこで、ゲームとか買ってくれた。
でも、
段々と面倒になってきたみたいでさ・・・、
そういうのが、いつの間にか無くなってた。
仕事から帰ってくると、
ゲームしてる俺をチラッと見て、ため息ついて、
そのまま自分の部屋に行って、着替えて、
それから台所に行って、
冷蔵庫から出した缶ビールを、居間でテレビ見ながら飲んで、
帰ってくる母さんを待って・・・、
そんな生活になってた。
俺、アイツがいる家にはいたくなくてさ、
それで、休みの日は、
いつも朝早くから外に出掛けるようにしてるし、
帰るのも、出来るだけ遅くにしてるんだ。
何か、母さんのお腹の中に、
今、俺の妹がいるみたいだし・・・。
もう、わけ分かんねぇよ。
どうなっちゃうんだろな、俺」
「オマキの話は、そこで終わった。
会話が、また無くなった。
しばらくしてから、オマキが言った」
「帰った方が良いんじゃない?。
何か、具合悪そうだけど・・・」
「僕は、
少ししてから顔を上げ、オマキに尋ねた」
「ちょっと、聞いて欲しいことがあるんだけど・・・、
いい?」
「オマキは、ゲームを続けながら言った」
「別に良いけどさ。
何の話?」
「ウチの、両親の話」
「そして、
僕は、自分の家族のことをオマキに話した。
じいちゃんとばあちゃんのこと。
父さんのこと。
母さんのこと。
全部話した。
それで、
最後に訊いてみたんだ」
「僕の父さんのこと、
オマキは、どう思う?」
「どう思う・・・って、
会ったことないから分からんけどさ、
何か、怖そうな人だな・・・って」
「明後日の、母さんの命日、
僕の父さんが、九州から来るんだ・・・」
「・・・で?」
「明日の夜、
多分、じいちゃんに訊かれる・・・。
父さんに会うか、会わないか」
「・・・お前は、どう思ってるの?」
「正直、
あんまり会いたくない・・・」
「じゃ、
会わなきゃ良いんじゃね?」
「でも、何か・・・、
父さんに悪いし・・・」
「悪いのは、
赤ん坊のお前に、そんなことしたアイツじゃん。
自業自得じゃん。
お前が気にする必要ないって」
「そうかな・・・」
「そうだよ。
それに、会ったら、
もしかしたら、
将来、一緒に住むことになるかもしれないじゃん。
俺だったら、
そんなの、絶対やだ。
またキレられたら、
今度こそ、本当に危ないじゃん。
一巻の終わりじゃん」
「オマキの、その言葉を聞いて、
僕は下を向いて、
また、考え込んだ。
しばらくして、オマキが言った」
「店、そろそろ出ようぜ。
いつの間にか、6時をとっくに過ぎてた。
また、警察の人に、
早く帰れ・・・って怒られちゃう」
「オマキと僕は席を立って、
荷物をそれぞれ持って、店を一緒に出た」
「コンビニの前に差し掛かった」
「じゃ、
俺、今度はここで時間を潰していくから」
「うん、分かった。
じゃあね」
「お前さ、
父さんのこともそうだけど、色々と考え過ぎだと思う。
そんなに気にする必要ないって」
「うん・・・」
「僕が頷くと、
オマキは、
じゃあな・・・って言って、
コンビニの自動ドアを開け、中に入っていった。
僕は、
少ししてから、歩き始めた」
「気が重かった」
「家に着いた」
「玄関の戸を開け、中に入って、
靴を脱いでいると、
お勝手から、ばあちゃんが出てきた」
「あら、今日は随分と遅かったじゃない。
何買ってきたの?」
「プラモデル」
「僕は、
脱いだ靴を揃えながら、そう答えた。
ちょっと間があって、
そのあと、ばあちゃんの声は聞こえてきた」
「晩ご飯、
ちょうど今、茶の間に用意しようと思っていたところなの。
お前も、手を洗ったら運ぶの手伝ってちょうだい。
それと、
誕生ケーキも、ちゃんと買ってあるからね。
晩ご飯のあと、お祝いしましょうね」




