143.「4時半になった・・・」
「4時半になった。
教室に残っているのは、
僕を入れて、3人になっていた」
「みんな、もうとっくに宿題を終わらせていた。
窓際の席の人は、
段々と薄暗くなっていく外の景色を、ぼーっと眺めていたし、
別の人は、
プリントの裏に、何かの絵を描いていた」
「僕は、
机にほっぺたをくっつけ、顔を横にしたまま突っ伏してて、
ときどき上体を起こして、壁掛け時計に目を向け、
また、机に突っ伏していた」
「誰も喋っていなかった」
「静かだった」
「教室の扉が、ガラガラッと開いた」
「僕は体を起こし、そっちを見た」
「次、お前の番だから」
「戻ってきた人に、そう言われて、
僕は席を立った」
「開いたままの扉から外に出たあと、
教室の方を振り返って、扉を閉めようとしたけど、
すぐにやめた。
そのまま廊下を歩いて、
ひとり、視聴覚室へと向かった」
「不安だったし、すごく緊張していた」
「視聴覚室の前に着いた」
「入り口の扉をじぃっと見て、
少ししてから、手をゆっくりと持ち上げて、
コンコン・・・って、ノックした」
「どうぞ」
「中から、先生の声がすぐに返ってきた」
「僕は扉を開けて、
失礼します・・・と言って、中に入った」
「先生は、入り口に近いところの長机にいて、
まだノートに何かを書き込んでいた」
「歩きながらチラッと見ると、
ノートは細かい字でビッシリだった」
「そこに座って」
「顔を上げずに、そう言った先生は、
ペンの先で隣の席を指した」
「僕は、もう一度、
失礼します・・・と言って、イスに座った」
「オマキ君が、ずっとイジメられていたことは知ってるよね?」
「先生は、そう言ってからノートを捲って、
体を、ゆっくりと僕の方に向けた」
「はい、・・・知ってます」
「あなたは、いつ頃気付いたの?」
「・・・11月に入って、すぐのときくらいです」
「すぐ・・・って、いつ?」
「部活の遠征試合のときです。
確か、日曜日だったと思います」
「僕が、そう答えると、
先生は、ノートをパラパラと捲って、
やがて手を止め、
そのページを見ながら言った」
「午前中のことかしら?。
それとも、午後?」
「えっと・・・、
お昼休みだったから、午後だと思います」
「5、6年生がオマキ君に、
お笑い芸人のネタを、
校庭の真ん中で、ひとりでやらそうとした・・・ってヤツかしら?」
「えっと・・・、
細かいことは覚えてないですけど、
多分、そうです」
「先生は、
それを聞いて、ため息をつき、
僕に言った」
「でも、他の人たちの話によると、
オマキ君は、
もっと前から、色々とイジメられていたみたいだけど、
あなたは、それには気付かなかったの?」
「えっと・・・、
多分、気付かなかったと思います・・・」
「オマキ君は、
だいたい10月頃から、
部活や休み時間のときに、しょっちゅう芸をさせられていた・・・って聞いたけど、
あなたは、それは知らなかったの?。
見たこと無かった?」
「見たことあります・・・」
「オマキ君は、
それを好きでやってるように見えた?」
「えっと、その・・・、
見えませんでした・・・」
「じゃあ、
オマキ君は、どんな気持ちでやっていたと思う?」
「えと、その・・・、
嫌な気持ち、です・・・。
多分・・・」
「多分?。
それって違うかもしれない、ってこと?」
「いや、
えと、その・・・、
多分じゃないです・・・。
すみません・・・」
「そうよね?、
オマキ君は嫌な気持ちで、仕方なくやっていたのよね?。
みんなに、無理やりやらされていたのよね?」
「はい・・・」
「だったら、
どうして言ってあげなかったの?、嫌がってるって。
あなたは可哀想と思わなかったの?」
「可哀想と・・・、思いました・・・」
「じゃあ、何で助けてあげなかったの?。
見ていて何とも思わなかった?。
あなたは平気だったの?」
「すみません・・・」
「先生、前に言ったよね、
イジメは最低な人がやることだし、
それを見ているだけで助けようとしない人も、
同じくらい最低な人だって。
それなのに、こんなことになっちゃって・・・。
先生の気持ち、分かる?」
「すみません・・・」
「先生は、
情けない・・・って、呟くように言って、
そのあと、大きくため息をついた。
そして、
机の上にあるノートの方を向いて、そこに何かを書いた」
「僕は、
下を向いたまま、
小さな声で、もう一度、
すみません・・・って謝った」
「それからは、
オマキが受けていたイジメの内容について、色々と訊かれた。
僕は、
実際に自分が見たことや、噂で聞いたことなどを話した」
「部活での、スパイク拭きなどの雑用を、
ひとりでずっとやらされていたこと。
廊下を歩いているときに、後ろから蹴りを入れられたり、
頭を叩かれたりしていたこと。
電話で、女子たちに無理やり告白させられていたこと」
「先生は、
ペンを動かしながら、それらの話をひとつずつ聞いた」
「ときどき、
その話は誰に聞いたの・・・とか、それは何時頃のこと・・・とか、
そういうことを訊かれたけど、
先生は、
それらのことを、もう既に知っているみたいだった。
どちらかと言うと、確認に近かった」
「じゃあ、そろそろ終わりにするけど、
最後に、先生に何か言っておきたいことはある?」
「しばらくして、そう言われた」
「僕は、自分の膝を見つめたまま、
じぃっと考えていた。
どうしよう・・・って、悩んでいた」
「分かったわ。
じゃあ、
教室に戻って、次の人を呼んできてちょうだい」
「少ししてから、
先生が、そう言った」
「僕は、
イスに座ったまま、まだちょっとだけ悩んでいたけど、
やがて、ゆっくりと立ち上がると、
出口の方へ歩いていった」
「扉を開け、外に出たあと、
先生の方を向いて、
失礼しました・・・って、小さく言って、
視聴覚室の扉を、ゆっくりと閉めた」
「その後、
教室に戻った僕は、次の人に声をかけてから、
ランドセルを背負って、荷物を持って、
ひとり、学校を出た」
「外は、どんよりとした曇り空で薄暗くて、
冷たい風が吹いていた」
「雪が、また降り始めていた」
「次の日の、朝の会。
オマキがイジメられていたことを、
先生は、みんなの前で言った」
「午前中の授業が無くなって、
その時間は、
イジメについて、みんなで考える会になった」
「先生の長い話があって、
怒られて、
その後、原稿用紙2枚が全員に配られて、
反省文を書いた」
「授業が終わったあとの部活は、
その日も体育館で行われた」
「でも、そこに、
6年生の半分くらいと、5年生の一部の人はいなかった」
「オマキを、よくイジメていた人たちだった」
「4時半に部活が終わって、
多目的教室で着替えて、校舎を出て、
友達と歩きながら、視聴覚室を見上げると、
電気が点いていた」
「まだ、怒られているようだった」
「オマキへのイジメは、
そうして、
その日を境にして、ピタッと止まった」
「4時半になった。
教室に残っているのは、
僕を入れて、3人になっていた」
「みんな、もうとっくに宿題を終わらせていた。
窓際の席の人は、
段々と薄暗くなっていく外の景色を、ぼーっと眺めていたし、
別の人は、
プリントの裏に、何かの絵を描いていた」
「僕は、
机にほっぺたをくっつけ、顔を横にしたまま突っ伏してて、
ときどき上体を起こして、壁掛け時計に目を向け、
また、机に突っ伏していた」
「誰も喋っていなかった」
「静かだった」
「教室の扉が、ガラガラッと開いた」
「僕は体を起こし、そっちを見た」
「次、お前の番だから」
「戻ってきた人に、そう言われて、
僕は席を立った」
「開いたままの扉から外に出たあと、
教室の方を振り返って、扉を閉めようとしたけど、
すぐにやめた。
そのまま廊下を歩いて、
ひとり、視聴覚室へと向かった」
「不安だったし、すごく緊張していた」
「視聴覚室の前に着いた」
「入り口の扉をじぃっと見て、
少ししてから、手をゆっくりと持ち上げて、
コンコン・・・って、ノックした」
「どうぞ」
「中から、先生の声がすぐに返ってきた」
「僕は扉を開けて、
失礼します・・・と言って、中に入った」
「先生は、入り口に近いところの長机にいて、
まだノートに何かを書き込んでいた」
「歩きながらチラッと見ると、
ノートは細かい字でビッシリだった」
「そこに座って」
「顔を上げずに、そう言った先生は、
ペンの先で隣の席を指した」
「僕は、もう一度、
失礼します・・・と言って、イスに座った」
「オマキ君が、ずっとイジメられていたことは知ってるよね?」
「先生は、そう言ってからノートを捲って、
体を、ゆっくりと僕の方に向けた」
「はい、・・・知ってます」
「あなたは、いつ頃気付いたの?」
「・・・11月に入って、すぐのときくらいです」
「すぐ・・・って、いつ?」
「部活の遠征試合のときです。
確か、日曜日だったと思います」
「僕が、そう答えると、
先生は、ノートをパラパラと捲って、
やがて手を止め、
そのページを見ながら言った」
「午前中のことかしら?。
それとも、午後?」
「えっと・・・、
お昼休みだったから、午後だと思います」
「5、6年生がオマキ君に、
お笑い芸人のネタを、
校庭の真ん中で、ひとりでやらそうとした・・・ってヤツかしら?」
「えっと・・・、
細かいことは覚えてないですけど、
多分、そうです」
「先生は、
それを聞いて、ため息をつき、
僕に言った」
「でも、他の人たちの話によると、
オマキ君は、
もっと前から、色々とイジメられていたみたいだけど、
あなたは、それには気付かなかったの?」
「えっと・・・、
多分、気付かなかったと思います・・・」
「オマキ君は、
だいたい10月頃から、
部活や休み時間のときに、しょっちゅう芸をさせられていた・・・って聞いたけど、
あなたは、それは知らなかったの?。
見たこと無かった?」
「見たことあります・・・」
「オマキ君は、
それを好きでやってるように見えた?」
「えっと、その・・・、
見えませんでした・・・」
「じゃあ、
オマキ君は、どんな気持ちでやっていたと思う?」
「えと、その・・・、
嫌な気持ち、です・・・。
多分・・・」
「多分?。
それって違うかもしれない、ってこと?」
「いや、
えと、その・・・、
多分じゃないです・・・。
すみません・・・」
「そうよね?、
オマキ君は嫌な気持ちで、仕方なくやっていたのよね?。
みんなに、無理やりやらされていたのよね?」
「はい・・・」
「だったら、
どうして言ってあげなかったの?、嫌がってるって。
あなたは可哀想と思わなかったの?」
「可哀想と・・・、思いました・・・」
「じゃあ、何で助けてあげなかったの?。
見ていて何とも思わなかった?。
あなたは平気だったの?」
「すみません・・・」
「先生、前に言ったよね、
イジメは最低な人がやることだし、
それを見ているだけで助けようとしない人も、
同じくらい最低な人だって。
それなのに、こんなことになっちゃって・・・。
先生の気持ち、分かる?」
「すみません・・・」
「先生は、
情けない・・・って、呟くように言って、
そのあと、大きくため息をついた。
そして、
机の上にあるノートの方を向いて、そこに何かを書いた」
「僕は、
下を向いたまま、
小さな声で、もう一度、
すみません・・・って謝った」
「それからは、
オマキが受けていたイジメの内容について、色々と訊かれた。
僕は、
実際に自分が見たことや、噂で聞いたことなどを話した」
「部活での、スパイク拭きなどの雑用を、
ひとりでずっとやらされていたこと。
廊下を歩いているときに、後ろから蹴りを入れられたり、
頭を叩かれたりしていたこと。
電話で、女子たちに無理やり告白させられていたこと」
「先生は、
ペンを動かしながら、それらの話をひとつずつ聞いた」
「ときどき、
その話は誰に聞いたの・・・とか、それは何時頃のこと・・・とか、
そういうことを訊かれたけど、
先生は、
それらのことを、もう既に知っているみたいだった。
どちらかと言うと、確認に近かった」
「じゃあ、そろそろ終わりにするけど、
最後に、先生に何か言っておきたいことはある?」
「しばらくして、そう言われた」
「僕は、自分の膝を見つめたまま、
じぃっと考えていた。
どうしよう・・・って、悩んでいた」
「分かったわ。
じゃあ、
教室に戻って、次の人を呼んできてちょうだい」
「少ししてから、
先生が、そう言った」
「僕は、
イスに座ったまま、まだちょっとだけ悩んでいたけど、
やがて、ゆっくりと立ち上がると、
出口の方へ歩いていった」
「扉を開け、外に出たあと、
先生の方を向いて、
失礼しました・・・って、小さく言って、
視聴覚室の扉を、ゆっくりと閉めた」
「その後、
教室に戻った僕は、次の人に声をかけてから、
ランドセルを背負って、荷物を持って、
ひとり、学校を出た」
「外は、どんよりとした曇り空で薄暗くて、
冷たい風が吹いていた」
「雪が、また降り始めていた」
「次の日の、朝の会。
オマキがイジメられていたことを、
先生は、みんなの前で言った」
「午前中の授業が無くなって、
その時間は、
イジメについて、みんなで考える会になった」
「先生の長い話があって、
怒られて、
その後、原稿用紙2枚が全員に配られて、
反省文を書いた」
「授業が終わったあとの部活は、
その日も体育館で行われた」
「でも、そこに、
6年生の半分くらいと、5年生の一部の人はいなかった」
「オマキを、よくイジメていた人たちだった」
「4時半に部活が終わって、
多目的教室で着替えて、校舎を出て、
友達と歩きながら、視聴覚室を見上げると、
電気が点いていた」
「まだ、怒られているようだった」
「オマキへのイジメは、
そうして、
その日を境にして、ピタッと止まった」
念の為に書いておきますが、
イジメの話は、小説用に私が勝手に考えたものです。
フィクションです。




