139.「年が明けた」
「年が明けた」
「冬休みが終わって、また学校が始まって、
2週間くらい経ったある日、
晩ご飯を食べに、
じいちゃんの車に乗って、家族3人で出掛けることになった」
「隣町にある、いつもの和食屋さんでお鍋を食べて、
その帰り、スーパーに寄った」
「じいちゃんが車を駐車場に駐めたあと、
僕は車を降りて、じいちゃんたちに言った」
「僕、いつもの本屋で待ってるから」
「ばあちゃんが言った」
「暗くて下がよく見えないから、
出来るだけゆっくり歩いて、気を付けて行くのよ」
「駐車場を出て、角を曲がった。
大通りの歩道は、誰もいなかった。
車が通るとき以外、ひっそりとしていた」
「その日の夜は、雪が降っていた。
でも足元には、
雪は、
まだ、そんなには積もっていなくて、
僕は、
ガリガリになってる場所だけ、ゆっくり慎重に歩いて、
あとは軽くダッシュして、本屋に向かった」
「本屋の前まで来た」
「でも、
本屋は、大通りを挟んだ向こう側で、
そこを渡るための、横断歩道の信号も赤だった」
「僕は、
近くにあった、誰もいないバスの待合所に入った。
信号が変わるまで、
中のベンチで座って、待つことにした」
「そのとき、
本屋の自動ドアから、誰かが慌てて出てきた」
「僕と同じくらいの身長で、黒のコートを着ていて、
そのフードを深くかぶっていて、
メガネをかけていて、
お腹の辺りを、片手で押さえていた」
「あのコート、どこかで見たような・・・って思って、
すぐに気付いた」
「オマキだった」
「オマキは、
ちょうど信号が青に変わった横断歩道を、そのまま走って渡ろうとしたけど、
でも、途中で滑って転びそうになって、
それで、
そこからは速歩きをして、道路を渡りきった」
「こっち側に来たオマキは、また走り出した。
待合所の、僕の前を通り過ぎていき、
少し離れたところで立ち止まると、本屋の方を振り返った」
「そっちの方をじぃっと見て、
少ししてから、不意に下を向き、
お腹を押さえていない方の手を、コートの下から突っ込み、
中から何かを取り出した」
「漫画だった。
多分、3冊くらいあった」
「オマキは、
漫画を手に持ったまま、背負っていたリュックを足元に下ろし、
その中に漫画を入れた」
「そして、
リュックを背負うと、コートのポケットから手袋を引っ張り出し、
ときどき、本屋の方にチラチラと目を向けながら、
急いで両手に手袋をはめて、
その後、向こうを向いて、
雪の降る中を、小走りで駆けていった」
「僕はそれを、ただ呆然と眺めていた」
「オマキが見えなくなっても、
僕は、
ひとり、待合所のベンチに座ったまま、
ずっとそっちを眺めていた」
「ショックだった」
「何かの間違いだ」
「そう思いたかった」
「そんなわけ無い」
「そう思いたかった」
「でも、
いくら考えても、僕にはそれしか思い浮かばなかった」
「万引きしか、思い浮かばなかった」
「どうしてそんなことを・・・って考えようとして、
すぐに、ハッと気付いた」
「以前、
クラスの男子たちが、
掃除の時間のとき、こんな話をしていた」
「オマキってさ、
漫画の新しいヤツが出ると、6年の先輩たちに持ってこさせられている・・・って聞いたけど、
それってマジ?」
「マジマジ。
だって俺、何回か見たことあるもん」
「え、どこで?」
「ウチの近所にあるコンビニの前とか公園とか」
「うわぁ」
「学校が終わったあととか、休みの日とか、
そこに、先輩たちがよく屯ってて、
で、そこにオマキが自転車で走ってきて、
前カゴに入れてた漫画を、何冊か渡してて・・・。
何か、噂によると、
そうやって、週に何回も渡してるらしいぜ」
「マジで?」
「多分マジ」
「ヤッベー。
それ、完璧にイジメじゃん」
「でもさー、
オマキのヤツ、
新しく出た漫画を、何でそんな持ってるんかなぁ。
金持ちなんかなぁ」
「僕は、
しばらくしてから、本屋の方を振り返った」
「かなり長い時間、
そのまま、本屋をじぃっと見てた」
「やがて、ゆっくりと立った」
「でも少しして、
また、腰を下ろしてしまった」
「どうしたら良いか、分からなかった」
「待合所の中で、
ひとり、ずっと悩んでいた」
「結局、本屋には行かなかった」
「待合所で、じいちゃんの車が来るのを待って、
それから家に帰った」
「オマキのことは、
その日、誰にも言わなかった」
「次の日」
「放課後」
「校庭が雪で使えなかったから、
サッカー部の練習は、体育館の半分を借りて行った」
「4時半になって部活が終わり、フロアのモップがけをし、
友達と一緒に体育館を出た」
「オマキは、いなかった」
「先輩たちに呼ばれ、少し前に帰っていった」
「オマキの様子は、
その日も、いつもと変わらなかった」
「多目的教室で服を着替え、
友達と一緒に、昇降口の靴箱の前まで来た」
「上履きを脱ごうとしたところで、
僕は急に顔を上げ、友達に言った」
「あ、ゴメン、
ちょっとここで待ってて。
忘れ物取りに、教室に行ってくる」
「そう言いながら、
ジャージの入った袋とランドセルを下に置き、
僕はひとりで、校舎の階段を駆け上がっていった」
「5年の教室がある階に着いた」
「天井の電気は、ひとつも点いていなかった。
廊下は薄暗くて、ひっそりと静まり返っていた」
「教室に入った僕は、自分の席に行き、
机の中からノートを出した」
「そして、
ノートを開いて、中を確かめたあと、
すぐに教室を出て、
扉を閉め、
そこで、廊下の左右を何度か見渡した」
「誰もいないことを確認した僕は、
そのまま、隣の教室に行った。
入り口の扉をそーっと開けて、中へ入る」
「先生の机の前まで来た。
耳を澄ませ、
その後、辺りを静かに見回したあと、
持っていたノートを先生の机に置いて、
次に、
机の抽斗を見て、その取っ手に指先をかけた。
少しずつ、ゆっくりと引いていく」
「3cmくらい開いたところで、取っ手から指を抜き、
机の上に置いた、自分のノートに目を向けた。
中を開き、挟んであった紙を取り出し、
それを、
ちょっとだけ開いた抽斗の、細い隙間から、
中に入れた。
そして、先生の机の抽斗をまたゆっくりと閉め、
ノートを持って、先生の机をあとにした」
「教室の出口まで来ると、僕は足を止めた。
息を潜め、耳を澄ませる。
そのまま、少しだけ待ってみて、
それから廊下に出た。
また、左右を素早く見渡したあと、
教室の扉を、音がしないよう慎重に閉めていき、
そうして、
昇降口で待つ友達の元へと、急いで帰っていった」
当たり前のことですが、
もし実際に万引きの現場に出会した場合は、出来るだけ店の人に伝えるようにして下さいね。




