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Summer Echo  作者: イワオウギ
IV
139/292

139.「年が明けた」

「年が明けた」


「冬休みが終わって、また学校が始まって、

 2週間くらい経ったある日、

 晩ご飯を食べに、

 じいちゃんの車に乗って、家族3人で出掛けることになった」


「隣町にある、いつもの和食屋さんでお鍋を食べて、

 その帰り、スーパーに寄った」


「じいちゃんが車を駐車場に駐めたあと、

 僕は車を降りて、じいちゃんたちに言った」


「僕、いつもの本屋で待ってるから」


「ばあちゃんが言った」


「暗くて下がよく見えないから、

 出来るだけゆっくり歩いて、気を付けて行くのよ」



「駐車場を出て、角を曲がった。

 大通りの歩道は、誰もいなかった。

 車が通るとき以外、ひっそりとしていた」


「その日の夜は、雪が降っていた。

 でも足元には、

 雪は、

 まだ、そんなには積もっていなくて、

 僕は、

 ガリガリになってる場所だけ、ゆっくり慎重に歩いて、

 あとは軽くダッシュして、本屋に向かった」



「本屋の前まで来た」


「でも、

 本屋は、大通りを挟んだ向こう側で、

 そこを渡るための、横断歩道の信号も赤だった」


「僕は、

 近くにあった、誰もいないバスの待合所に入った。

 信号が変わるまで、

 中のベンチで座って、待つことにした」


「そのとき、

 本屋の自動ドアから、誰かが慌てて出てきた」


「僕と同じくらいの身長で、黒のコートを着ていて、

 そのフードを深くかぶっていて、

 メガネをかけていて、

 お腹の辺りを、片手で押さえていた」


「あのコート、どこかで見たような・・・って思って、

 すぐに気付いた」


「オマキだった」


「オマキは、

 ちょうど信号が青に変わった横断歩道を、そのまま走って渡ろうとしたけど、

 でも、途中で滑って転びそうになって、

 それで、

 そこからは速歩きをして、道路を渡りきった」


「こっち側に来たオマキは、また走り出した。

 待合所の、僕の前を通り過ぎていき、

 少し離れたところで立ち止まると、本屋の方を振り返った」


「そっちの方をじぃっと見て、

 少ししてから、不意に下を向き、

 お腹を押さえていない方の手を、コートの下から突っ込み、

 中から何かを取り出した」


「漫画だった。

 多分、3冊くらいあった」


「オマキは、

 漫画を手に持ったまま、背負っていたリュックを足元に下ろし、

 その中に漫画を入れた」


「そして、

 リュックを背負うと、コートのポケットから手袋を引っ張り出し、

 ときどき、本屋の方にチラチラと目を向けながら、

 急いで両手に手袋をはめて、

 その後、向こうを向いて、

 雪の降る中を、小走りで駆けていった」



「僕はそれを、ただ呆然と眺めていた」


「オマキが見えなくなっても、

 僕は、

 ひとり、待合所のベンチに座ったまま、

 ずっとそっちを眺めていた」


「ショックだった」



「何かの間違いだ」


「そう思いたかった」


「そんなわけ無い」


「そう思いたかった」


「でも、

 いくら考えても、僕にはそれしか思い浮かばなかった」


「万引きしか、思い浮かばなかった」



「どうしてそんなことを・・・って考えようとして、

 すぐに、ハッと気付いた」


「以前、

 クラスの男子たちが、

 掃除の時間のとき、こんな話をしていた」


「オマキってさ、

 漫画の新しいヤツが出ると、6年の先輩たちに持ってこさせられている・・・って聞いたけど、

 それってマジ?」


「マジマジ。

 だって俺、何回か見たことあるもん」


「え、どこで?」


「ウチの近所にあるコンビニの前とか公園とか」


「うわぁ」


「学校が終わったあととか、休みの日とか、

 そこに、先輩たちがよく(たむろ)ってて、

 で、そこにオマキが自転車で走ってきて、

 前カゴに入れてた漫画を、何冊か渡してて・・・。

 何か、噂によると、

 そうやって、週に何回も渡してるらしいぜ」


「マジで?」


「多分マジ」


「ヤッベー。

 それ、完璧にイジメじゃん」


「でもさー、

 オマキのヤツ、

 新しく出た漫画を、何でそんな持ってるんかなぁ。

 金持ちなんかなぁ」



「僕は、

 しばらくしてから、本屋の方を振り返った」


「かなり長い時間、

 そのまま、本屋をじぃっと見てた」


「やがて、ゆっくりと立った」


「でも少しして、

 また、腰を下ろしてしまった」


「どうしたら良いか、分からなかった」


「待合所の中で、

 ひとり、ずっと悩んでいた」



「結局、本屋には行かなかった」


「待合所で、じいちゃんの車が来るのを待って、

 それから家に帰った」


「オマキのことは、

 その日、誰にも言わなかった」



「次の日」


「放課後」


「校庭が雪で使えなかったから、

 サッカー部の練習は、体育館の半分を借りて行った」


「4時半になって部活が終わり、フロアのモップがけをし、

 友達と一緒に体育館を出た」


「オマキは、いなかった」


「先輩たちに呼ばれ、少し前に帰っていった」


「オマキの様子は、

 その日も、いつもと変わらなかった」



「多目的教室で服を着替え、

 友達と一緒に、昇降口の靴箱の前まで来た」


「上履きを脱ごうとしたところで、

 僕は急に顔を上げ、友達に言った」


「あ、ゴメン、

 ちょっとここで待ってて。

 忘れ物取りに、教室に行ってくる」


「そう言いながら、

 ジャージの入った袋とランドセルを下に置き、

 僕はひとりで、校舎の階段を駆け上がっていった」



「5年の教室がある階に着いた」


「天井の電気は、ひとつも点いていなかった。

 廊下は薄暗くて、ひっそりと静まり返っていた」


「教室に入った僕は、自分の席に行き、

 机の中からノートを出した」


「そして、

 ノートを開いて、中を確かめたあと、

 すぐに教室を出て、

 扉を閉め、

 そこで、廊下の左右を何度か見渡した」


「誰もいないことを確認した僕は、

 そのまま、隣の教室に行った。

 入り口の扉をそーっと開けて、中へ入る」


「先生の机の前まで来た。

 耳を澄ませ、

 その後、辺りを静かに見回したあと、

 持っていたノートを先生の机に置いて、

 次に、

 机の抽斗(ひきだし)を見て、その取っ手に指先をかけた。

 少しずつ、ゆっくりと引いていく」


「3cmくらい開いたところで、取っ手から指を抜き、

 机の上に置いた、自分のノートに目を向けた。

 中を開き、挟んであった紙を取り出し、

 それを、

 ちょっとだけ開いた抽斗の、細い隙間から、

 中に入れた。

 そして、先生の机の抽斗をまたゆっくりと閉め、

 ノートを持って、先生の机をあとにした」


「教室の出口まで来ると、僕は足を止めた。

 息を潜め、耳を澄ませる。

 そのまま、少しだけ待ってみて、

 それから廊下に出た。

 また、左右を素早く見渡したあと、

 教室の扉を、音がしないよう慎重に閉めていき、

 そうして、

 昇降口で待つ友達の元へと、急いで帰っていった」

当たり前のことですが、

もし実際に万引きの現場に出会(でくわ)した場合は、出来るだけ店の人に伝えるようにして下さいね。

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