134.「今年の、2月10日の夜・・・」
「今年の、2月10日の夜。
母さんの命日の、前日。
茶の間のちゃぶ台で、3人で晩ご飯を食べてるとき、
じいちゃんが僕を見て・・・」
「・・・」
「・・・」
話が、急に途切れた。
聞こえてくる音は、
また、虫たちの声だけになる。
私は、そのまま、
しばらくの間、待ってみた。
やがて、
顔を少年の方に向ける。
少年は、
体育座りで、膝を深く抱え込んだままで、
地面の、少し離れたところを、
じぃっと見ていた。
考え事をしているようだった。
私は、次いで、
少年との間にあるスマートフォンに視線を落とした。
膝先で組んでいた手を解こうとしたが、すぐに思い留まる。
・・・時間は、まだまだ大丈夫のはずだ。
視線を起こし、再び少年に目を向ける。
口をおもむろに開く。
「・・・どうしたの?」
尋ねてみると、
少年は、
前を向いたままで言った。
「やっぱ、
さっきの話、やめていい?」
「さっきの話・・・って、
今年の2月10日の、晩ご飯を食べてるとき・・・ってヤツ?」
「うん」
「別に良いけどさ・・・、何で?」
「先に、
学校のこと、話さないといけないから・・・」
そういうことか・・・。
納得した私は、
改めて少年に尋ねた。
「それって、いつの話?」
「去年の9月」
「小5?」
「うん」
「キミがお父さんのことを知ったのは、去年の2月・・・だから、
これから話してくれる、学校のことは、
だいたい、その7ヶ月後・・・って、ことだよね?」
「うん」
頷いた少年を見て、
私は、顔を前に戻した。
「分かった。
じゃあ、続きを聞かせて」
「ごめんね・・・」
「え?、・・・何で?」
そう口にして、
私は、再び少年を見た。
「だって、
こんな暗い話、ちっとも面白くないでしょ?。
つまらないでしょ?」
私は、そっと息を吐いた。
正面を向いた。
「電車の中で、キミは私に言ったじゃないか。
・・・大事な話、って」
「・・・うん」
「大事な話に、
面白いも、つまらないも無いよ」
「・・・そっか」
「うん」
「あの・・・」
私は、少年を見た。
「何?」
「あの、近くに寄ってもいい?」
「良いけど・・・、ちょっと待ってて」
「うん」
私は、
少年との間の、2段重ねの燈籠用LEDを持ち上げると、
そのまま、
捻っていた体を戻して、境内の方へと向き直し、
LEDを足元の地面に置いた。
次いで、
充電器とスマートフォンに目を向け、手を伸ばす。
「・・・どうしたの?」
「ん?、何となく・・・」
「もしかして・・・、怖くなった?」
そう言いつつ、
私は、
捻っていた体を、カバンのある反対側へと向け直す。
そして、
充電器とスマートフォンを、そちらのキザハシの板の上に移し、
体を正面に戻しかけたときだった。
私の脛の辺りが、ポン・・・と叩かれた。
私は、動きを止めた。
少ししてから、ゆっくりと前に向き直す。
両手を再び膝先で組んで、
その後、目だけを動かして、
隣の様子を、こっそりと覗き見た。
私の肘の、すぐ向こう。
少年の小さな顔。
目線は、まっすぐ斜め下。
真剣な眼差し。
でも、その口元は、
ちょっと、緩んでいた。




