133.「そこまで話したじいちゃんは・・・」
「そこまで話したじいちゃんは、
ちゃぶ台の上の湯呑に手を伸ばし、お茶を啜った。
ばあちゃんが、いつの間にか用意していたもので、
僕の分もあった。
でも、
僕は、それを飲む気になれなかった。
胸が無性に苦しくて、
そんな中、
心臓は、
ドックン、ドックン・・・って、大きな音を立てて動いていて、
その音が響くのがツラくて、キツくって、
そのときの僕は、下を向いたまま、
両手のコブシをギュウウ・・・って握って、
じぃっと耐えていた」
「少しすると、
今度は、ばあちゃんの話が始まった。
その後の父さんのことだった。
特に問題を起こすことなく、会社で真面目に働いてること。
再婚する気は無いこと。
だから、
料理や裁縫などを頑張っていること。
そして、
毎年、母さんの命日になると、
お昼過ぎにウチに来て、母さんの墓参りをし、
そのあと、じいちゃんたちと話をして、
夜になると、
また、九州へ帰っていくこと。
確かそんなことを、ばあちゃんは語った」
「正直言って、そのときのばあちゃんの話、
僕、
何となく・・・しか、覚えてないんだ。
そんな余裕、無かった。
自分のことで、いっぱいいっぱいだった」
「しばらくして、じいちゃんの声が聞こえた。
僕に、何かを尋ねたみたいだった」
「僕はハッとして、顔を上げ、
じいちゃんに訊いた。
今、何か言った?」
「じいちゃんは、もう一度尋ねた。
明日、どうする?」
「え?、・・・明日って?」
「明日のお昼過ぎ、
お前の父さんが、母さんの墓参りのためにウチに来る。
会ってみるか?」
「僕は、少ししてから下を向いた。
何が何だか、よく分からなくなっていた。
ただ、その・・・、
苦しくて、ツラくて・・・。
言わなきゃ、言わなきゃ・・・って思ったんだけど、
でも、
焦ってばかりで、全然出てこなかった」
「しばらくして、
ばあちゃんの声が聞こえた」
「ねぇ・・・、
明日は、止した方が良いんじゃないかしら。
この様子じゃ、ちょっと・・・」
「じいちゃんが、ため息をついた。
そのあと、僕に尋ねた」
「どうする?、明日会うのはやめるか?」
「僕は、
下を向いたまま黙っていた」
「じいちゃんは、
ちょっとしてから、また言った」
「じいちゃんも、ばあちゃんも、
お前には、
1回、父さんに会ってみたらどうか・・・と思っている。
父さんは充分に反省している。
確かに、
あのときは赤ん坊のお前を殺そうとした。
でも、今はもう大丈夫だ。
お前の父さんは、そんなことをする人間ではない。
会えば、お前もきっと分かる。
気の優しい、良い人だよ」
「僕は、何も答えなかった。
ずっと下を向いていた」
「やがて、
じいちゃんの声が聞こえてきた」
「分かった・・・、
明日、お前を父さんに会わせるのはやめにしよう。
父さんにも、そうなったことを伝えておく」
「そう言って、じいちゃんとばあちゃんは立ち上がり、
部屋を出ていった」
「僕は、
ちゃぶ台でひとり、下を向いたまま、
茶の間に残った」
「そして、しばらくしてから自分の部屋に戻っていって、
だいぶ早かったけど、
電気を消して、ベッドに入った」
「じいちゃんたちが寝て、家の中が静かになって、
その後、何時間か経っても、
僕は、全然眠れなかった」




