131.「それからしばらくの間、更に話し合った」
「それからしばらくの間、更に話し合った。
向こうのご両親は、なかなか諦めようとしなかった。
父さんが、お前の誕生をどれほど心待ちにしていたか・・・、
生まれたばかりのお前を抱いたとき、どんな表情をしていたか・・・、
その日の病院からの帰り、
車を運転しながら、どんなことを語っていたか・・・、
それらを一生懸命に熱く語った。
じいちゃんは、
しかし、そういった話を聞いても考えを改めなかった。
養育費は必要ない、
ウチの子として育てる・・・と、何度も繰り返した」
「そんなときだった。
黙ったまま、ずっと話を聞いていたばあちゃんが、
口を開いた。
半分だけ出してもらいましょうよ・・・と。
じいちゃんは驚いて、すぐにばあちゃんを見た。
ばあちゃんは、続けて言った。
しばらくの間、半分だけ出してもらって、
それで、あの子をどうするか・・・は、
その間の父さんの様子を見て、また改めて考えましょうよ。
今、この場で決める必要ないわ・・・と」
「じいちゃんは、納得できなかった。
じいちゃんとばあちゃんは、
実は、母さんが生まれる前に、
ひとり、流産で亡くしているんだ。
そのときのばあちゃんは、
ごめんなさい、ごめんなさい・・・って、
泣きながら亡くなった子に謝って、
その後、
口数が極端に減ってしまって、家に籠りがちになってしまって、
すっかり塞ぎ込んじまってな・・・。
座敷の隅で、ひとり静かに俯いてるばあちゃんを見て、
また、自分を責めているんだろうな・・・って、何となく分かったから、
何か声をかけようと思ったけど、
でも、男のじいちゃんが何を言っても、
作り物の、薄っぺらい言葉しか出て来ない気がして、
結局、隣にいてやることしか出来なくて・・・。
ばあちゃんのツラさを分かってあげられないことが、
悲しくて、悔しくて、情けなくて・・・。
一時期は、
家での会話は、ほとんど無くなってしまったし、
些細なことで、よく喧嘩した。
離婚を、つい口走ってしまうこともあった。
でも、そうやって過ごしているうちに、
ばあちゃんのお腹の中に、
また、新しい子が来てくれた。
それが分かってから、
じいちゃんもばあちゃんも喧嘩をしなくなった。
今度こそは、しっかり生んであげないと。
じいちゃんやばあちゃん、お腹の子、
そして、先に旅立ってしまった子のためにも、
もう、あんな悲しい事は繰り返したくない。
そうやって、家族全員で一生懸命に頑張って、
色々な人に助けられて、
多分、幸運にも恵まれて、
それで生まれたのが母さんなんだ。
お産の部屋の扉越しに、
甲高い、元気な産声が聞こえてきたときは、
自然と涙が溢れてきて、
生まれて初めて、本気で仏様に感謝した。
ありがとうございます、ありがとうございます・・・ってな」
「だから、
父さんが赤ん坊のお前にした行為は信じられなかったし、許せなかった。
じいちゃんは、ばあちゃんに言った。
駄目だ。あんなヤツ、子を持つ資格なんて一切無い。
でも、ばあちゃんは言ったんだ。
死んでしまったあの子のこと、あれだけ泣いて悲しんでくれたのよ?。
きっと、悪い人じゃないわ・・・って。
じいちゃんも、
心の奥底では、それは分かっていたんだ。
でも、
父さんを後ろから羽交い締めにしたときの、
あの、殺意に満ちた様子を思い出すと、
やっぱり駄目だった。
絶対に許したくなかった」
「そのとき、
カシナの叔父さんから提案があった。
だったら、
さっき言ってた養育費の半分は、義兄さんのご両親に出してもらって、
で、しばらく様子を見てみようよ。
赤ん坊を守るとき、義兄さんのご両親にも助けてもらったし、
姉さんの葬儀のときだって、たくさんお世話になった。
義兄さんのご両親に対してだったら、それくらいの権利はあるんじゃない?」
「じいちゃんは、
そう言われても、素直に首をタテに振る気にはなれなかった。
でも、一方で、
その案を拒むための、上手い理由も思い付かなかった。
少ししてから、しぶしぶ、
それだったら構わない・・・と返した。
向こうのご両親も、カシナ叔父さんの案を了承した」
ワショーという名前の、メスのチンパンジーがいました。
ワショーはアメリカ空軍に保護され、大学の先生に育てられたチンパンジーで、
大変に頭が良く、
手話を使って、人間と会話をすることが出来ました。
ワショーには、仲の良い女性スタッフがいました。
その女性スタッフは子を身ごもっていて、
ワショーも、日に日に大きくなっていくスタッフのお腹のことを気にかけていました。
あるとき、
その女性スタッフが、ワショーのところに現れなくなったときがありました。
数週間後、
女性スタッフが、何事もなかったかのようにワショーの前に現れると、
ワショーは距離を取り、よそよそしい態度を取りました。
しばらく顔を見せてくれなかったことに、腹を立てていたのです。
女性スタッフは、少ししてからワショーの近くに行き、
手話をしました。
「私の、赤ちゃん、死んだ」
ワショーは女性スタッフの目を見て、
その後、俯き、
また、スタッフの目をじぃっと見つめました。
ワショーには、
昔、生まれたばかりの自分の子を2匹亡くした経験がありました。
ワショーは、手話で「泣く」と言いました。
そして、指先をスタッフの目元に持っていき、
そのまま下へ、頬をなぞるように手を動かします。
チンパンジーは、目から涙を流すことはありません。
それで、こうしたのでしょう。
その後、女性スタッフが立ち去る前に、
ワショーは手話で、その女性スタッフにお願いをしました。
「プリーズ、ヒューマン、ハグ」
出産に関する色々な問題は、
個人的には、最も繊細な問題のひとつであると思っています。
男の私が、それを取り扱った話を書いて良いのかどうか・・・、
かなり悩み、
今回の話を執筆中、一度その要素を外したのですが、
最終的には、そのまま入れました。
それらしい理由は、つけようと思えば色々つけられるのですが、
正直言って、一番大きな理由は、
2年以上も頑張って連載しているのだから・・・という、
要は私のワガママです。
スミマセン・・・。




