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Summer Echo  作者: イワオウギ
IV
129/292

129.「母さんは、その日の午後・・・」

「母さんは、その日の午後、

 病室から、お前の父さんの実家の仏間へと移された。

 通夜や葬儀などの準備は、向こうのご両親にお願いをして、

 じいちゃんとばあちゃん、カシナの叔父さんは、

 仏間の隣にある、広い座敷で、

 3人で手分けして、

 親戚や母さんに(ゆかり)のある人たちに、片っ端から電話をしていった。

 お前の父さんは、

 その間、ずっと仏間にいた。

 顔に白い布をかけられた母さんの(かたわ)らに、あぐらをかいて座ったまま、

 ひとりで静かに項垂れていた。

 しばらくして、

 カシナの叔父さんが立ち上がり、父さんのところに行って、

 義兄(にい)さん、会社の誰かにも連絡を入れた方が・・・と言った。

 返事は無かった。

 少ししてから、もう一度訊いてみたが、

 返事は、やはり無かった。

 俯いたままだった。

 仕方ないので、

 カシナの叔父さんは向こうの親御さんのところに行って、事情を説明すると、

 あとで私たちの方で連絡を入れておきますから・・・と言われ、

 それで、

 その言葉に甘えさせてもらって、会社への連絡は任せることにした。

 じいちゃんたちのところに、また戻ってきて、

 方々(ほうぼう)に電話をかける作業を再開させた」


「日が落ち、外が暗くなってきた。

 お互いの作業が一段落し、みんなでお茶を飲みつつ、

 店屋物(てんやもの)で取り寄せた弁当を待っているときだった。

 お前の話になった。

 病院に預けたままの赤ん坊をいつ受け取りに行くか・・・、

 そういう内容だ。

 最初は、

 葬儀が全て終わってから受け取ろう・・・という意見が多かったんだ。

 式の最中は、どうしても色々とゴタゴタしてしまうし、

 みんな、

 弔問客の相手で忙しくて、赤ん坊のお前の世話をなかなかできないだろうし、

 それに何より、

 大勢の人が来るので、カゼなどの病気が心配だった。

 ただ、話し合いの末、

 最終的には、

 通夜の日の午前中に、お前を病院から受け取ろう・・・、

 ということになった。

 生前の母さんと親しく、遠路はるばる九州まで来てくれる人たちは、

 みんな、お前の顔を見たがるだろうし、

 母さん自身も、

 多分、

 お前が近くにいることを望むだろう・・・と。

 向こうの親御さんが、それを伝えに、

 隣の仏間にいる、父さんのところへ行った。

 親御さんの声だけが聞こえて、しばらくすると帰ってきた。

 黙って首を振った。

 やはり、何の反応も無かったようだった」


「次の日。

 通夜の当日。

 朝、カシナの叔父さんは病院に電話を入れた。

 それから仏間に顔を出し、

 お前を受け取りに行くことを父さんに告げたあと、

 ばあちゃんを連れ、

 向こうの親御さんに車をお借りして、家を出ていった。

 父さんは、

 まだ、母さんの傍らに座って俯いていた。

 その前日の、夜遅く、

 父さんは、

 向こうのご両親に促され、寝室に行き、

 そうして、一旦は床に就いたのだが、

 気付くと、

 いつの間にか、また母さんのところに戻ってきていた。

 それで、

 通夜のちょっと前までは、本人の好きなようにさせておこう・・・、

 という話になった。

 お前の父さんは、病院から自分の実家に帰ってきて以降、

 誰とも、ひと言も喋らなかった。

 ひとりで、ずっと下を向いていた」



「お昼前の11時頃。

 カシナの叔父さんたちが病院でお前を受け取り、戻ってきた。

 途中で、母さんたちのアパートに立ち寄っていた叔父さんたちは、

 車の後部ハッチからベビー用のベッドを取り出し、

 仏間に設置し、

 そこに、お前を寝かせた。

 ばあちゃんが、哺乳瓶でミルクを飲ませると、

 それまで大きな声で泣いていたお前は大人しくなり、

 やがて、ぐっすりと眠ってしまった。

 ばあちゃんはホッとして、

 お勝手で食器の準備をしている、向こうの親御さんの元へ、

 その応援に向かった」


「じいちゃんが、

 座敷の座卓の上で、墨を()っているときだった。

 仏間の方で、何かの音が聞こえたような気がした。

 手を休め、そちらに目をやると、

 お前の父さんが立ち上がっていて、

 ベビーベッドの方に、フラフラと近付いていった。

 様子が、ちょっと変だったので、

 じいちゃんは、

 墨を(すずり)に置いて、立ち上がった。

 お前の父さんは、

 ベビーベッドの近くに行くと、

 虚ろな表情のままで、小声で何かをブツブツと言って、

 左右の手を、ベッドの中へと伸ばしていった。

 瞬間、悪い予感がした。

 おい、何やってる!。

 咄嗟に大声を出したじいちゃんは、

 慌てて駆け寄って、お前の父さんをベッドから引き離した。

 父さんは激しく抵抗した。

 離せ!、離してくれ!。

 コイツのせいで死んだんだ!。コイツが生まれたせいで死んだんだ!。

 コイツさえ、コイツさえ生まれて来なければ!。

 大声で喚き散らす父さんを、

 じいちゃんは、後ろから力いっぱい羽交(はが)()めにし、

 助けを呼んだ。

 みんな、仏間にすぐに駆けつけた。

 暴れる父さんを、男3人で畳の上に押さえ付け、

 ばあちゃんたちは、

 大きな声で泣き続けるお前を抱いて、別の部屋へ避難した。

 お前の父さんは、

 手足を押さえ付けられながらもそのまま喚いて、抵抗し続けていたが、

 やがて観念し、大人しくなった。

 あの子には何の責任も無かろうが!。そんなことも分からんと!。

 向こうの親御さんが、

 起き上がった父さんの頬を引っ(ぱた)き、そう怒鳴りつけた。

 お前の父さんは、

 頬を押さえ、項垂れたまま、

 何も言い返さなかった。

 そして、少しして、

 また、

 ひとり、静かに泣き始めた」

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