126.「僕、ずっと・・・」
「僕、ずっと、
じいちゃんと、ばあちゃんの3人で暮らしているんだ。
・・・物心が付いたときから、ずっと」
「毎日ご飯を作ってくれるのは、ばあちゃんだし、
じいちゃんは、夜になるとお仕事から戻ってきて、
晩ご飯は、
茶の間に集まって、みんなで食べてる」
「休みになると、じいちゃんの運転する車で3人で遠くに出掛けて、
遊んできて、
帰ってくる途中で、すき焼きとかウナギとかを食べて、
家に着くと、ばあちゃんがすぐにお風呂を沸かしてくれるから、
小さい頃は、
よく、じいちゃんと一緒に入って、
それで、肩まで湯に浸かって数字を100まで数えてた」
「幼稚園の頃、
クレヨンを使って、みんなでお絵描きをしているときだった。
隣の友達の絵を見て、
僕、訊いたんだ。
これ、何の絵?・・・って」
「友達は、すぐに答えた。
お庭に咲いたお花をみんなで見てる絵・・・って」
「僕は、また訊いたんだ。
みんな、って誰?」
「友達は、
ウチの家族・・・って答えて、
そして、絵の中の人をひとりずつ指差しながら説明してくれた。
これがママで、これがパパで、
こっちの、ちょっと背が小さいのがおばあちゃんで、
隣にいる、髪がちっとも生えてないのがおじいちゃんで、
真ん中でジョウロを持って、お花に水をやっているのがあたし」
「僕は、
あれ?、って思った。
だから、すぐに訊いた」
「ママとパパって、ばあちゃんとじいちゃんのことじゃないの?。
何で別にいるの?・・・って」
「友達は言った。
ママやパパは、おばあちゃんやおじいちゃんとは別の人だよ。
そんなの当たり前じゃん、知らないのー?。
ヘンなのー・・・って」
「その日の午後。
幼稚園にお迎えに来てくれた、ばあちゃんの自転車に乗ってるとき、
僕は訊いてみた」
「ママって、誰?」
「ばあちゃんは、何も答えなかった。
聞こえなかったのかな?、と思って、
しばらくしてから、もう一度訊いてみた」
「ママって、ばあちゃんのことじゃないの?」
「ばあちゃんは、やっぱり何も言わなかったけど、
赤信号で止まったとき、
前を向いたまま、後ろにいる僕に訊いたんだ」
「今晩、何が食べたい?・・・って」
「誤魔化されたと思ったけど、
僕、枝豆が食べたい・・・って答えた」
「そしたら、ばあちゃんは、
じゃあ、今晩は枝豆にしようね・・・って、明るく言って、
少しして、また自転車を漕ぎ始めた」
「僕は、ちょっと納得がいかなかった。
でも、それ以上は訊かなかった」
「晩ご飯を食べ終わって、
仏間の畳に寝っ転がって、ひとりで折り紙をしてたときだった。
部屋にじいちゃんとばあちゃんが入ってきて、こう言った」
「ちょっといいか。話がある」
「僕が、折り紙をしながら、
なぁにー?・・・って訊き返したら、
大事な話だから、こっちを向いてちゃんと聞きなさい・・・って、
ちょっと怖い感じで言われて・・・」
「だから僕、仕方なく折り紙をやめた。
体を起こして、
じいちゃんとばあちゃんの方を向いて、座り直した」
「じいちゃんたちも座った。
そして、
じいちゃんは僕の顔をじぃっと見てから、
一度、下を向いて、
少ししてから、また顔を上げ、
僕をまっすぐ見て、
それから口を開いた」
「今日の帰り、
ばあちゃんに、母さんのことを訊いたらしいな」
「一瞬、
僕、お母さんじゃなくてママのことを訊いたんだけど・・・って言い返そうと思った。
でも、
じいちゃんもばあちゃんも、物凄く真剣な表情をしてたから、
だから言い返すのはやめて、
うん、って頷いた。
もしかしたら、
訊いたらダメなことを訊いちゃったから、僕、それで怒られるのかな・・・と思って、
暗い気持ちになって、
その続きの言葉を待った」
「そしたら、じいちゃんが言った」
「いいか、よく聞け。
じいちゃんもばあちゃんも、お前の父さんや母さんではない。
お前の父さんも母さんも、ここにはいない」
「言ってる意味がよく分からなかった。
そのまま、ぼーっとしてたら、
じいちゃんが、
また、口を開いた」
「お前の母さんはな・・・、
お前を生んで、すぐに亡くなってしまったんだ。
ほら、鴨居の上に写真が飾ってあるだろう?。
あれが、お前の母さんだよ」
「そう言ったじいちゃんは、入ってきた方を振り返って、
視線を上に向けた」
「僕も、そっちを見た」
「知らない若い女の人が、
ちょっと照れくさそうにして、笑っていた」
「じゃあ、お母さんは、
今、天国にいる・・・ってこと?」
「僕が、
母さんの写真を見上げながら、そう訊くと、
ばあちゃんが答えた」
「ううん。ちょっと違うの。
お母さんはね、
今、お彼方に向かっているの」
「お彼方?」
「そう。
果てしなく遠いところにあると言われてる、苦しみのない世界。
まぁ、天国みたいなところよ。
お母さんはね、
この世でのお務めを終えて、お彼方に向かっているの」
「そのときの僕には、
お彼方の話は、いまいちピンと来なかった。
でも、
僕の母さんはもう死んでしまっていて、この世にいないことは分かった」
「僕は、少ししてから写真を見上げるのをやめた。
じいちゃんたちを見て、また訊いた」
「じいちゃんやばあちゃん・・・って、
じゃあ、誰?。どういう人なの?」
「じいちゃんが答えた」
「じいちゃんは、お前の母さんの父さんなんだ。
ばあちゃんは、
お前の母さんの、そのまた母さん」
「お母さんの、お母さん?」
「僕が、ばあちゃんの方を見て訊くと、
ばあちゃんは、コクンと頷いた。
そして、僕に言った」
「そうよ。
ばあちゃんはね、お前のお母さんを生んだお母さんなの。
お前のお母さんは、
じいちゃんとばあちゃんの間に授かった子のうちの、ひとりなの」
「それを聞いて、何となく分かったような気がしたけど、
でも、考えてるうちに、
母さんの母さんの、どっちがばあちゃんなのか、
じいちゃんは、
母さんの父さんなのか、父さんの母さんなのか、
よく分からなくなって、
頭がこんがらがってきて、
そうして、段々と面倒になってきた」
「・・・話、もう終わり?」
「しばらくしてから、そう言うと、
じいちゃんとばあちゃんは、顔を少し見合わせたあと、
また、僕を見た」
「あぁ、話はもう終わりだ。
さぁ、
お仏壇の前に行って、手を合わせよう」
「じいちゃんが、
そう言って、立ち上がったけど、
ばあちゃんは、
腰だけを浮かせた状態で、じいちゃんを見上げて言った」
「でも、さっき・・・」
「じいちゃんがすぐに言った」
「いいんだ。
この子は、まだ、意味をよく分かっていないみたいだし、
それからにしよう」
「ばあちゃんは、
僕の顔を1回見たあと、そのまま黙って立ち上がった」
「僕も立ち上がった」
「お仏壇の前に3人で行って、
正座をし、お線香をし、
そのあと、一緒に手を合わせた」
「お参りが終わった」
「じいちゃんたちに続いて立ち上がった僕は、
後ろを振り返った。
鴨居の上の、母さんの写真を再び見上げ、
ふと思い付いて、
それで訊いた」
「そういや、僕のお父さんは?。
お父さんも、お母さんと一緒に死んじゃったの?」
「部屋を出ていこうとしていた、じいちゃんたちは、
足を止めた」
「じいちゃんがこっちを振り返って、
少ししてから言った」
「お前の父さんはな、
母さんが死んだあと、どこかへ行ってしまった」
「どこか・・・って、お彼方じゃないの?」
「僕が、そう訊くと、
じいちゃんは、
さぁな、よく分からん・・・と言って、
また僕に背中を向けて、そのまま部屋を出ていった」
「ばあちゃんも、
立ち止まったままで、僕の顔をじっと見ていたけど、
少ししたら、
部屋の出口の方を向いて、黙って出ていった」
「そのときの僕は、
何だかよく分からなかったけど、でも怒られなくて済んだから、
それで、ホッとひと安心した」
「折り紙のところに戻っていって、畳の上に寝っ転がって、
お線香の匂いの中、
また、紙をせっせと折り始めた」




