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Summer Echo  作者: イワオウギ
IV
126/292

126.「僕、ずっと・・・」

「僕、ずっと、

 じいちゃんと、ばあちゃんの3人で暮らしているんだ。

 ・・・物心が付いたときから、ずっと」


「毎日ご飯を作ってくれるのは、ばあちゃんだし、

 じいちゃんは、夜になるとお仕事から戻ってきて、

 晩ご飯は、

 茶の間に集まって、みんなで食べてる」


「休みになると、じいちゃんの運転する車で3人で遠くに出掛けて、

 遊んできて、

 帰ってくる途中で、すき焼きとかウナギとかを食べて、

 家に着くと、ばあちゃんがすぐにお風呂を沸かしてくれるから、

 小さい頃は、

 よく、じいちゃんと一緒に入って、

 それで、肩まで湯に()かって数字を100まで数えてた」



「幼稚園の頃、

 クレヨンを使って、みんなでお絵描きをしているときだった。

 隣の友達の絵を見て、

 僕、訊いたんだ。

 これ、何の絵?・・・って」


「友達は、すぐに答えた。

 お庭に咲いたお花をみんなで見てる絵・・・って」


「僕は、また訊いたんだ。

 みんな、って誰?」


「友達は、

 ウチの家族・・・って答えて、

 そして、絵の中の人をひとりずつ指差しながら説明してくれた。

 これがママで、これがパパで、

 こっちの、ちょっと背が小さいのがおばあちゃんで、

 隣にいる、髪がちっとも生えてないのがおじいちゃんで、

 真ん中でジョウロを持って、お花に水をやっているのがあたし」


「僕は、

 あれ?、って思った。

 だから、すぐに訊いた」


「ママとパパって、ばあちゃんとじいちゃんのことじゃないの?。

 何で別にいるの?・・・って」


「友達は言った。

 ママやパパは、おばあちゃんやおじいちゃんとは別の人だよ。

 そんなの当たり前じゃん、知らないのー?。

 ヘンなのー・・・って」




「その日の午後。

 幼稚園にお迎えに来てくれた、ばあちゃんの自転車に乗ってるとき、

 僕は訊いてみた」


「ママって、誰?」


「ばあちゃんは、何も答えなかった。

 聞こえなかったのかな?、と思って、

 しばらくしてから、もう一度訊いてみた」


「ママって、ばあちゃんのことじゃないの?」


「ばあちゃんは、やっぱり何も言わなかったけど、

 赤信号で止まったとき、

 前を向いたまま、後ろにいる僕に訊いたんだ」


「今晩、何が食べたい?・・・って」


「誤魔化されたと思ったけど、

 僕、枝豆が食べたい・・・って答えた」


「そしたら、ばあちゃんは、

 じゃあ、今晩は枝豆にしようね・・・って、明るく言って、

 少しして、また自転車を漕ぎ始めた」


「僕は、ちょっと納得がいかなかった。

 でも、それ以上は訊かなかった」




「晩ご飯を食べ終わって、

 仏間の畳に寝っ転がって、ひとりで折り紙をしてたときだった。

 部屋にじいちゃんとばあちゃんが入ってきて、こう言った」


「ちょっといいか。話がある」


「僕が、折り紙をしながら、

 なぁにー?・・・って訊き返したら、

 大事な話だから、こっちを向いてちゃんと聞きなさい・・・って、

 ちょっと怖い感じで言われて・・・」


「だから僕、仕方なく折り紙をやめた。

 体を起こして、

 じいちゃんとばあちゃんの方を向いて、座り直した」


「じいちゃんたちも座った。

 そして、

 じいちゃんは僕の顔をじぃっと見てから、

 一度、下を向いて、

 少ししてから、また顔を上げ、

 僕をまっすぐ見て、

 それから口を開いた」


「今日の帰り、

 ばあちゃんに、母さんのことを訊いたらしいな」


「一瞬、

 僕、お母さんじゃなくてママのことを訊いたんだけど・・・って言い返そうと思った。

 でも、

 じいちゃんもばあちゃんも、物凄く真剣な表情をしてたから、

 だから言い返すのはやめて、

 うん、って頷いた。

 もしかしたら、

 訊いたらダメなことを訊いちゃったから、僕、それで怒られるのかな・・・と思って、

 暗い気持ちになって、

 その続きの言葉を待った」


「そしたら、じいちゃんが言った」


「いいか、よく聞け。

 じいちゃんもばあちゃんも、お前の父さんや母さんではない。

 お前の父さんも母さんも、ここにはいない」


「言ってる意味がよく分からなかった。

 そのまま、ぼーっとしてたら、

 じいちゃんが、

 また、口を開いた」


「お前の母さんはな・・・、

 お前を生んで、すぐに亡くなってしまったんだ。

 ほら、鴨居の上に写真が飾ってあるだろう?。

 あれが、お前の母さんだよ」


「そう言ったじいちゃんは、入ってきた方を振り返って、

 視線を上に向けた」


「僕も、そっちを見た」


「知らない若い女の人が、

 ちょっと照れくさそうにして、笑っていた」


「じゃあ、お母さんは、

 今、天国にいる・・・ってこと?」


「僕が、

 母さんの写真を見上げながら、そう訊くと、

 ばあちゃんが答えた」


「ううん。ちょっと違うの。

 お母さんはね、

 今、お彼方(かなた)に向かっているの」


「お彼方?」


「そう。

 果てしなく遠いところにあると言われてる、苦しみのない世界。

 まぁ、天国みたいなところよ。

 お母さんはね、

 この世でのお務めを終えて、お彼方に向かっているの」


「そのときの僕には、

 お彼方の話は、いまいちピンと来なかった。

 でも、

 僕の母さんはもう死んでしまっていて、この世にいないことは分かった」


「僕は、少ししてから写真を見上げるのをやめた。

 じいちゃんたちを見て、また訊いた」


「じいちゃんやばあちゃん・・・って、

 じゃあ、誰?。どういう人なの?」


「じいちゃんが答えた」


「じいちゃんは、お前の母さんの父さんなんだ。

 ばあちゃんは、

 お前の母さんの、そのまた母さん」


「お母さんの、お母さん?」


「僕が、ばあちゃんの方を見て訊くと、

 ばあちゃんは、コクンと頷いた。

 そして、僕に言った」


「そうよ。

 ばあちゃんはね、お前のお母さんを生んだお母さんなの。

 お前のお母さんは、

 じいちゃんとばあちゃんの間に授かった子のうちの、ひとりなの」


「それを聞いて、何となく分かったような気がしたけど、

 でも、考えてるうちに、

 母さんの母さんの、どっちがばあちゃんなのか、

 じいちゃんは、

 母さんの父さんなのか、父さんの母さんなのか、

 よく分からなくなって、

 頭がこんがらがってきて、

 そうして、段々と面倒になってきた」


「・・・話、もう終わり?」


「しばらくしてから、そう言うと、

 じいちゃんとばあちゃんは、顔を少し見合わせたあと、

 また、僕を見た」


「あぁ、話はもう終わりだ。

 さぁ、

 お仏壇の前に行って、手を合わせよう」


「じいちゃんが、

 そう言って、立ち上がったけど、

 ばあちゃんは、

 腰だけを浮かせた状態で、じいちゃんを見上げて言った」


「でも、さっき・・・」


「じいちゃんがすぐに言った」


「いいんだ。

 この子は、まだ、意味をよく分かっていないみたいだし、

 それからにしよう」


「ばあちゃんは、

 僕の顔を1回見たあと、そのまま黙って立ち上がった」


「僕も立ち上がった」


「お仏壇の前に3人で行って、

 正座をし、お線香をし、

 そのあと、一緒に手を合わせた」



「お参りが終わった」


「じいちゃんたちに続いて立ち上がった僕は、

 後ろを振り返った。

 鴨居の上の、母さんの写真を再び見上げ、

 ふと思い付いて、

 それで訊いた」


「そういや、僕のお父さんは?。

 お父さんも、お母さんと一緒に死んじゃったの?」


「部屋を出ていこうとしていた、じいちゃんたちは、

 足を止めた」


「じいちゃんがこっちを振り返って、

 少ししてから言った」


「お前の父さんはな、

 母さんが死んだあと、どこかへ行ってしまった」


「どこか・・・って、お彼方じゃないの?」


「僕が、そう訊くと、

 じいちゃんは、

 さぁな、よく分からん・・・と言って、

 また僕に背中を向けて、そのまま部屋を出ていった」


「ばあちゃんも、

 立ち止まったままで、僕の顔をじっと見ていたけど、

 少ししたら、

 部屋の出口の方を向いて、黙って出ていった」


「そのときの僕は、

 何だかよく分からなかったけど、でも怒られなくて済んだから、

 それで、ホッとひと安心した」


「折り紙のところに戻っていって、畳の上に寝っ転がって、

 お線香の匂いの中、

 また、紙をせっせと折り始めた」

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