123.私は遠くに目を向けて、少し間を置き
私は遠くに目を向けて、少し間を置き、
それから、
また、ひとりで話し始めた。
「手紙は、実は、
認定試験の1週間くらい前には、もう書き終わっていたんだ」
「ホントは試験が終わってから書く予定だったけど、我慢できなくてね・・・、
勉強の合間に、少しずつ書いてたんだ」
「全部で、レポート用紙23枚だった」
「多けりゃ良いってものじゃないと思ったけど、
でも、
絵本の感想や自分のこと、彼女に伝えたいことを書いていったら、
それだけの枚数になってしまったんだ」
「下書きをして、清書をして、
それで書き損じたら、
新しい紙に、また下書きから始めて・・・。
そうやって23枚を書いた」
「書き終わったとき、何とも言えない達成感があった」
「彼女は、これを読んでどう思ってくれるだろうか・・・とか、
どんな返事が来るだろうか・・・とか、
そもそも、
出版社の人に怪文書として処理されてしまうんじゃないか・・・とか、
そんなことを考え、その日は眠りに就いた」
「次の日、
フリースクールの帰り、コンビニに寄って、
大きいサイズの茶封筒と切手の不足分を買った」
「手紙は、試験が終わってから送ろうと思っていたけど、
でも、
自転車を漕いでるうちに、気が変わってしまった」
「今日のうちに出してしまおう」
「家に着く頃には、
私は、そう決心していた」
「出来るだけ早く、彼女に読んでもらいたかった」
「自室に戻ってノートパソコンを開いた」
「絵本の裏表紙を見て、出版社の名前を確認し、
検索の窓に打ち込み、
念のため、間違えてないかもう一度確認し、
それから、検索を実行」
「画面が、瞬時に切り替わる」
「まず目に入った文字は、倒産だった」
「わけが分からなかった」
「呆然としたまま、
検索結果の画面を下に見ていく」
「倒産」
「多額の負債により、ついに・・・」
「出版不況による経営難で・・・」
「長年親しまれてきた、あの雑誌も廃刊に・・・」
「倒産したって本当ですか?」
「何故、倒産したんですか?」
「今まで、ありがとう」
「あぁ、無くなったんだ・・・って思った」
「ノートパソコンを閉じ、
脇にある絵本を少し見つめたあと、手に取った」
「開いて読み始めたけど、
胸が苦しくなって、すぐに閉じた」
「布団を敷いて、横になった」
「その日は勉強をすることなく、夕ご飯も食べずに、
布団の中で大人しくしていた」
「何もかもが、
もう、どうでも良くなった」
「私は、やる気をすっかり失くしてしまった」
「フリースクールに行っても、
ひとり、顔を俯けたまま、
隅っこの方で、じっとしているだけ」
「誰にも話しかけないし、
誰かに話しかけられても、ほとんど空返事」
「せっかく出来た仲の良い人たちも、また疎遠になり、
それとなく避けられるようになった」
「課外授業にも参加しなくなり、
毎日、自習室にこもって問題集を解いてた」
「自分は何のために勉強しているのだろう・・・と、
ときどき、無性に虚しくなった」
「高卒認定試験が終わった」
「結果が出るのは1ヶ月後の、12月上旬」
「手応えはあった」
「多分、合格だろう・・・と思った」
「私は、
それから、ますます無気力になった」
「取り敢えずの目標だった試験が終わってしまい、
勉強にも、身が入らなくなってしまった」
「自習室で、
問題集を開いたまま、シャープペンシルを握る手を止め、
ひとり、ぼーっとしている時間が長くなった」
「そんな私に、
スタッフの人たちは、よく声をかけてくれた」
「そう言えば、
今日、ここに来るとき、
猫を見かけてさ」
「ねぇねぇ、
真っ赤なトイレの話、知ってる?」
「今度の映画鑑賞会、観たいの何かあるかな?」
「ゼリー、ちょっと作りすぎちゃったから、
もし良かったら食べに来てくれない?。
もし良かったら・・・でいいからね」
「心配してくれてるのが分かった」
「何となく、心苦しかった」
「それで、
しぶしぶ・・・だけれども、頑張ることにした」
「課外授業に、
また、顔を出すようにして、
色々な人とも、
また、少しずつ話すようになっていった」
「でも、正直言って、
こんなことして何になるのだろう・・・と思ってた」
「全く面白くなかった」
「毎日が退屈で、つまらなかった」
「全て、くだらない」
「11月の終わり頃だった」
「フリースクールの帰り」
「寒風の中、
自転車のライトのモーターを唸らせ、ペダルを漕いでいた」
「友人と私」
「途中、コンビニに立ち寄った」
「そして、そこで・・・」
私は、ひとつ息を吐いた。
話を続ける。
「あとは・・・、
あとは、今朝、キミに河原で話した通りだよ」
「世の中がつまらないのは、お前がつまらないからだ・・・って言われて、
カチンと来て、
悔しくて、
でも、
認めたくなかったけれども、何となく分かってしまう気もして・・・」
「それで、
気を入れ替えて、改めて頑張ってみることにしたんだ」
「世の中は面白い」
「ただ、私がその面白さに気付かないだけだ・・・ってね」
「それからは、
課外授業に、また積極的に参加するようになって、
年齢に関係なく、色々な人と話すようになって、
イベントの、面白そうなアイディアを提案してみたり、
スタッフの人の手伝いをしたりして・・・」
「いつの間にか、自然と笑うようになって、
毎日が、何だか楽しくなって、
勉強も頑張るようになって・・・」
「それで、
フリースクールに通いながら、次の年にセンター試験を受け、
大学に入って、卒業して、就職して、
そうして、今に至る・・・って感じかな」
そこまで語って、
そのまま、少し余韻に浸っていると、
隣から、声が聞こえてきた。
「彼女さんとは、それから会えたの?」
私は、首を横に振った。
「ううん」
「そっか・・・」
「うん」
「・・・今も好きなの?」
「彼女のこと?」
「うん・・・」
私は、ゆっくりと息を吸い込み、
また吐き出していき、
そして、
少し間を置いてから、答えた。
「・・・いや、もう好きじゃない」
「え・・・」
少年の、驚いたような声が返ってきた。
私は、顔を俯ける。
「自分なりに、頑張ったんだけどね・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・そっか」
しばらくしてから、
少年の声が、静かに返ってきた。
私は、顔を俯けたまま、
それに・・・と言いかけ、口を噤んだ。
そのまま少しの間、
自分の足元にある暗い地面を、じぃっと見つめる。
やがて、顔をゆっくりと起こした。
前を見据えて、口を開く。
「でも・・・、
でも、この先、もし会えたらさ・・・」
「・・・」
「そしたら、
きっと、また私は彼女のことを好きになるよ。
もう一度、好きになるよ」
「うん!」
私は、空を仰ぎ見た。
数え切れないくらいの、たくさんの星たちは、
絵本の中の、赤い魚が見た夜空のように綺麗で美しく、
遥か遠くの、高いところで、
それぞれが精一杯に、優しく瞬いていた。




