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Summer Echo  作者: イワオウギ
12/289

12.ふたりで駅の近くまで戻ってきた

ふたりで駅の近くまで戻ってきた。

午前11時の、少し手前。

駅前のロータリーには、

大きな白い観光バスが停車している。

車体が、とても長い。

運転手とガイドが、トランクルームに頭を突っ込み、

互いに協力して、

黙々と、大きなザックを掻き出している。

夏の強烈な日差しとバスの排気熱で、とても暑そうだった。

周囲には、

その作業を見守る人だかりが出来ていた。

ザックが出され、それが路面に立てられるたび、

人だかりから持ち主が進み出て、

運転手たちにお礼を言って、ザックを受け取り、

そうして、

仲間と連れ立って、駅の方へと歩いて行く。


私は、辺りを見回した。

しかし、この近くのベンチは、

全て、

既に登山客らしき人たちが座っていた。

私は、

視線を僅かに起こして、少し離れた場所の左右を見渡す。

ロータリーの中心にある広場の、葉を茂らせた木々の向こうに、

ベンチが見えた。

長細い箱のような形状の、とても簡素なベンチ。

人はいない。


私は、自分の斜め後ろを振り向く。

少年が、

俯いたまま、立っていた。


「あそこのベンチに座ろう」


空のペットボトルで広場の方を指して、声をかけたが、

返事は無かった。

顔も上げない。

下を向いたまま。


「・・・行こう」


しばらく待ったのち、そう言って、

ひとり、

広場に向かって歩き出す。

途中、ロータリーの道路を横断しながら、

後ろを振り向くと、

少年は、

少し離れてはいたが、

トボトボと、ついて来ていた。

私は、

何も言わずに、顔を前に戻した。



ふたり並んで、ベンチに腰掛けた。

ここは、ちょうど木陰になっている。

涼しい。

近くには誰もいない。

観光客たちの騒ぎ声は、少し離れたところから聞こえてきている。


「チケット買ってくるからさ、ちょっとカバン見ていて」


私は、

そう言って立ち上がり、少年を見た。

カバンを置いていくことには、ちょっとだけ抵抗があった。

少年を見たまま、

少しの間、じっと待っていたが、

しかし、返事は無かった。


「ついでに、そのペットボトルも捨ててくるよ」


そう言って、

開いた手を差し出してみた。

やはり、返事は無かった。

少年は、

自分の腿の間に乗せた、空のペットボトルに目を向けたまま、

黙っている。


私は、小さく鼻息を漏らし、

少年の隣に、

再び、ゆっくりと腰を下ろした。

それから、

後ろに、ほんの少しだけ反り返って、

両手を頭の後ろで組み合わせて、

青々とした木々の向こうに覗く、タチヤマ駅の2階の窓に目を向ける。

あとは駅員にお願いしようかな・・・と、

そんなことを、ぼんやりと考えていた。


「・・・あの」


しばらくしてから、少年の声がした。

すぐさま、そちらに顔を向ける。


「ん?」


「僕もダムに行く」


やっぱり、と思った。


「でも、お金が・・・」


「お金は自分で出すから」


「いや、でも結構高いし・・・」


「どれくらい?」


少年は、

そう尋ねてから、私を見上げた。


「子供だと、往復で5000円くらいかなぁ・・・」


「じゃ、行く」


えっ、と驚く。

ただし、

それは顔に出さないようにした。


「・・・払えるの?」


「うん」


「5000円だよ?」


「うん」


「本当に?」


「うん」


「・・・ちょっと見せてみて」


少しだけ気が引けたが、

確認することにした。


「待ってて」


少年は、そう言って、

腿の間のペットボトルを脇に置き、ベンチを立ち上がると、

ズボンのポケットに右の手を()っ込んだ。

すぐに、

真っ赤な、がま口の財布が出てきた。

財布を両手で握り込んで持ち、

先端に付いている留め具の、小さな2つの玉に、

それぞれ、

裏から人差し指、表からは親指の腹を押し当て、

そのまま、ググッと力を入れていき、

パチン・・・と、口を開く。

すかさず、

その、開いた口に指を入れ、

中から、

小さく折り(たた)まれた、お札を取り出す。

それから、がま口の財布を、

右手の、中指以降の3本の指で抱えて持ち、

そのお札を、

両手の、残りの7本の指を使って、

器用にテキパキと開いていく。


「まず1000円ね」


少年は、そう言って、

折り目の付いた1000円札を、

ベンチの上に、バシッ・・・と叩きつけるように置いた。

すぐさま、

その次を取り出すべく、がま口に指を突っ込む。


私は慌てた。

頭の後ろで組んでいた手を、急いで(ほど)き、


「風で飛んじゃうから!」


と、少年を止めようとしたのだが、

少年は、私の方を見ずに、


「押さえといて」


とだけ言って、

折り畳まれた2枚目の紙片を、財布から取り出す。


参ったなぁ・・・。


ベンチの上に置かれたお札を、

私は、

指先で、そっと押さえると、

小さく、ため息をついた。



少年は、結局、

がま口の財布から、計8枚の1000円札を出した。


「まだ、お金がある」


少年が、そう言って、

がま口から、更に小銭を取り出そうとしたので、


「分かった分かった。疑って悪かった」


と、

すぐに、それを止めた。


「ちゃんとあったでしょ?」


「うん、ちゃんとあった。私が悪かった。

 だから早く、お札をしまって」


少年は鼻息を、

ふんっ、と強く漏らした。

そして、箱型のベンチに(またが)ると、

こちらを向いたまま、その腰を下ろした。


「指、浮かせて」


少年は、そう言うと、

私の指の下から、1000円札を1枚抜き取った。

ベンチの上で、

両手を使って、丁寧に折り畳んでいくと、

小さくなった紙片を、

また、がま口の中に戻す。


「・・・家出?」


3枚目を折り畳んでいるとき、訊いてみると、

少年は、動きを止めた。

しかし、その問いに答えることなく、

すぐにまた、お札を折り畳む作業を再開させた。


「いつから?」


「・・・」


答えない。

ただ黙々と、両手を動かしている。


「今朝?」


少年は、

しばらくしてから、手を止めた。


「・・・うん」


顔を上げずに、小さく返事をすると、

一呼吸置いてから、

少年は、

再び、お札を折り始めた。

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