119.「どんなところだったの?」
「どんなところだったの?」
声が聞こえてきた。
私は、顔をそちらに向ける。
「フリースクール?」
訊き返すと、
隣で体育座りをしていた少年は、
両膝を、更に深く抱え込んだ。
下を向いたままで、
小さな声で、
「・・・うん」
と頷く。
私は、そのまま少しだけ少年を見てから、
顔を正面に戻した。
再び、自分の過去を訥々と語り始める。
「そのフリースクールは、
私がネットで見付けたところだった」
「本当は、
私の母親が、いくつか紙に書いてくれたところから選ぶつもりだった。
・・・あ、紙ってのは、
ノートパソコンの差し入れがあったとき、一緒に入ってたメモ用紙のことね」
「そのメモ用紙に書かれていたフリースクールは、
でも、
ネットで調べてみると、どれもちょっと通いにくくてさ」
「家から比較的近い場所にあったり、
行く途中で、私が通っていた高校の生徒に鉢合わせしそうな場所にあったり、
都市部の中心の、人の多そうな場所にあったり、
電車を何回か乗り継いで、そのあとバスに乗る必要があったり・・・、
全部そんな感じだった」
「で、
他に良いところがないか、ネットで探してみたら、
1つだけ見付かったんだ」
「家から10km」
「自転車で、およそ40分の距離」
「ネットを使って、
その周辺の、空からの写真を確認すると、
フリースクールの建物は、
川の近くの、郊外の住宅地の中にあった」
「道端のところどころに畑や雑木林があるような、
そんな、長閑な雰囲気の場所だった」
「ここにしよう」
「そう思った」
「ただ、
ちょっとだけ気になる点があった」
「そのフリースクールのサイトは、
色々な大きさの、カラフルな文字だけで作られていた。
写真やイラストは全く載ってなくて、
何て言うか、
デザインが、インターネットが使われ始めたばかりの頃のように古臭くて、
そして、
お知らせの更新が、3年くらい前で止まっていたんだ」
「ここ、
まだ、やってるのかな・・・と心配した」
「それで、
念の為、他にも候補をいくつかネットでピックアップして、
それぞれ電話番号をメモしておいて、
そうして電話をかけたところが、そのフリースクールだったんだ」
「そこは、
タイル張りの、大きな2階建ての建物でね、
見た目は、とにかくボロかった」
「壁のタイルは、
ところどころに、角の欠け落ちたものが混じっていて、
全体的に煤けて、薄汚れていた」
「たくさんある窓の、それぞれのサッシは赤錆びていて、
ヒビ割れたガラスは、内側からガムテープで厳重に補強されていた」
「中の明かりも、
いつ行っても、ほとんど点いていなかった」
「端っこの部屋だけが、たまに点いているだけで、
あとは真っ暗だった」
「街の、あまり使われていない古い公民館だったんだ、
そこは」
「フリースクールは、
その公民館を利用させてもらって、開かれていたんだ」
「運営していたのは、主に4人のスタッフだった」
「白い髪に白いヒゲ、
いつもニコニコしている、恰幅の良い”クマ先生”」
「クマ先生の奥さんで、
同じくらい、いつもニコニコしていて、
同じくらい恰幅の良い”ガーコ先生”」
「大学を卒業したばかりくらいの、ショートヘアの女性で、
いつも赤いフレームの眼鏡をかけている、噂話やオカルトが大好きな”委員長”」
「当時の私と同じくらいの年齢の、ほっそりとした男性で、
物静かで無表情だけど、
機転が利き、面倒見も良い”リーダー”」
「クマ先生とガーコ先生は毎日いたけど、
委員長とリーダーは、ときどきいない日があった」
「そこに、
1週間に1度、
植木屋さんとか介護士さんとか、近所の俳句の先生とか、
とにかく様々な人を呼んで、講師をしてもらって、
そうして、
そういった臨時の先生や、いつもの4人のスタッフたちで、
日々のフリースクールの授業は行われていたんだ」
「ただ、授業とは言っても、
例えば、先生が教壇に立ってみんなの前で何かを教えるような、
そんな授業は、ほとんど無かった」
「フリースクールってさ、
どこもそうだと思うけど、色々な年齢の人がいるんだ」
「小学校低学年の人もいれば、
当時の私のような、高校生くらいの人もいる」
「だから、
国語とか算数とか社会とか、そういったものを勉強するときは、
各自で問題集を解いて、
分からないところがあったらスタッフの人に訊く・・・というスタイルだった」
「あとは、
みんなで折り紙をしたり、料理を作ったり、
映画を観て、その感想を言い合ったり、
外出して、
ボランティアの人たちと一緒に、街のゴミ拾いをしたり、
農家の人の手伝いをしたり、
近くにある山を登ったり、
そんな、課外授業みたいなものもあったし、
それに、
どちらかと言えば、
問題集を解く勉強よりも、こっちの課外授業の方が多かった」
「私は、
高卒認定試験や、その後のセンター試験の勉強があったけど、
それでも、
そういった課外授業には、よく顔を出していた」
「普通の勉強よりも、
私にとっては、こっちの方が必要だろうと思っていた」




