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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
119/292

119.「どんなところだったの?」

「どんなところだったの?」


声が聞こえてきた。

私は、顔をそちらに向ける。


「フリースクール?」


訊き返すと、

隣で体育座りをしていた少年は、

両膝を、更に深く抱え込んだ。

下を向いたままで、

小さな声で、


「・・・うん」


と頷く。


私は、そのまま少しだけ少年を見てから、

顔を正面に戻した。

再び、自分の過去を訥々(とつとつ)と語り始める。



「そのフリースクールは、

 私がネットで見付けたところだった」


「本当は、

 私の母親が、いくつか紙に書いてくれたところから選ぶつもりだった。

 ・・・あ、紙ってのは、

 ノートパソコンの差し入れがあったとき、一緒に入ってたメモ用紙のことね」


「そのメモ用紙に書かれていたフリースクールは、

 でも、

 ネットで調べてみると、どれもちょっと通いにくくてさ」


「家から比較的近い場所にあったり、

 行く途中で、私が通っていた高校の生徒に(はち)合わせしそうな場所にあったり、

 都市部の中心の、人の多そうな場所にあったり、

 電車を何回か乗り継いで、そのあとバスに乗る必要があったり・・・、

 全部そんな感じだった」


「で、

 他に良いところがないか、ネットで探してみたら、

 1つだけ見付かったんだ」


「家から10km」


「自転車で、およそ40分の距離」


「ネットを使って、

 その周辺の、空からの写真を確認すると、

 フリースクールの建物は、

 川の近くの、郊外の住宅地の中にあった」


「道端のところどころに畑や雑木林があるような、

 そんな、長閑(のどか)な雰囲気の場所だった」


「ここにしよう」


「そう思った」


「ただ、

 ちょっとだけ気になる点があった」


「そのフリースクールのサイトは、

 色々な大きさの、カラフルな文字だけで作られていた。

 写真やイラストは全く載ってなくて、

 何て言うか、

 デザインが、インターネットが使われ始めたばかりの頃のように古臭くて、

 そして、

 お知らせの更新が、3年くらい前で止まっていたんだ」


「ここ、

 まだ、やってるのかな・・・と心配した」


「それで、

 念の為、他にも候補をいくつかネットでピックアップして、

 それぞれ電話番号をメモしておいて、

 そうして電話をかけたところが、そのフリースクールだったんだ」



「そこは、

 タイル張りの、大きな2階建ての建物でね、

 見た目は、とにかくボロかった」


「壁のタイルは、

 ところどころに、角の欠け落ちたものが混じっていて、

 全体的に(すす)けて、薄汚れていた」


「たくさんある窓の、それぞれのサッシは赤錆びていて、

 ヒビ割れたガラスは、内側からガムテープで厳重に補強されていた」


「中の明かりも、

 いつ行っても、ほとんど点いていなかった」


「端っこの部屋だけが、たまに点いているだけで、

 あとは真っ暗だった」


「街の、あまり使われていない古い公民館だったんだ、

 そこは」


「フリースクールは、

 その公民館を利用させてもらって、開かれていたんだ」



「運営していたのは、主に4人のスタッフだった」


「白い髪に白いヒゲ、

 いつもニコニコしている、恰幅(かっぷく)の良い”クマ先生”」


「クマ先生の奥さんで、

 同じくらい、いつもニコニコしていて、

 同じくらい恰幅の良い”ガーコ先生”」


「大学を卒業したばかりくらいの、ショートヘアの女性で、

 いつも赤いフレームの眼鏡をかけている、噂話やオカルトが大好きな”委員長”」


「当時の私と同じくらいの年齢の、ほっそりとした男性で、

 物静かで無表情だけど、

 機転が利き、面倒見も良い”リーダー”」


「クマ先生とガーコ先生は毎日いたけど、

 委員長とリーダーは、ときどきいない日があった」


「そこに、

 1週間に1度、

 植木屋さんとか介護士さんとか、近所の俳句の先生とか、

 とにかく様々な人を呼んで、講師をしてもらって、

 そうして、

 そういった臨時の先生や、いつもの4人のスタッフたちで、

 日々のフリースクールの授業は行われていたんだ」



「ただ、授業とは言っても、

 例えば、先生が教壇に立ってみんなの前で何かを教えるような、

 そんな授業は、ほとんど無かった」


「フリースクールってさ、

 どこもそうだと思うけど、色々な年齢の人がいるんだ」


「小学校低学年の人もいれば、

 当時の私のような、高校生くらいの人もいる」


「だから、

 国語とか算数とか社会とか、そういったものを勉強するときは、

 各自で問題集を解いて、

 分からないところがあったらスタッフの人に訊く・・・というスタイルだった」


「あとは、

 みんなで折り紙をしたり、料理を作ったり、

 映画を観て、その感想を言い合ったり、

 外出して、

 ボランティアの人たちと一緒に、街のゴミ拾いをしたり、

 農家の人の手伝いをしたり、

 近くにある山を登ったり、

 そんな、課外授業みたいなものもあったし、

 それに、

 どちらかと言えば、

 問題集を解く勉強よりも、こっちの課外授業の方が多かった」


「私は、

 高卒認定試験や、その後のセンター試験の勉強があったけど、

 それでも、

 そういった課外授業には、よく顔を出していた」


「普通の勉強よりも、

 私にとっては、こっちの方が必要だろうと思っていた」

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