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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
113/294

112.ふと気づくと

ふと気づくと、

赤い魚は、(よる)の空を(およ)いでいました。

(くも)は、ひとつも見()たりません。

まっ(くら)な空に、(ひか)(かがや)(すな)ツブをたっぷりと()りまいたような、

そんな、途方(とほう)もない(うつく)しい(ほし)の空が、

赤い魚の見ている先の、すべての場所(ばしょ)(ひろ)がっていました。

右も左も、上も下も、(うし)ろを()(かえ)っても、

赤い魚の(まわ)りは全部(ぜんぶ)そうでした。

(ほし)いっぱいの夜空(よぞら)でした。

夜空(よぞら)は、

(ふか)く、()てしなく、どこまでも(つづ)いているようでした。


(しず)かでした。

魚たちの(こえ)も、(しお)(なが)れる音も、

そればかりか、自分(じぶん)(およ)ぐ音すらも()こえませんでした。

ひっそりとしています。

赤い魚は、

そうした中、1ぴきで(およ)いでいます。

自分(じぶん)以外(いがい)、だれもいないようです。


(ここは、どこだろう?。

 ワタシ、どこを目指(めざ)しているのだろう?。

 そもそも、いつから(およ)いでいるのだろう?。

 みんな、どこに()ったのだろう?)


そうした疑問(ぎもん)が、ちょっと(あたま)をよぎりましたが、

でも、すぐに(わす)れてしまいました。

赤い魚は、

(ほし)たちの(うみ)の中を、

気分(きぶん)よさそうに、1ぴきでスイスイと(およ)いでいきます。



しばらくして、

(およ)ぐのに()きた赤い魚が、

前方(ぜんぽう)(ひろ)がる、きれいな星空(ほしぞら)(なが)めて休んでいると、

そのずっと手前(てまえ)の、すぐ(ちか)くの場所(ばしょ)に、

小さくて白い、(ひかり)(ほし)(あらわ)れました。


(なん)だろう?)


(だま)って見ていると、

(ひかり)(ほし)は、(きゅう)に右へと(うご)き出しました。

(ほし)自身(じしん)(とお)った(あと)を、その()にキラキラと(のこ)しつつ、

(おく)(ほう)へと徐々(じょじょ)()きを()えていきながら、

スイーっと(すべ)るように(うご)いていき、

そのまま(すべ)っていき、そのまま()がっていき、

()こう(がわ)今度(こんど)は左へ(すす)み、

まだまだ()がっていき、

やがて、こちらへと()かってきて、

(もど)ってきて、

そうして、

赤い魚の目の(まえ)をふたたび右へ(すす)んでいって、スタート地点(ちてん)にたどり()くと、

その瞬間(しゅんかん)

(ひかり)(ほし)は、パッと()えてしまいました。

赤い魚の(まえ)には、

(ひかり)(ほし)(えが)いていった、キラキラの大きな()っかだけが(のこ)されています。


(すこ)しの(あいだ)、じっと様子(ようす)をうかがっていた赤い魚は、

やがて、

そのキラキラの()っかに、さらに(ちか)づいていきました。

口先で、つんつんしてみます。

しかし、感触(かんしょく)はありませんでした。

そのまま(とお)()けてしまいます。


赤い魚は、

(ため)しに、()っかの(せん)沿()って(およ)いでみることにしました。

ぐるっと1(しゅう)してきます。

そうすると、()っかは()えてしまいました。

そして、

赤い魚の目の(まえ)に、ふたたび(ひかり)(ほし)(あらわ)れ、

キラキラを(のこ)しつつ(おく)へと(すべ)り出し、

すぐさま左へ()がり、どんどん()がり、

そうして、

ちっちゃな()っかを(えが)いて1(しゅう)してきて、また(うし)ろから(もど)ってきましたが、

(ひかり)(ほし)は、そのまま赤い魚を()()していき、

さらに(なん)(しゅう)(まわ)って、

それで、ようやく()えました。

赤い魚は、

ちょっと(かんが)えたあと、また(およ)(はじ)めます。


(しゅう)しても、(おも)ったとおり()っかは()くなりませんでした。

それから4(しゅう)(まわ)ると、

そのちっちゃな()っかは()えました。

(ひかり)(ほし)が、目の(まえ)(あらわ)れます。

キラキラの(せん)(のこ)しつつ、今度(こんど)真上(まうえ)にまっすぐ上っていき、

()まった・・・と(おも)ったら、

その、()いたばかりのキラキラの(せん)(まわ)りをクルクル(まわ)りながら徐々(じょじょ)に下りてきて、

そして、

(もと)場所(ばしょ)(もど)ってきて、(ほし)はそこで()えました。


赤い魚は、(かお)を上へ()けました。

(せん)をたどって、一気に上っていきます。

テッペンに()くと(よこ)()き、

そのまま(いきお)いよくクルクルと(まわ)りつつ、(せん)からちょっとだけ(はず)れながら、

(いそ)いで下りてきました。

期待(きたい)()ちた目をして、(つぎ)()っています。


しかし、

いくら()ってみても、(ひかり)(ほし)(あらわ)れませんでした。

キラキラの(みち)(のこ)されたままでした。


赤い魚は、

(かお)をちょっと(よこ)(かたむ)けました。

(かんが)えています。

そうして、

ちょっとしてから、(かたむ)けていた(かお)をゆっくりと(もど)すと、

キラキラの(みち)を見上げて、

ふたたび、そのまま上へと(およ)ぎ出しました。

テッペンにたどり()くと、

今度(こんど)(せん)から(はず)れないように注意(ちゅうい)して、

ていねいに、ゆっくりクルクルと下りていきます。


キラキラの(せん)は、

(おも)ったとおり、パッと()くなりました。

同時(どうじ)に、

目の(まえ)に、また(ひかり)(ほし)(あらわ)れ、

(うご)き出し、

(あたら)しい()っかを(えが)いて、すぐに()えていきます。

赤い魚は、

()ビレを(つよ)()って、()()って(およ)ぎ出します。



そこは、

物音(ものおと)ひとつ()こえない、

しん・・・と(しず)まり(かえ)った、(うつく)しい夜空(よぞら)世界(せかい)でした。

どこまでも(ひろ)がる、はてしない(ほし)たちの(うみ)でした。

そのまん中で、ちっぽけな(からだ)の赤い魚は、

(ひかり)(ほし)と、その(ひかり)(ほし)(のこ)していくキラキラの(せん)(みちび)かれ、

1ぴきで、ただ黙々(もくもく)(およ)(つづ)けます。

何周(なんしゅう)も、何周(なんしゅう)も、

クルクル、クルクルと、

いっしょうけんめい、せっせと(まわ)(つづ)けています。




「どうしたの?」


ふいに、(こえ)()こえました。

上の(ほう)からです。

赤い魚は、

(およ)ぐのをやめ、そちらを見上げました。


星空(ほしぞら)をバックに、

ぽおっと(ひか)る、1ぴきの魚がいました。

全身(ぜんしん)まっ白で、目はありません。

のっぺらぼうの(かお)をこちらに()けたまま、

上から、じっと様子(ようす)をうかがっています。


「はじめまして」

赤い魚が、あいさつをしました。

白い魚は、(かお)(よこ)(かたむ)けました。

口を(ひら)きます。

「また、キミの()間違(まちが)い?」


赤い魚は、

すぐさま(かお)を左右に()りました。

「ううん、()間違(まちが)いじゃないわ。

 ワタシ、

 あなたと()うの、(はじ)めてだもの。

 どなたかしら?」


白い魚は、

ちょっと不機嫌(ふきげん)そうな(こえ)になって()いました。

「どなた・・・って、ひどいなぁ。

 (よる)(うみ)をいっしょに(およ)いで、あんなに(あそ)(まわ)ったじゃないか。

 きょうだって(あさ)まで(あそ)んでたでしょ?。

 (わす)れたの?」


赤い魚は、

白い魚の、のっぺらぼうの(かお)を、

あらためて、じぃっと見てみました。

そして、

(すこ)ししてから()いました。

「・・・やっぱり、ワタシ、

 あなたと()うの(はじ)めてだわ。

 だって、

 あなたの(かお)に見(おぼ)えがないし、

 それに、

 その(こえ)だって()(おぼ)えがないもの」


白い魚は、

ますます不機嫌(ふきげん)そうな(こえ)になって、()いました。

「ボクの(こえ)()(おぼ)えがないのは、そっちが()こえないからでしょ。

 まったく、

 あんなにがんばって、しゃべったのにさ・・・」


赤い魚は、大きな目をパチクリさせました。

「え?、()こえない?。

 でもワタシ、

 (いま)、ちゃんと()こえてるよ?」


「そんなの()らないよ。

 ()こえない・・・って、あのときのキミは(たし)かにボクに()った。

 すっごくガッカリしたんだから」


「・・・そうなの?」


「うん」


「ごめんなさい、(おぼ)えてないわ・・・」


「・・・まぁ、その(はなし)はもういいや。

 それよりもさ、どうしたの?」


赤い魚は、キョトンとしました。

「え?。

 どうしたの・・・って?」


白い魚は(こた)えました。

「キミの(こえ)()こえたんだ。

 (たす)けて、って」


「?、(たす)けて?。

 ワタシ、そんなこと()ったかしら・・・」

赤い魚は、

見上げていた視線(しせん)を、さらに上げました。

白い魚の(あたま)の上の、はるか(とお)くに(ひろ)がる星空(ほしぞら)に目をやりつつ、

ちょっとの(あいだ)(かんが)えてみます。


でも、(おも)い出せませんでした。

()たりがありません。

そうして、それどころか、

自分(じぶん)には、(むかし)記憶(きおく)がまったくないことに気がつきました。

(おも)い出せることと()えば、

(ほし)(うみ)を1ぴきで(およ)いでいたことと、

小さな(ひかり)(ほし)(みちび)かれて、

この(あた)りを、クルクルと(およ)(まわ)っていたことだけです。


(ワタシは、だれなんだろう?。

 どうして、こんなところに1ぴきでいるんだろう?)

赤い魚は、

ぼんやりと、そんなことを(かんが)(はじ)めました。


白い魚が、

やがて、口を(ひら)きます。

(なん)でもないのなら、ボクはそれでいいんだ。

 ・・・じゃあ、もう(かえ)るよ」

そう()った白い魚は、

自分(じぶん)のバックに(ひろ)がる(ほし)(うみ)()(かえ)り、(およ)ぎ出しました。

その瞬間(しゅんかん)


()って!」


赤い魚は大きな(こえ)を出し、白い魚を()()めました。

どうしてか・・・は、わかりません。

白い魚の(うし)姿(すがた)を目にした途端(とたん)

心が、キュウ・・・っと()()けられ、

すぐに不安(ふあん)がこみ上げてきて、

いっぱいいっぱい、こみ上げてきて、

気づいたときには、

もう、

その言葉(ことば)が、勝手(かって)に口から出ていたのです。


白い魚は、すぐさま(およ)ぐのをやめました。

(うし)ろを()(かえ)って、赤い魚に(たず)ねます。

「なに?、どうしたの?」


赤い魚は、

口を小さく()けたままで、ぼう(ぜん)としています。

でも、ハッと(われ)(かえ)ると、

上にいる白い魚に()かって、あわてて()(かえ)しました。

「え?。えっと・・・、なに?。

 どうしたの?」


白い魚は、あきれました。

「それはこっちのセリフだよ。

 (いま)、キミはボクを()()めたじゃないか。

 ()って・・・ってさ。

 (なに)用事(ようじ)があって、それで()()めたんじゃないの?」


「いや・・・、

 えっと、あの・・・、」

口ごもってしまった赤い魚は、

()()いてから、(かお)徐々(じょじょ)にうつむけていき、

そうして、小さめの(こえ)で、

「ごめんなさい、(なん)でもないの・・・」

と、ちょっと(さび)しそうに(あやま)りました。


白い魚は、

下でうなだれている赤い魚の(ほう)(かお)()けたまま、

(たか)いところで、じぃっとしていましたが、

しばらくすると、

(しず)かに、ゆっくりと下りていきました。

赤い魚に(ちか)づいていき、

うなだれている、その様子(ようす)を、

そうっと、うかがうと、

すぐに()をひるがえし、(うし)ろへ()(なお)しました。

()こうを()いたまま、赤い魚に(たず)ねます。

「ねぇ、

 さっきまで、ここで(なに)をしていたの?」


「・・・」


「ねぇったら。

 ・・・()いてるの?」


赤い魚は、(われ)(かえ)りました。

(かお)をあわてて上げました。

「え?、なに?。

 (いま)、なんか()った?」


白い魚は、

()こうを()いたまま、(こた)えました。

「うん、()ったよ。

 さっきまで、ここで(なに)をしていたの?・・・って」


「あ、ダンスの練習(れんしゅう)

 ワタシ、ダンスの練習(れんしゅう)を・・・」

口から勝手(かって)に、

また、言葉(ことば)が出ていました。


白い魚は、さらに(たず)ねました。

「ダンス?。

 あれは、ダンスの練習(れんしゅう)だったの?」


「・・・」


「・・・どうしたの?」

そう()いた白い魚は、赤い魚を()(かえ)ります。

赤い魚は、

(すこ)()()いて、

その(かお)を、(しず)かに左右に()りました。

そうして、

「ううん、(なん)でもないの」

()って、(かお)をうつむけ、

()え入りそうな弱々(よわよわ)しい(こえ)で、

(なん)でもないの・・・」

と、(おな)言葉(ことば)をまたくり(かえ)しました。


()(かえ)ったままだった白い魚は、

赤い魚をじぃっと見たあと、

(かお)を、ゆっくりと(まえ)(もど)しました。

()()いた(こえ)で、また(たず)ねます。

「ねぇ、

 ボクも、やってみていい?」


「・・・え?」


「ボクも、やってみていい?」


「えっと・・・、(なに)をするの?」


「ダンスの練習(れんしゅう)。おもしろそうだから」


「あ、

 うん、いいよ・・・」


「この、大きな()っかの(せん)沿()って(およ)げばいいんだよね?」


「うん・・・」


(まわ)って1(しゅう)したら・・・、(つぎ)はどうするの?」


「うん・・・」


「いや、

 うん・・・だけじゃ、ボクわからないよ。

 (つぎ)は、どうしたらいいの?」


「うん・・・」


「ちょっと、・・・()いてる?」


「うん・・・」


「・・・」


「うん・・・」


「・・・ボク、

 (いま)からダンスの練習(れんしゅう)してくるよ」


「うん・・・」


そう()われた白い魚は、

けれども、なかなか(およ)ぎ出そうとしませんでした。

(まえ)()いたまま、じっとしています。

でも、

(すこ)ししてから()ビレを大きく()ると、

そのまま、自分(じぶん)正面(しょうめん)(つづ)()っかの(せん)沿()って(およ)ぎ出しました。

赤い魚は、

ちょっと(おく)れて、(かお)を下に()けていきました。

(ワタシ、

 いったい、どうしちゃったんだろう・・・)



「ねぇ。

 ・・・ねぇったらー!。

 おーい!」

白い魚の大きな(こえ)が、(はな)れたところから()こえてきました。

赤い魚はハッとして、

あわてて(かお)を上げ、()いました。

「え?。

 あ、どうしたのー?」


「キラキラの()っか、途中(とちゅう)(きゅう)()えちゃってさー。

 で、()わりに、

 この、ちっちゃな()っかが(あらわ)れたんだけど、

 今度(こんど)は、これを(まわ)ればいいのー?」


「あ、うん。

 (つぎ)は、それを(まわ)るのー」


「わかったー」


「あ!、ちょっと()ってー」


「え?。なにー?」


「それ、

 1(しゅう)じゃなくて、5(しゅう)だからー」


「あー。

 だから、さっき(ほし)(なん)(しゅう)(まわ)ってたのかぁ・・・」


「そう。

 あと、()きもあっ――」

()ってるー。こっちでしょー?」

白い魚は、

赤い魚の(こえ)途中(とちゅう)でさえぎると、

()ビレを()って、元気(げんき)よく(およ)(はじ)めました。

クルリ、クルリ・・・と、

左に小さく(まわ)(つづ)けています。

赤い魚の心が、

また、

キュウ・・・っと()()けられました。


(しゅう)(まわ)()えた白い魚は、

その()

真上(まうえ)()びたキラキラの(せん)をたどって、(たか)(たか)く上っていきます。

そうして、テッペンに()くと、

今度(こんど)は、うずを()くように小回(こまわ)りしながら下りてきて、

(つぎ)は、

また目の(まえ)(あらわ)れた大きな()っかに沿()って、そのまま(およ)ぎ出します。


白い魚が、

突然(とつぜん)(およ)ぐスピードを上げました。

その(いきお)いのまま、

宙返(ちゅうがえ)りを、グルン、グルン・・・とくり(かえ)しています。

それが()わると、

スピードをゆるめ、ふつうに(およ)ぎ出しましたが、

でも、(すこ)しすると、

(なか)を上にして、仰向(あおむ)けになりました。

ときおり()ビレだけを(うご)かして、のんびりと(およ)いでます。

そのまま、キラキラのコースを大きく(はず)れていきます。

気にしません。

(なに)かの(うた)を口ずさみながら、気()ちよさそうにしています。


しばらくして、(うた)うのをやめた白い魚は、

ふたたび、お(なか)を下にすると、

キラキラの()っかのところに(もど)ってきました。

(せん)の左右を()ったり()たり、フラフラしながら、

そして、

その合間(あいま)に、ときどき宙返(ちゅうがえ)りを(はさ)みながら、

自由(じゆう)気ままに、(おも)うがままに(およ)いでいます。


白い魚は、そうして、

コースを途中(とちゅう)何度(なんど)(はず)れながらも、

円をぐるっと1(しゅう)して(かえ)ってきましたが、

キラキラの()っかは、

なぜか、パッと()くなりました。

すぐに(ひかり)(ほし)(あらわ)れ、

(つぎ)のコースを(えが)いたあと、()えていきます。

白い魚は(かお)を上げ、左にクルリと(まわ)りました。

機嫌(きげん)様子(ようす)()ビレを()って、

また、さっそうと(およ)ぎ出します。


きらめく(ほし)たちの(うみ)をバックに、

1ぴきで(たの)しそうに(およ)(まわ)っている白い魚。

赤い魚は、その白い魚の姿(すがた)を、

(しず)かに、じぃっと見ています。

白い魚が右に()けば右を()き、

左に()けば左を()き、

(たか)く上がっていけば、それに()わせて上を()いていき、

下に(もど)ってくれば、それに()わせて(かお)(もど)していき・・・。

そうして、

まるで、見えない糸に()かれているかのように(かお)(うご)かし、

白い魚の姿(すがた)()っています。

(ひろ)夜空(よぞら)()めつくす、きれいな(ほし)たちも、

次々(つぎつぎ)(えが)かれるキラキラの(せん)も、

赤い魚の、その大きな2つの目には(うつ)っていません。

白い魚の(およ)姿(すがた)だけを()っています。

片時(かたとき)も目を(はな)すことなく、

ずっと()(つづ)けています。



白い魚が(もど)ってきました。

ぼーっとした様子(ようす)の赤い魚に(たず)ねます。

「ボクのダンス、どうだった?」


「・・・」


「ねぇ、どうだった?」


「・・・」


「ぼーっとしてないで(こた)えてよ」


「・・・」


「ねぇってば」


「・・・」

赤い魚は、

その(かお)を、ゆっくりとうつむけました。

そのまま、じっとしています。

白い魚は、ちょっと心配(しんぱい)そうに(たず)ねました。

「・・・ボクのダンス、

 もしかしてダメだった?」


赤い魚は、

(かお)を左右に()って、白い魚に()いました。

「ううん、そうじゃないの。

 あなたのダンスは()き。

 でもね・・・、

 あなたのダンスを見ていると、なぜか()らないけど心が(いた)くなってしまうの。

 (くる)しくなってしまうの」


「・・・え?」


「あのね、

 あなたのこと、全然(ぜんぜん)(おも)い出せないんだけどね・・・、

 でも、たぶん、

 ワタシ、

 あなたといっしょにいたいんだと(おも)うの。

 あなたの(よこ)(なら)んで、

 それで、

 すっといっしょに(およ)いでいたいんだと(おも)うの」


「・・・」


「たぶん・・・、たぶんだけどね、

 きっとワタシ――」

「ボク・・・、

 ボク、そろそろ(かえ)らなきゃ!」


「え?」

赤い魚は、(かお)を上げました。

白い魚は、

いつの()にか()こうを()いていました。

そうして、

「・・・これ以上(いじょう)ここにいると、

 ボク・・・」と()って、その(かお)をうつむけました。


「え?。

 ・・・あの、どうしたの?」


「・・・」


「ねぇったら」


「・・・じゃあね」

白い魚は、そう()うなり(かお)を上へ()けました。

()ビレを大きく()って、(いきお)いよく(およ)ぎ出します。


()って!」

赤い魚も、すぐに()ビレを()って()おうとしました。

でも、ダメでした。

できませんでした。

(からだ)が、ちっとも(まえ)(すす)んでくれないのです。

赤い魚は、自分(じぶん)()ビレを()(かえ)りました。


大きく()けていました。


赤い魚は、すぐに(まえ)()(なお)しました。

()けている()ビレを()(つづ)けます。

力の(かぎ)り、いっしょうけんめい()(つづ)けます。

「お(ねが)い、()って!。

 ワタシを()いて()かないで!。

 もう、1ぴきにしないで!」


ヒカリの魚の姿(すがた)は、

けれども、どんどん小さくなり、

(とお)()こうへと(はな)れていきます。

赤い魚の(からだ)は、

やがて、

見えない(なに)かによって、(うし)ろへと(つよ)()()られ(はじ)めました。

ゆっくり、ゆっくりと、

下に(しず)んでいきます。

(すこ)しすると、

そのずっと下の、夜空(よぞら)(そこ)に、

もや(・・)のような(ふか)(やみ)が、ほんのちょっと(あらわ)れました。

それは、モウモウと大きく(ふく)れ上がっていき、

夜空(よぞら)をグングンかけ上がっていき、小さな(ほし)たちを次々(つぎつぎ)一瞬(いっしゅん)()みこんでいき、

すぐさま(すべ)ての(ほし)()え、見えなくなり、

ヒカリの魚も見えなくなり、

(なに)もかもが見えなくなり、

まっ(くら)(やみ)の、(しず)かな(よる)世界(せかい)には、

いっしょうけんめい()ビレを()(つづ)ける、小さな赤い魚だけが()(のこ)され、

そして・・・。

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