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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
110/292

110.朝

(あさ)

赤い魚は、

太陽(たいよう)(あか)るく()らす海底(かいてい)の、まっ白い(すな)の上で(よこ)になって、

スヤスヤと(ねむ)っていました。

()(がた)に、ヒカリの魚が月へと(かえ)っていったのを見(とど)けたあと、

すぐに、この場所(ばしょ)(もど)ってきて、

大会(たいかい)(まえ)の、最後(さいご)練習(れんしゅう)をしていたのですが、

()不足(ぶそく)のためか、

途中(とちゅう)で、いつの()にか(ねむ)ってしまったのです。


(しず)かに寝息(ねいき)をたてている赤い魚の上を、

ヒラヒラとした(なが)()ビレの、黄色(きいろ)い魚たちが、

おしゃべりをしながら(とお)()ぎていきます。

「そう()えば、

 ダンス大会(たいかい)会場(かいじょう)(あるじ)さまの(いえ)(まえ)だって?」


「そうそう。

 あそこ、(まわ)りに大きな(いわ)がたくさん(ころ)がってるから気を()けないとね」


「えー。ちゃんと(おど)れるのー?。

 ダンスの最中(さいちゅう)に、(いわ)にぶつかったりしない?」


「いちおう、(あるじ)さまの(いえ)(まえ)だけは広々(ひろびろ)としているから、

 だいじょうぶだとは(おも)うけど・・・」


()こうに()いたらさ、(かる)(およ)いでチェックしようよ。

 大会(たいかい)(はじ)まるのはお(ひる)だから、

 まだ、時間(じかん)はたっぷりとあるでしょ?」


「そうね、それがいいわね。

 でも、

 きっと、(ほか)のみんなもチェックのために(およ)(まわ)っているだろうから、

 (わたし)たちは、なるべく()いてる時間(じかん)にしましょ。

 ()()いて、ゆっくりと(たし)かめたいわ」


(ほか)のみんなは、どんなダンスを(おど)るんだろう?。

 大会(たいかい)(たの)しみだなぁ」


「そうね、(たの)しみね」



(あた)りが、(すこ)(くら)くなってきました。

(うみ)(そこ)を、(つめ)たい(しお)(なが)れ、

()ている赤い魚の(かお)を、

そっと、なでていきます。

赤い魚は、口をムニャムニャと(うご)かし、

そのまま(すこ)しの(あいだ)、気()()さそうにまどろんでいましたが、

やがて、ハッ・・・と目を()ましました。

あわてて空を(たし)かめます。


どんよりとした(はい)色の(くも)が、

空の一面(いちめん)を、(ひろ)くおおっていました。

まっ(くら)ではありません。

まだ、(よる)ではないようです。

しかし、

正確(せいかく)時間(じかん)は、まったく()かりません。

(あさ)なのか、(ひる)なのか、

それとも、もう夕方(ゆうがた)になってしまったのか、

まったく()かりません。


赤い魚は、空を見上げるのをやめると、

すぐさま、海底(かいてい)を力いっぱいけとばし、

会場(かいじょう)を目()して、

いっしょうけんめい、ポンポンと(およ)(はじ)めました。



だんだんと、会場(かいじょう)が見えてきました。

でも、だれも見()たりません。

ひっそりとしています。


(あぁ、やっぱり()()わなかったんだわ。

 ワタシ、どうして・・・)


(ねむ)ってしまったことを後悔(こうかい)しつつ、会場(かいじょう)(ちか)づいていくと、

その会場(かいじょう)の、

広々(ひろびろ)とした砂地(すなち)片隅(かたすみ)にポツンとある(いわ)から、カニが1ぴき出てきました。

両手(りょうて)のハサミを、(あたま)の上で左右に()っています。

「おーい、そこの赤いの。

 もしかして、ダンス大会(たいかい)()たんかー?」


「え?。あ、はい。

 でもワタシ、寝坊(ねぼう)しちゃったみたいで・・・」


寝坊(ねぼう)?。

 あぁ、もっと早くに()予定(よてい)だったんか?」


「・・・はい、そうです。

 せっかく、あんなに練習(れんしゅう)したのに・・・」

赤い魚は、

そう(こた)えて、うなだれました。

カニが、

そんな赤い魚のところまで(ある)いてきて、(たず)ねます。

練習(れんしゅう)?、(なん)練習(れんしゅう)?。

 場所(ばしょ)()りの練習(れんしゅう)?。

 それとも、応援(おうえん)練習(れんしゅう)?」


赤い魚は、(かお)を上げました。

「え・・・、

 いや、ダンスの練習(れんしゅう)ですけど・・・」


「だったら、(なん)でアンタはガッカリしてるんだ?」

カニが、そう()うと、

赤い魚は、キョトンとしました。

(なん)で・・・って、

 だって、

 もう大会(たいかい)()わってしまったんでしょ?」


それを()いた途端(とたん)

カニは、(こえ)を上げて(わら)(はじ)めました。

()わってないし、まだ(はじ)まってもいないよ。

 いい場所(ばしょ)()れそうになくて、それでガッカリしてるのかと(おも)ったら・・・」

そう()って、

両手(りょうて)のハサミでお(なか)(かか)えて、(わら)(つづ)けています。


「え?、()わってない?。

 だって・・・、だって、

 ほら、ここにはあなた以外(いがい)に、だれも・・・」

赤い魚は、

そう()いながら、(あた)りを見(まわ)します。

(うみ)の生き(もの)たちは、

自分(じぶん)たち以外(いがい)に、やはり1ぴきも見()たりません。


「あぁ、あぁ、すまない。

 あまりにもおかしかったものだから、つい・・・、」

(なん)とか(わら)いをこらえたカニは、さらに(つづ)けました。

「きのうの(よる)

 (あるじ)さまの古傷(ふるきず)が、(きゅう)(いた)みだしてしまってね。

 けさになっても、その(いた)みが(おさ)まらなくて、

 それで、

 ダンス大会(たいかい)会場(かいじょう)、きゅうきょ変更(へんこう)になったんだ。

 (あるじ)さまの(いえ)(まえ)だよ。

 ほら、あっち」

そう()って、

カニは、ハサミを(よこ)()けました。


赤い魚も、(かお)をそちらへ()けます。

(とお)くの(ほう)岩場(いわば)があって、

そこに、ひときわ大きな(いわ)がそびえ立っていて、

その大きな(いわ)(ちか)くを、

色とりどりの、様々(さまざま)な魚たちが、

せっせと、あっちこっちに(およ)(まわ)っています。

ダンスのリハーサルを、

みんな、いっしょうけんめい(おこ)なっているようでした。


「まぁ!、ホントだわ!。()かったぁ・・・」

赤い魚は、

ホッとした様子(ようす)で、そう()うと、

カニの(ほう)()き、

笑顔(えがお)()かべて、(あか)るい(こえ)で、

(おし)えてくれて、ありがとう!」

と、お(れい)()いました。


そうして、

また、(あるじ)(いえ)(ほう)()(なお)すと、

そのまま、

海底(かいてい)をけとばし、(およ)ぎ出しました。


「あ!、ちょっと()って!」

カニが、あわてて()()めました。


「え?。・・・あ、はい、

 なんでしょう」

すぐに()まった赤い魚は、

(うし)ろを()()き、()(かえ)しました。


カニが()いました。

「アンタ、

 もしかして自由(じゆう)(およ)げないのかい?」


「・・・はい」

赤い魚が、

うつむいて、小さな(こえ)返事(へんじ)をすると、

カニは、

ハサミを()ち上げて、()いました。

「だったら、

 ちょっと(とお)(まわ)りになるけど、あっちの(ほう)から()きなよ。

 ほら、あそこに(たに)があるだろ?。

 かなり(ふか)いんだけど、

 でも、

 あっちの(ほう)()けば、石の(はし)()かっていて、

 上を(わた)れるようになってるんだ。

 オイラも、

 けさ、そこを(とお)ってきたんだ」


「え?。

 あ、はい、ありがとうございます!。

 (たす)かります!」

パッと笑顔(えがお)になった赤い魚は、

(れい)()って、(あたま)を下げました。

そして、

(おし)えてもらった(はし)(ほう)()(なお)し、

ポンポン・・・と、

リズムよく海底(かいてい)をけって、ご機嫌(きげん)様子(ようす)(およ)いでいきました。

カニは、

その、赤い魚の(うし)姿(すがた)()かってハサミを()ると、

(いわ)カゲに、

また、すごすごと(もど)っていきました。

「あぁ、

 ダンス大会(たいかい)、オイラも見物(けんぶつ)したかったなぁ・・・。

 どうしてグーなんか出しちゃったんだろ・・・」



カニに(おし)えてもらった(はし)(わた)って、(たに)()え、

コンブたちの森を()け、

しばらく()くと、

(あた)りが岩場(いわば)になり、

そして、

だんだんと、にぎやかになってきました。

(うみ)の生き(もの)たちが、たくさんいます。


上の(ほう)では、

オレンジ色の小さな魚たちが、

30ひき以上(いじょう)で、わいわい自由(じゆう)(およ)(まわ)っていて、

それを、

ちょっと(はな)れた場所(ばしょ)で、

(おな)(からだ)の色をした、大きな魚たちが、

(たの)しそうに(はなし)をしつつ、見(まも)っています。


(いわ)のテッペンを見上げると、

カラフルな(からだ)のウミウシが、3ひきいました。

テッペンの、ヘリから、

(あたま)部分(ぶぶん)だけをのぞかせていて、

3ひきとも、

自分(じぶん)の2本のツノを下へ()け、(こま)かく(うご)かしていました。

そのツノの、()いている先を見ていくと、

岩壁(いわかべ)に、

ウミウシが1ぴき、くっついていました。

のろのろと、よじ(のぼ)りつつ、

こちらも、

2本のツノを、

テッペンにいる3ひきに()かって、(こま)かく(うご)かしています。


()いで、

視線(しせん)を、海底(かいてい)前方(ぜんぽう)(もど)すと、

カニたちの(なが)(れつ)が、

横歩(よこある)きで、こちらに(ちか)づいてくるのが見えました。

ハサミの大きさが、

みんな、左右で(ちが)っています。

カニたちが、

それぞれトコトコと、赤い魚の(よこ)をすれ(すが)っていくとき、

その()こう(がわ)をふと見ると、

(いわ)カゲで、タツノオトシゴが、

(まる)まったシッポを石にからませたまま、目を()じていて、

ときおり(なが)れる、ゆったりとした(しお)()わせ、

(からだ)を、

(しず)かに、ゆらゆらと()らしていました。

ダンスの本番(ほんばん)(そな)えて、気を()()かせているのかもしれません。


赤い魚は、

そうした、さまざまな(うみ)の生き(もの)たちをあちこち(なが)めつつ、

立ち(なら)(いわ)(あいだ)を、

1ぴきで、

ポンポンと海底(かいてい)をけって、(すす)んでいきました。



ようやく、

(うみ)(あるじ)の、(いえ)(いえ)()きました。

赤い魚の正面(しょうめん)には、

途方(とほう)もない大きさの(いわ)が、高々(たかだか)とそびえ立っています。

クジラより、大きいかもしれません。

その、山のような大岩(おおいわ)の、ふもとには、

これまた大きい、(はば)(ひろ)いすき()がありました。

クジラの、うすく()いた口みたいです。

赤い魚は、

さっそくポンポンと(ちか)づいていきます。


すき()の入り口から、中をのぞいてみました。

中は、(ひろ)(どう)くつになっていて、

ゆるく下っていきながら、向こうへ()びていました。

ちょっと先で、(いわ)(かべ)()()たっています。

でも、

その(かべ)の、右の(ほう)へ目を()けると、

(どう)くつは、

まだ、そちらへ()びていました。

(くら)くて、よく見えませんが、

ずいぶんと(ふか)そうです。

(うみ)(あるじ)は、

きっと、あの(おく)にいるのでしょう。


そのまま、しばらくの(あいだ)

(どう)くつの(おく)をじぃっと見ていた赤い魚は、

やがて、ゆっくりと(うし)ろに()(なお)しました。

海底(かいてい)一面(いちめん)を、ゴツゴツとした(かた)岩盤(がんばん)がおおっていて、

広々(ひろびろ)としています。

どうやら、

ここが、ダンス会場(かいじょう)のようです。


会場(かいじょう)には、

大小さまざまな石が、あちらこちらに()ちていました。

それらを、

カニは両手(りょうて)のハサミで(かか)えて、魚は口でくわえて、

エイはシッポでつかんで、

ヒトデは、

()りついたまま、自分(じぶん)ごと(すこ)しずつ(ころ)がって、

そうやって、

みんなが、

ひとつひとつ、会場(かいじょう)(そと)へと(はこ)び出しています。


そして、そんな中を、

エビたちが、

(いそが)しそうに、せっせと()()っていました。

(からだ)海中(かいちゅう)に立たせた姿勢(しせい)で、

小さな(くろ)石を(はら)(かか)えこんだまま、()ビレで海水(かいすい)をけとばし、

(うし)()きのまま、

シュッ、シュッ・・・と(およ)いでいます。


「あの、すみません」

赤い魚は、

目の(まえ)をちょうど(とお)りかかったエビに、(こえ)をかけました。


「おっと、ちょっと()ってな。

 この石、(はこ)んじまうからよ」

そう返事(へんじ)をしたエビは、赤い魚の(まえ)(とお)()ぎ、

そのまま、

会場(かいじょう)()こう(がわ)にある岩場(いわば)(ほう)(およ)いでいき、

そこで、(かか)えていた石を()としました。

そして、

すぐさま、背中(せなか)をこちらに()けると、

シュッ、シュッ・・・と()ビレで海水(かいすい)をけとばし、(もど)ってきました。

(うし)()きのまま、

赤い魚の(まえ)を、(すこ)()()ぎてから()まったエビは、

ちょうど目の(まえ)にいる赤い魚に、あらためて(たず)ねます。

「赤いお魚さん、どうしたよ?」


「あの・・・、

 ワタシ、ダンス大会(たいかい)に出たいんですけど、

 それをだれに()ったらいいのか、()からなくって、

 それで、その・・・」


「あぁ、そういうことか。

 だったら、

 あっちでエラそうにふんぞり(かえ)っている白いのに()いてくれ。

 ほら、あのデカい(からだ)のアイツ。

 アイツが、ここの現場(げんば)のリーダーだからよ」


エビは、

そう()いながら、(かお)(よこ)()けました。

赤い魚も、そちらを見てみます。

(うみ)(あるじ)()大岩(おおいわ)のすき()の、(はし)っこのところに、

とがった(あたま)の、ノッポのイカがいました。

10本の(なが)い足をせわしなく(うご)かしつつ、

大きな(こえ)で、せっせと色々(いろいろ)しゃべっています。


赤い魚は、エビの(ほう)()(なお)しました。

そして、

「あの大イカさんね。

 親切(しんせつ)(おし)えてくれて、どうもありがとうございます」

と、

(れい)()って、(あたま)を下げました。


「いいってことよ。

 さて、

 こっちも、こんなところで(あぶら)()ってないで、

 さっさと(つぎ)の石を(はこ)ばないと。

 また、あの口うるさいリーダーにどやされちまう。

 じゃあな」


エビは、

赤い魚の(ほう)()いたまま、

()ばしていた背中(せなか)(おも)いっきり(まる)め、()ビレで海水(かいすい)をけとばすと、

シュッ・・・、シュッ・・・と、

()こうへ(およ)()っていきました。



現場(げんば)のリーダーという、大イカの(ちか)くに()ました。

大イカは、

(うみ)(あるじ)()大岩(おおいわ)の、

自分(じぶん)身長(しんちょう)よりもさらに(たか)い、巨大(きょだい)なすき()(まえ)で、

10本の足を、

それぞれ、あっちこっちへ(いそが)しそうに(うご)かし、

口からは、まっ(くろ)いスミをちょっとだけもらしつつ、

大声(おおごえ)で、

ベラベラと、しゃべり(つづ)けていました。


「ほら、そっちのエビー!。

 (ちが)ーう(ちが)ーう、お(まえ)じゃない、

 (いま)、石を()こうとしたヤツだよ。

 ・・・そう、お(まえ)だよ、お(まえ)

 その石は、そこじゃない、

 もっと右だよ、右。

 ・・・いや、(ちが)うって!。

 オレの(ほう)から見て右だよ!、こっちだよ、こっち!。

 それくらい、ふつうわか・・・あ、

 おい!、そこのカニ!。

 そのコンブの()はダメだ、もっと大きなのを()ってこい。

 これくらいの大きさのヤツだ。

 それだと(うみ)(あるじ)さまが・・・え?、

 これ以上(いじょう)大きなコンブは、(おも)くて(はこ)べない?。

 だったら、みんなで協力(きょうりょく)して(はこ)べばいいじゃないか。

 ・・・え?、

 (つか)れるから(はこ)びたくないって、みんなが()ってる?。

 そんなの関係(かんけい)ない!。とにかく、もっと大きなコンブを()って・・・え?、

 みんな、コンブをちぎるのに(つか)れてしまって休んでるから、

 (たの)みにくい?。

 あぁ、もう!。

 つべこべ()わずに、

 さっさと(もど)って、(あたら)しい()()ってこい!。

 オレがカンカンになって(おこ)ってる、ってみんなに()え!。

 ・・・おう、そうだ。早く()け。

 あ、おい、こら。

 ちょっと()て。()てったら!。

 ちくしょう、

 アイツ、()ってきたコンブを()いていきやがった・・・。

 まったく、どいつもこいつも・・・あ!、

 そこで(およ)(まわ)ってる、()色い(からだ)のお(まえ)とお(まえ)

 ヒラヒラの・・・そう、お(まえ)らだよ。

 ここは、まだ準備(じゅんび)()わってないから、

 練習(れんしゅう)するなら、あっちの(ほう)()って、

 それで・・・」


赤い魚は、(ちか)くで大イカを見上げたまま、

しばらくの(あいだ)()ってみましたが、

(はなし)は、ちっとも()わりそうにありません。

口から、(すこ)しずつスミをもらしつつ、

ずうっとしゃべっています。

仕方(しかた)ないので、

大イカがしゃべっている途中(とちゅう)で、(はなし)()りこむことにしました。


「あの!、大イカさーん!。

 ワタシ、ダンス大会(たいかい)に・・・」

勇気(ゆうき)を出し、

大きな声で、そう()うと、

大イカは、

口を(うご)かし(つづ)けながら、目だけを下へ()けました。

ジロリ・・・と、

赤い魚を、一瞬(いっしゅん)だけ見て、

視線(しせん)を、また(あた)りの(うみ)(もど)します。

そして、

そのまま、早口でベラベラと(はな)しつつ、

10本の足のうちの1本を、

こちらへ、にゅうっと()ばし、

その先っぽを、

赤い魚の(かお)(まえ)で、そっと立てました。

もう(すこ)()て、ということなのでしょう。


赤い魚は、

目の(まえ)()し出された、その足の、

自分(じぶん)(かお)(おな)じくらい大きな吸盤(きゅうばん)(なが)めながら、

(のこ)りの9本の足を(いそが)しそうに(うご)かし、すごい(いきお)いで(はな)(つづ)ける大イカを、

その()で、

しばらくの(あいだ)、おとなしく()つことにしました。



「・・・そうそう、それくらいのコンブだよ。

 お(まえ)たち、やればできるじゃないか。

 まだちょっと小さい気がするけど、

 まぁ、いいだろ。

 もう、そんなに時間(じかん)ないしな。

 このコンブの(となり)()いて。

 そうそう、その(あた)り。

 オレが(はし)っこを()さえてやるから、きれいに(ひろ)げて。

 ・・・よしよし、()(かん)じになった。

 ごくろうさん。

 ()める石は、あとでオレが()せておくから。

 あ、ちょっと()った。

 そこに(ころ)がってる小さなコンブ、ついでに片付(かたづ)けといてくれ。

 で、

 それが()わったら、エビの(ほう)手伝(てつだ)っ・・・あ?、

 (つか)れたからもう休みたい?。

 あと、ほんのちょっとじゃねぇか。

 会場(かいじょう)準備(じゅんび)()わったら、いくらでも休んでいいからよ。

 ほら、がんばれがんばれ」


イカは、カニたちを見(おく)ると、

やれやれ、と()って、

赤い魚の(まえ)()ばしていた足を、自分(じぶん)(ほう)へと()っこめました。

そして、その足を、

そのまま、自分(じぶん)(かお)ちかくへ()っていき、

そこに(ただよ)っていたスミを、サッと()(はら)うと、

また、

大きな目で、赤い魚をジロリ・・・と見て、

(たず)ねました。

「さてと・・・、お(つぎ)はこっちか。

 で、オレに(なん)(よう)かな?。

 そこの、ちっちゃな赤いお魚さん」


赤い魚は、

下から大イカの(かお)を見上げつつ、口を(ひら)きました。

「あの、

 ワタシ、ダンス大会(たいかい)に出たいん――」

「あぁ、あぁ、

 なんだ、そんなことか・・・」


大イカは、

赤い魚の(はなし)を、途中(とちゅう)でさえぎると、

足を1本、

スッと、自分の正面(しょうめん)にまっすぐ()ばして、

さらに、言葉(ことば)(つづ)けました。

「そっちの(うし)ろの、()こうの(ほう)に、

 小さな(くろ)い石がたくさん(なら)べてあるだろう?。

 ほら、この会場(かいじょう)をはさんだ()かい(がわ)だよ。

 岩場(いわば)手前(てまえ)

 ダンス大会(たいかい)参加(さんか)するモノは、あの(くろ)い石のところで自分(じぶん)出番(でばん)()つんだ。

 あそこに青い魚がいるだろ?。

 あの魚みたいに、

 (くろ)石のところで、おとなしく()ってればいい。

 大会(たいかい)(はじ)まると、

 こっちの(はし)っこにある石から(じゅん)()ばれるから・・・って、

 おーい!、

 (いま)、石()いたヤツ!。

 もっと(あいだ)をあけろ!、さっき注意(ちゅうい)したろうが・・・。

 ったく。

 ・・・おっと、赤いお魚さん、

 (きゅう)大声(おおごえ)を出しちまって、すまねぇな。

 えーっと、どこまで(はな)したんだっけか。

 ・・・あぁ、そうだ。

 こっちの(くろ)い石から(じゅん)()ばれるからな、

 だから、

 自分(じぶん)のダンスをさっさと早いうちに()わらせて、

 で、(ほか)のモノたちのダンスをゆっくり見物(けんぶつ)したかったら、

 こっちの(ほう)()ってればいいし、

 (ぎゃく)最後(さいご)(ほう)()ければ、あっちの(ほう)の石で()ってればいい」

大イカは、

会場(かいじょう)の、あっちこっちへ(するど)く目を()けながら、

そう(こた)えました。


()かりました。ありがとうございます」

赤い魚が、

(れい)()って、(あたま)を下げると、

大イカは、

赤い魚を、また一瞬(いっしゅん)だけチラリと見ました。

そして、

「お(やす)いご(よう)だ。

 こっちも(なが)時間(じかん)()たせちまって、すまなかったな。

 ダンス、がんばれよ。じゃあな」

()って、

吸盤(きゅうばん)()きの足を、1本()ち上げ、

それを、

赤い魚の(かお)(まえ)で、ゆっくりと左右に()りました。


「はい、ありがとうございます」

もう一度(いちど)、お(れい)()った赤い魚は、

そのまま(うし)ろを()(かえ)り、

会場(かいじょう)()こう(がわ)の、

(くろ)石が(なら)んでいる(ほう)へと、ポンポンと(およ)いでいきました。


「あの赤い魚、()ビレが()けてたのか。

 だから、わざわざ海底(かいてい)をけとばして・・・。

 しっかし、

 それにしても、タツノオトシゴは(なに)やってるんだ。

 大会(たいかい)参加(さんか)する魚とかクラゲとかの案内(あんない)は、全部(ぜんぶ)アイツの仕事(しごと)だろう。

 まったく、

 (いそが)しいったら、ありゃしねぇ。

 だいたい、

 オレは、もっとのんびりした仕事(しごと)がやりたかったんだ。

 だから、

 パーを出して、わざと()けてやろうと(おも)ったのによ、

 アイツ、

 手足をぜんぶ(まる)めて、(うし)ろにひっくり(かえ)りやがって・・・。

 それ、(なに)?・・・って、

 そのまま気()()さそうに(ころ)がってるアイツに()いてみたら、

 これ、グー!・・・とか、得意(とくい)げな(こえ)(かえ)してくるし。

 エッヘン、オイラすごいでしょ・・・じゃねぇよ。

 足使(つか)うのは反則(はんそく)!、ノーカン!、もう1(かい)!・・・って()ったら、

 そっちだって足を使(つか)ってるじゃないか・・・って、ヘリクツをこね(はじ)めるし。

 普段(ふだん)、ぼーっとしてるくせに、

 みょうなところで知恵(ちえ)(まわ)りやがって・・・。

 チョキしか出せないって(おも)ってたのに、あんなのアリかよ。

 ちくしょう・・・。

 アイツの、

 で、そっちは(なに)を出したの?・・・って、しらじらしいセリフと、

 お(なか)を上に()けて、のんきに()(ころ)がったままの、あの姿(すがた)(おも)い出すと、

 (いま)でも、(はら)が立って(はら)が立って仕方(しかた)が・・・あ!、

 おい、そこの()色い2ひき。

 この(へん)は、まだ練習(れんしゅう)禁止(きんし)だ。

 (べつ)場所(ばしょ)でやってくれ・・・って、

 おい、そこのカニ!、

 それは石じゃなくて(かい)じゃねぇか。

 必死(ひっし)(から)をパカパカさせて、

 オレは石じゃない、(たす)けてくれー・・・って()ってるだろうが。

 (くろ)ければ(なん)でもいいってわけじゃねぇぞ。

 あ、こら、

 (かい)()いて()げるな。

 おい、()てってば・・・」



ちょっぴり短気(たんき)で口の(わる)い、おしゃべり大イカに(おし)えてもらったとおり、

赤い魚は、(くろ)石のところで、

目を()じたまま、(しず)かに()っていました。

これまでずっと練習(れんしゅう)してきた自分(じぶん)のダンスを、

(あたま)の中で、何度(なんど)何度(なんど)確認(かくにん)します。


だんだんと緊張(きんちょう)してきました。

(なん)だかよく()からない、不安(ふあん)な気()ちが、

どんどん大きく、ふくれ上がっていき、

心が、

その不安(ふあん)な気()ちで、うめつくされていきます。


赤い魚は、

そうしたイヤな感情(かんじょう)を、必死(ひっし)()(はら)おうと、

自分(じぶん)(おど)るダンスを、

(あたま)の中で、

いっしょうけんめい、

ひたすらに、くり(かえ)します。


(だいじょうぶ。きっと、だいじょうぶ。

 だからお(ねが)い、()()いて。

 優勝(ゆうしょう)はムリかもしれないけど、

 でも、後悔(こうかい)のないダンスをしたいの。

 満足(まんぞく)のいくダンスをしたいの。

 だから、お(ねが)いワタシ、

 どうか()()いて・・・)



「やめい、やめーい。

 全員(ぜんいん)(およ)ぎをやめーい。

 大会(たいかい)参加(さんか)するモノは(くろ)石のところへ、

 観客(かんきゃく)()められた場所(ばしょ)へ、

 それぞれ、(いそ)いで(もど)られぃ!」


大イカの(こえ)が、(あた)りに(ひび)(わた)りました。

赤い魚は、

(すこ)()()いてから、目を徐々(じょじょ)()けていきます。

赤い魚の、(かお)のすぐ(まえ)を、

ヘビのような(なが)(からだ)の魚が(よこ)()っていき、

その(からだ)が、ほどなくして(ほそ)くなっていき、

()ビレが見えたかと(おも)うと、

赤い魚の正面(しょうめん)に、会場(かいじょう)(あらわ)れました。

魚は1ぴきもいません。

広々(ひろびろ)としています。


「せいしゅくに!、せいしゅくに!」

大イカの(こえ)が、

ふたたび、(あた)りに(ひび)(わた)りました。

赤い魚は、(かお)をそちらへ()けます。

大イカは、さっきと(おな)場所(ばしょ)にいました。

会場(かいじょう)()かい(がわ)でそびえ立つ大岩(おおいわ)の、

その、(はば)(ひろ)巨大(きょだい)なすき()(はし)っこの(ほう)で、

足を1本だけ()ち上げていて、

その先っぽを、

自分(じぶん)(かお)(よこ)で、ピンと立てています。


「せいしゅくに、せいしゅくに・・・」

大イカは、

(おな)言葉(ことば)を、今度(こんど)(こえ)をちょっと()として()いました。

そうして、(すこ)()()いてから、

まだちょっとだけザワついている、(うみ)の生き(もの)たちを、

(じゅん)に、ゆっくりと見(まわ)していきました。

(こえ)は、さらに()っていき、

小さくなり、

ポツリ・・・ポツリ・・・となって、

最後(さいご)には、

シーン・・・と(しず)まり(かえ)りました。


大イカは、

会場(かいじょう)()こうに居並(いなら)(うみ)の生き(もの)たちを、もう一度(いちど)(まわ)すと、

(かお)(よこ)で立てていた足を、そっと下ろしました。

(うし)ろを()(かえ)ります。

そのまま、すき()へ入っていき、

(どう)くつの中をちょっと(すす)んでから()まって、

右を()きました。

(あたま)を下げて、一礼(いちれい)します。

そうして、

足を2本()ち上げると、その足を小さく(うご)かしつつ、

(なに)かの(はなし)(はじ)めました。

真剣(しんけん)表情(ひょうじょう)をしています。

緊張(きんちょう)してるみたいです。


大イカは、

やがて、上げていた2本の足を下ろしました。

ふたたび、一礼(いちれい)します。

()いで、こちらへ()(なお)すと、

そのまま、(どう)くつの(そと)に出てきて、

すき()(はし)(ほう)へと、(すこ)しだけ()ってから、

あらためて、こちらを()きました。

そして、

自分(じぶん)の、

大きくて、まっ白い(からだ)を、

姿勢(しせい)正しく、ピーンと上に()ばすと、

大イカは、

会場かいじょうにいる、大勢(おおぜい)(うみ)の生き(もの)たちに、

大きな(こえ)で、はっきりと(つた)えました。

(うみ)(あるじ)さまが、おいでになられる」



(あた)りの(うみ)に、大イカの(こえ)(ひび)(わた)っていき、

すぐに(しず)まっていき、

(すこ)しすると、

大岩(おおいわ)の、すき()(おく)に、

大イカの(からだ)よりもずっと(ふと)い、吸盤(きゅうばん)()きの(ちゃ)色い足が、

ぬうっと(あらわ)れました。

そのまま(そと)へと、

(なが)(なが)()びてきます。

足は、

そのまま2本、3本と()えていき、

5本になると、

それらは、

海底(かいてい)をおおう(かた)岩盤(がんばん)を、ガッシリとつかみました。

すぐさま、

すき()(おく)(ほう)の、(やみ)の中に、

巨大(きょだい)な、(まる)いタコの(あたま)(あらわ)れます。


(うみ)(あるじ)です。


(うみ)(あるじ)は、岩盤(がんばん)をつかむ足に力を入れ、

(いわ)のすき()から、

ズルズルズル・・・っと、はい出ると、

(のこ)りの足も、(つづ)けざまに(そと)へ出し、

自分(じぶん)()()(まえ)にきれいに()かれた、コンブの上に(すわ)りました。


(となり)(なら)び立つ大イカの、(かお)くらいの大きさの、

まっ(くろ)目玉(めだま)を、2つともギョロギョロっと(うご)かし、

会場(かいじょう)(あつ)まった(うみ)の生き(もの)たちの(かお)を、

(はし)(ほう)から、

(じゅん)に、ゆっくりと見ていきます。


「・・・(みな)のモノ、」

(うみ)(あるじ)は、

重々(おもおも)しい、(ひく)(こえ)(ひび)かせ、

(うみ)の生き(もの)たちの全身(ぜんしん)を、

(あた)りの海水(かいすい)(いわ)ごと、ビリビリと(こま)かく(ふる)わせました。

言葉(ことば)を、さらに(つづ)けます。

「ワシの古傷(ふるきず)のせいで、会場(かいじょう)(きゅう)変更(へんこう)になってしまって、

 すまなかったな。

 迷惑(めいわく)をかけた。

 (きず)(いた)みは、すっかり()いた。

 もう、だいじょうぶだ」


(うみ)(あるじ)は、

そこまで口にすると、目をゆっくりと()じていきました。

()()いて、

また、ゆっくりと(ひら)きます。

正面(しょうめん)をまっすぐ見すえたまま、

8本ある足の、そのうちの1本だけを、

(たか)(たか)く、(しず)かに()ち上げていきます。

そして、

その立派(りっぱ)(ふと)い足を、ま(うえ)にまっすぐ()ばしたまま、

(うみ)の、はるか(とお)くまで(ひび)(わた)るような、

重々(おもおも)しい、大きな(こえ)で、

会場(かいじょう)(じゅう)居並(いなら)ぶ、大勢(おおぜい)(うみ)の生き(もの)たちに()げました。


「ダンス大会(たいかい)開催(かいさい)を、

 (いま)、ここに、

 (たか)らかに宣言(せんげん)する!」

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