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Summer Echo  作者: イワオウギ
11/289

11.少年は、両手で大事そうにペットボトルを掴み

少年は、両手で大事そうにペットボトルを掴み、

上体を反らし、顔を真上に向け、

喉をゴクゴク鳴らして、一気に半分くらいを飲み干した。

そして、

ふぅ・・・っと、ひと息つき、

また、顔を上に向けると、

残りを全部、飲み干してしまった。


何もそんなに急いで飲まなくても・・・と思ったが、

私は、何も言わなかった。


少年はキャップを閉め、

空になったペットボトルを、自分のすぐ横に置いた。

そして、手を膝の上に置き、

前を向いた瞬間・・・、風が吹いた。


ペットボトルが傾き、

倒れ、

転がっていき、

川に落ち、

そのまま下流へ。


「あっ」


少年が声を上げた。

手をついて、すぐに立ち上がると、

河原の、大きめの石の上を次から次へと飛び移りつつ、

どんどん流されていくペットボトルを、追いかけていく。


私も、すぐに気付き、

少年のあとを急いで追う。

しかし、思うようにスピードが出ない。


次は、あの大きな白い石の上に足を乗せ、

その次の石は遠いから砂利の上・・・、

いや、そこは水が薄く張っている。

こっちだ。

ペットボトルは・・・、もうあそこか。


そんな調子で、

逐一、細かい判断をしながら追わねばならなかった。

更に、私は革靴を履いていた。

スリップに注意し、慎重に足を運ぶ必要があった。

少年との距離は、次第に離れていく。



結局、

川下で遊んでいた家族に、


「すみませーん、ペットボトルが流されてしまってー」


と、遠くから大声で頼み、

拾ってもらった。

私と少年は、その家族の元に行き、

お礼を言った。


「はい、ボク」


その家族の父親らしき人物が、

腰を曲げ、少年の前に濡れたペットボトルを差し出した。

少年は下を向き、


「ありがとうございます・・・」


と、

小さく言って、受け取った。

私は、

最後にもう一度、お礼を言った。

少年とともに、

元いた場所へと引き返す。


途中、

河原の砂利の上を、音をさせて歩きつつ、

私が、


「危なかったね」


と言うと、


「うん、危なかったー」


と、少年は、

川辺の石の上を、1コ1コ飛び移りながら、

やや興奮した感じで答えた。

そして、

ちょっと大きめの石の上で足を止めると、

持っていたペットボトルを、

宙へ、軽く放り上げた。


風が吹いた。


「あっ」


少年は、すぐさま手を伸ばす。

その手にペットボトルが当たる。

下に落ち、小さく弾み、

転がっていく。

でも、

今度は石と石の間にハマって、そこで止まった。


少年は、乗っていた石から飛び降りた。

ペットボトルの元へ行き、拾い上げると、

すぐに、こっちへ戻ってきた。


「危なかったね」


少年に声をかけると、

少年は、

日に焼けた顔を私に向け、


「うん、危なかったー」


と言って、ニッコリと笑った。

私も、

同じように、ニッコリと笑い返した。

再び、歩き始める。


「もう逃がすなよ」


足を動かしつつ、

私が、そう言うと、

少年は、


「もう絶対に逃がさん!」


と、ペットボトルを両手でしっかり掴んだまま、

私のすぐ隣を、のっしのっしと歩いた。


両手が塞がると危ないんだけどな・・・。


そう思ったが、

少年の、偉そうに歩く様子が、

何だかとても可愛らしかったので、

私は黙っていることにした。


「足元に気を付けるんだぞ」


「うん、分かった」



元の場所に戻ってきた。

私のカバンと飲みかけのペットボトルが、太陽の日に照らされ、

ポツンと、置き去りにされていた。


私は、自分のペットボトルを拾い上げると、

キャップを回し、

上を向き、口を開き、

残りのお茶を、一気に飲み干していく。

すっかり、微温(ぬる)くなっている。


空になったペットボトルのキャップを閉め、

次に、カバンを見た。

そちらへ1歩踏み出し、手を伸ばしていく。


――アツっ。


一瞬だけ手を開いてしまったが、

すぐさま、カバンの持ち手を握り直し、

しばらく、じぃっと我慢し、

それから曲げていた腰を伸ばし、カバンを拾い上げた。

次いで、辺りを見回す。

忘れ物は・・・無いようだ。

少年の方を振り向く。


「駅に戻らない?」


少年は、

それを聞くなり、俯いた。

私を見上げ、

また、下を向き、

やがて、

無言で小さく頷く。


・・・何となく分かった。

でも、それは断ろうと思った。



「じゃあ、駅に戻ろう」


そう言った私は、川に背を向ける。

ジャリジャリと音をさせつつ、歩いていく。

湿気を帯びた冷えた空気が、すぐに離れていく。

河原の砂は、夏の太陽に照らされ、

真っ白で、眩しい。

私は、

少ししてから、後ろを振り返る。


少年は、空のペットボトルを持って、

私の、ちょっと後ろをついてきていた。

俯いたままで、

静かに足を動かしている。


私は、前に向き直した。

堤防にある階段を上っていき、

来た道を戻っていく。

ふたりとも、ひと言も喋らなかった。

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