106.夜
夜。
暗い海の底を、月の光が優しく照らしています。
岩場のカゲの、小さな赤い魚は、
いつの間にか、
スヤスヤと眠っていました。
無理もありません。
確かに、
きょうは、
お昼ごろまで、ゆっくりと寝ていましたが、
その前は、
何日もの間、眠っていなかったのです。
朝も昼も夜も、
ずうっと、ずうっと、泣いていたのです。
疲れていました。
赤い魚は、岩に寄りかかったまま、
スースーと小さな寝息をたてて、ぐっすり眠っていました。
ふいに、
近くが、ぽおっと明るくなりました。
(うーん、むにゃむにゃ・・・。
朝かぁ。
でも、まだ眠い・・・。
もうちょっとだけ・・・)
赤い魚は、
そのまま、ウトウトしていましたが、
しかし、
やがて、自分が見張っていたことを思い出し、
急いで目を開けました。
(しまった、
いつの間にか寝ちゃって・・・え?)
赤い魚の正面には、
月明かりの差しこむ、夜の海が広がっていました。
朝ではありません。
赤い魚は、目をパチクリさせました。
そのまま、
うす暗い海を、ぼーっと眺めていましたが、
しばらくして、ハッと気づきました。
海底の、この辺りだけ、
ほんのりと明るくなっています。
そう言えば・・・と、赤い魚は思い出してみます。
目をつぶって、ウトウトしていたときは、
確か、もっと明るかったはずです。
でも、
目を開けた瞬間、急に暗くなりました。
すぐ目の前にいた、明るい何かが、
サッ・・・と、あわてて上に逃げていったような、
そんな感じでした。
赤い魚は、
少し間を置いて、自分の気を落ち着けてから、
顔を、ゆっくりと上へ向けていきました。
まっ白に光り輝く1ぴきの魚が、そこにいました。
体の大きさは、赤い魚と同じくらい。
高いところから、
海底にいる赤い魚を、じぃっと見ています。
いや、
正確には、本当に見ているかはわかりません。
そのヒカリの魚には、目が付いていませんでした。
でも、
目の無い、のっぺらぼうの顔を、
赤い魚の方に、まっすぐ向けていました。
赤い魚の様子を、
上から、
用心深く、うかがっているようでした。
海の底にいる赤い魚も、
ヒカリの魚を、
そのまま黙って見上げていました。
2ひきの魚たちは、
そうして、
少しの間、静かに向き合っていました。
月明かりの差しこむ夜の海の、高いところと低いところで、
おたがいに一言もしゃべらず、
しばらくの間、
ただ、じぃっと向き合っていました。
「あの・・・、ワタシ、
きのう、ここで倒れてたんだけど、
だれかが、海草の実を届けてくれたみたいなの。
あなた、
それがだれか、知らないかしら?」
赤い魚は、勇気を出して尋ねてみました。
ヒカリの魚は、それを聞いた途端、
顔を、ぴょこっと小さく上げました。
それから、左にクルリと回り、
その勢いのまま、
海底にいる赤い魚めがけて、一直線に下りてきました。
赤い魚の、目の前に来たヒカリの魚は、
その、
ぽおっと明るい、のっぺらぼうの顔を近づけ、
赤い魚の様子を、
じぃっと、うかがっています。
赤い魚も、
自分のすぐ正面の、ヒカリの魚の顔を、
何も言わずに見つめます。
ヒカリの魚は、
全てが、まっ白に輝いていました。
何もかもが、まっ白でした。
でも、ふしぎです。
ちっとも、まぶしくないのです。
穏やかで、
とても優しい光でした。
そうして、
ヒカリの魚の、まっ白な顔をぼーっと見ていると、
上の方から、
黒くて丸い小さな粒が、ひとつ降ってきました。
粒は、
向かい合う2ひきの顔の間を、
音もなく、ゆっくりゆっくりと沈んでいき、
やがて、
海底の、サラサラとした砂の上に、
ポトリと落ちました。
「あ!、海草の実!。
あなたが取ってきてくれたの?」
赤い魚が、
急に大きな声を出して、そう言うと、
ヒカリの魚は、顔をビクッと上げました。
すぐさま後ろを振り返り、大あわてで逃げていき、
そのまま、岩場のカゲに隠れてしまいました。
「あ、ごめんなさい・・・。
ビックリさせるつもりはなかったんだけど、
その、うれしくて・・・」
赤い魚が謝ると、
ヒカリの魚は、
岩カゲから、まっ白い顔だけを、
そうっと、のぞかせました。
そして、
しばらくの間、じぃっと様子をうかがって、
それから、
また赤い魚の近くに、ソロリソロリと戻ってきました。
赤い魚は、
今度は驚かせないよう、小さな声で尋ねました。
「あの・・・、
きのう、ワタシに海草の実を届けてくれたのは、
あなたなの?」
ヒカリの魚は、
顔をタテに振り、うなずきました。
「まぁ!、そうなの!。
ありが・・・あ、ごめんなさい、
また、大きな声を出しちゃった・・・。
本当に、ごめんなさい・・・」
岩カゲから、まっ白い顔を半分だけ出し、
そうっと様子をうかがっているヒカリの魚を見て、赤い魚は謝りました。
ヒカリの魚は、
少ししてから、
ソロリソロリと、ふたたび戻ってきました。
「これ、
ワタシのために、また取ってきてくれたの?」
砂地の上に転がっている、ひと粒の海草の実を見て、
そう聞いてみると、
ヒカリの魚は、
こくん・・・と、うなずきました。
「まぁ、ありがとう。
さっそく食べさせてもらうね」
赤い魚は、そう言ってから、
口を海草の実に近づけていき、パクッと食べました。
「あぁ、おいしかった。
ごちそうさま。どうもありがとう」
お礼をあらためて言うと、
ヒカリの魚は、顔をちょっと上げて、
それから、
その場で左に、クルリと回りました。
「あなた、しゃべれないの?」
赤い魚が尋ねてみると、
ヒカリの魚は、口をパクパクと動かし始めました。
でも、何も聞こえませんでした。
「えっと、声が小さいのかなぁ・・・。
ワタシには聞こえないわ。
もっと大きな声を出してみて」
赤い魚が、そう言うと、
ヒカリの魚は、
口を、よりいっそう大きく開けて、
よりいっそう激しく、パクパクと動かしました。
でも、
やっぱり何も聞こえません。
「ごめんなさい、
あなたの声、ワタシには聞こえないみたいなの・・・」
それを聞いたヒカリの魚は、口を動かすのをやめ、
顔を下に向けて、うなだれました。
ガッカリしたみたいです。
「あ、でもでも、
あなたが取ってきてくれた海草の実のおかげで、
ワタシ、こんなに元気になったの。
ほら、見て見て」
そう言った赤い魚は、
尾ビレで砂地を、ポンポン・・・と、けとばしながら、
辺りをせっせと泳ぎ回りました。
ヒカリの魚は、
それを見ると顔を少し上げ、
左に小さくクルリと回りました。
そして、
海底を元気よく泳ぎ回っている赤い魚のもとに、急いで近づいていき、
自分も、
その周りを、クルクルと泳ぎ始めました。
赤い魚は、嬉しくなりました。
サラサラとした白い砂地を、よりいっそう強くけとばし、
ピョンピョンと跳ねるようにして、泳ぎ回ります。
ヒカリの魚も、
赤い魚が跳ねるのに合わせて、浮いたり沈んだりをくり返し、
その周りを、
クルクル、クルクルと泳ぎました。
そうやって、
月明かりの差しこむ、海の底を、
しばらくの間、2ひきで泳ぎ回っていると、
ヒカリの魚が、
ふいに、上の方へ泳いでいきました。
すぐに止まって、
それから、赤い魚の方を振り返ります。
跳ねるのをやめ、動きを止めていた赤い魚は、
そのヒカリの魚を、
何も言わずに、
海の底で、じぃっと見上げています。
ヒカリの魚は、
やがて、
左に、クルリと小さく回りました。
そして、
向こうを向いて、ちょっとだけ泳いでいくと、
また、
赤い魚の方を、振り返りました。
そのまま、
高いところから、赤い魚の様子をうかがっています。
赤い魚は、
少ししてから、口を開きました。
「あの・・・、
ワタシ、あなたみたいに自由に泳げないの・・・。
尾ビレが、
その・・・、ちょっと欠けているから・・・」
声を小さくしていきながら、そう言った赤い魚は、
顔を下へ向けました。
ヒカリの魚は、高いところで、
その赤い魚の様子を、
じっと、うかがっていましたが、
しばらくすると、ふたたび海底へ下りていきました。
うなだれている赤い魚の、体の横へ泳いでいくと、
その尾ビレに、
自分のまっ白い顔を近づけていきます。
ヒカリの魚は、
少ししてから、今度は尾ビレの反対側に回りこみました。
また、顔を近づけていきます。
熱心に、何かを確かめています。
「せっかく、泳ぎに誘ってくれたのに・・・。
ごめんね・・・」
赤い魚が、小さな声で謝ると、
ヒカリの魚は、顔を上げました。
左にクルリと回ります。
そうして、
口をパクパクと動かし始めて、
次に、
サッと、後ろに宙返りしました。
そのときです。
赤い魚の尾ビレが、
突然、
まっ白いまぶしい光に、すっぽりと包まれてしまったのです。
ビックリした赤い魚が、その大きな目をパチクリさせて、
まぶしい光に包まれた自分の尾ビレを、ぼう然とした様子で見ていると、
光は、だんだんと弱まっていき、
やがて、中から、
また、自分の赤い尾ビレが現れました。
うまく泳げない、欠けてしまった尾ビレ。
でも、その欠けてしまった部分には、
ぽおっと明るい、光のマクが付いていました。
赤い魚は、
尾ビレを、おそるおそる動かしてみます。
光のマクは、
しかし、
消えたり、取れたりしませんでした。
しっかりと、くっついたままでした。
赤い魚は、泳いでみることにしました。
海底をけとばし、少しだけ浮き上がると、
尾ビレを、
そのまま左右に、すばやく振ってみます。
体が、ちょっとだけ前に進みました。
もう一度、振ってみます。
体が、
また、ちょっとだけ前に進みました。
赤い魚は、
続けて、何度も何度も尾ビレを振りました。
そのたびに、
体が、ちゃんと前に進みます。
変な方に行ったり、沈んだりしませんでした。
ちゃんと泳げています。
赤い魚は、
光のマク付きの尾ビレをいっしょうけんめい振って、
辺りの海を泳ぎ回りました。
左に行ったり、右に行ったり・・・。
浮いたり、沈んだり・・・。
向こうへ行き、
すぐに、また戻ってきて・・・。
岩の周りを、猛スピードでグルグルと回り、
次は、宙返りをくり返して・・・。
いっきに水面まで上がっていき、
また、いっきに海の底まで戻ってきて・・・。
赤い魚は、
ひさし振りに、海を自由に泳ぎ回りました。
時間を忘れて、夢中になって泳ぎ回りました。
そうして、泳ぐのに満足すると、
急いでヒカリの魚のもとに戻ってきて、
その周りを、
すばやくクルクルと泳ぎながら、言いました。
「すごい、すごい!。
あなた、海の主さまみたいに魔法が使えるのね!。
すごい、すごい!。
ありがとう!」
ヒカリの魚は、顔を誇らしげに上へ向けて、
左にクルリと、小さく輪を描きました。
赤い魚も、同じように顔を上へ向けて、
左にクルリと、小さく輪を描きました。
ヒカリの魚は、
体の向きを変え、向こうへ泳ぎ出しました。
そして、
少し離れたところで泳ぐのをやめると、
赤い魚の方を、あらためて振り返りました。
そのまま、じっとしています。
赤い魚は、尾ビレを振って、
ヒカリの魚の方へと、元気よく泳ぎ出しました。
でも、
途中で、ハッとした顔をして、
泳ぐのをやめてしまいました。
落ち込んだ表情になり、その顔をうつむけていきます。
ヒカリの魚は、
まっ白い顔を、ちょっとだけ横に傾けました。
赤い魚は、
やがて、元気のない声で言いました。
「あの・・・、
ワタシ、目が大きくてヘンでしょ?。
だから、
その、あなただって・・・」
それを聞いたヒカリの魚は、
傾けていた顔を、
少ししてから、ゆっくりと起こしました。
口をパクパクと動かし、
サッと、後ろに宙返りをして、
そうして、
自分の顔に、
赤い魚と同じくらい大きな、まっ黒い目を作ると、
ヒカリの魚は、
少し離れたところの、1ぴきでうつむいている赤い魚を、
その作ったばかりの大きな黒い目で、まっすぐに見つめました。
赤い魚は、顔を上げました。
ヒカリの魚を見て、驚いた表情になって、
そして、ちょっとしてから、
ふたたび、落ち込んだ表情に戻って、
その顔を、
静かに、うつむけていきました。
「あなたも、ワタシみたいにイジメられちゃうよ・・・。
だから、もとに・・・」
赤い魚は、そう言いました。
ヒカリの魚は、
けれども、ピクリとも動きませんでした。
まっ白い自分の顔に、大きな黒い目を付けたまま、
赤い魚を見ています。
まっすぐに、じっと見ています。
赤い魚は、
しばらくして、うつむけていた顔を起こしました。
少しの間、ヒカリの魚を見て、
それから、
そちらの方へ、ゆっくりと泳いでいきました。
「・・・こんなワタシでも、いいの?」
近くに行ってから、おそるおそる尋ねてみると、
ヒカリの魚は顔を上げ、
左にクルリと、小さく回りました。
そして、
そのまま体の向きを変えて、泳ぎ始めました。
でも、
すぐに止まってしまいました。
赤い魚が、ついてきていなかったのです。
ヒカリの魚は、後ろを振り返りました。
赤い魚を、
また、まっすぐ見つめました。
宇宙のような、まっ黒いきれいな目で、
静かに、じぃっと見つめています。
赤い魚は、やがて、
ヒカリの魚の方へ、
ふたたび、ゆっくりと泳ぎ出しました。
それを見たヒカリの魚は、顔を上げました。
ふたたび、左にクルリと小さく回ります。
そして、そのまま向こうを向くと、
まっ白い尾ビレを、気分良さそうに左右に振って、
さっそうと泳ぎ始めました。
赤い魚は、
少ししてから、泳ぐスピードをちょっとだけ上げました。
ヒカリの魚の隣に並ぼうとしたのです。
すると、ヒカリの魚も、
すぐさま、スピードをちょっとだけ上げました。
赤い魚が、
尾ビレを強く振って、さらにスピードを上げると、
ヒカリの魚も、
尾ビレを強く振って、さらにスピードを上げました。
「ちょっと待ってー。おいてかないでよー」
そう言いながら、赤い魚が全速力で追い始めると、
ヒカリの魚も、それに負けじと、
全速力で逃げ始めました。
「あ、こらぁ。待て待てー」
月明かりの差しこむ、静かな夜の海で、
そうして突然、
2ひきの魚たちによる、しれつな追いかけっこが始まったのです。
ヒカリの魚と赤い魚は、
海の中を、ビュンビュンと泳ぎ回ります。
海面まで上がったかと思うと、
次の瞬間、いっきに下まで潜っていき、
海の底のスレスレを、猛スピードで泳いでいき、
辺りの白い砂を巻き上げつつ、
眠っているヒトデたちのすぐ上を、一瞬で通り過ぎていき、
そのまま、その先にある岩場へと突進し、
そこの狭いすき間を、
2ひきとも、
目にも止まらぬ速さで、次から次へと通り抜けていきます。
やがて、赤い魚は、
ヒカリの魚に、だんだんと引き離されていきました。
疲れてきたのです。
ヒカリの魚は、チラリと後ろを見ると、
すぐさま顔を正面に戻し、
前方にある、ピンク色をしたサンゴの森に突っこんでいきました。
そうして、森に入ると、
身を隠しつつ、サンゴの下を静かに移動していき、
少ししてから、
動きをピタッと止めました。
物音を立てぬよう、おとなしくしています。
遅れてやって来た赤い魚は、
サンゴの森を、上からキョロキョロと見回しました。
かすかな星明かりが照らす、海底のサンゴの森。
でも、1ヶ所、
少しだけ、
ぽおっと明るく、白く光っています。
「あれー?、どこに行ったのかなぁ。
おかしいなぁ・・・」
赤い魚は、気づいていないフリをしながら、
ピンク色をしたサンゴたちの上を、ウロウロと泳ぎ回ります。
「こっちかなぁ?」
そう言いながら、光っている場所に近づいてみると、
ぽおっとした明かりは、
ちょっとずつ、横へと逃げていきました。
「うーん、なかなか見つからないなぁ。
どこに隠れているんだろう・・・」
赤い魚は、
知らん顔をして、明かりの上を通り過ぎていきます。
そして、じゅうぶん離れたところで、
あらためて、後ろを振り返りました。
光っている場所を、もう一度しっかりと確かめてから、
サンゴの森に、静かに入っていきます。
ヒカリの魚にバレないよう注意しながら、
森の中を、コソコソと進んでいきます。
サンゴたちの向こうに、
やがて、
ヒカリの魚の尾ビレが見えてきました。
ぽおっと、わずかに明るく光っています。
赤い魚は、さらにスピードを落としました。
そおっと、そおっと、
少しずつ少しずつ近づいていきます。
ヒカリの魚の、ちょうど真後ろに来ました。
まだ、気づかれていないようです。
赤い魚は、口を大きく開けていきます。
わっ!・・・と叫んで、驚かせようとしましたが、
でも、ちょっとしてから、
その大きく開けた口を、少しだけ閉じました。
そうして、小さな声で、
「みーつけた」
と、ささやきました。
ヒカリの魚は、体をビクッとさせました。
すぐさま、後ろを振り返ります。
赤い魚は、
その、振り返ったヒカリの魚の顔を見て、
クスクスと笑いました。
「目、消えちゃってるよ」
ヒカリの魚は、ハッと顔を上げました。
口をパクパクと動かしてから、後ろに宙返りして、
ふたたび、大きな目を作りました。
そして、
その作り直した目で、赤い魚をじぃっと見つめて、
次に、
自分の上を厚くおおっている、サンゴの枝を確かめ、
今度は、
周りを囲っているサンゴたちを、グルっと見渡して、
最後に、
また、赤い魚の方へと向き直しました。
顔を、ちょっとだけ横に傾けます。
「どうして、ここがわかったか・・・、
知りたい?」
赤い魚が、
いたずらっぽい表情で、そう尋ねると、
ヒカリの魚は、
顔をタテに振って、うなずきました。
「だって、
あなたの周りだけ、ちょっと明るいんだもの。
すぐにわかったわ」
赤い魚が、笑顔で教えてあげると、
ヒカリの魚は、ハッと顔を上げ、
それから下を向いて、
しゅーん・・・と、うなだれました。
「ねぇねぇ、次はワタシが隠れる番でしょ?。
ちょっとだけ向こうを向いててよ。
今からワタシ、隠れ・・・、」
赤い魚は、そこまで口にして話すのをやめてしまいました。
大きな目で、ヒカリの魚をじぃっと見ています。
「ねぇ。
気のせいかもしれないけど、
あなたの体、すけてきてない?」
ヒカリの魚の体の向こうに、
ピンク色のサンゴが、
少しだけ、すけて見えていました。
そう言えば、
辺りを照らしている、
ヒカリの魚の、ぽおっとした白い明かりも、
だいぶ弱まっています。
ヒカリの魚は、顔をパッと上げました。
すぐに、自分の尾ビレの方を振り返り、
体がすけてきていることを確かめると、
上を向き、
サンゴの森を、勢い良く飛び出していきました。
そのまま、海中を猛スピードで上がっていきます。
「ちょ、ちょっと、急にどうしたのー?。
おいてかないでよー」
赤い魚も、あわててサンゴの森を飛び出しました。
追いかけようとします。
でも、スピードがちっとも出ません。
尾ビレをいくら強く振っても、
ほんの少ししか、前に進んでくれません。
見る見るうちに離されていきます。
赤い魚は、
体をひねって振り返り、自分の尾ビレに目を向けました。
欠けた部分に付いている光のマクが、すけてきていました。
消えかかっています。
赤い魚は、
ふたたび、顔を上に向けると、
いっしょうけんめい、尾ビレを振りました。
何度も何度も強く振りました。
でも、
振っても振っても、前には進んでくれませんでした。
そればかりか、しばらくすると、
体が、
海の底へと、ちょっとずつ沈み始めました。
赤い魚は、それでも尾ビレを振り続けます。
ヒカリの魚の、どんどん小さくなっていく後ろ姿を見失わないよう、
必死に見つめて、必死に尾ビレを振り続けます。
ヒカリの魚は、
海面まで猛スピードで上がっていくと、そのまま海を飛び出しました。
そうして、
空中で身をひるがえして、体の向きを変えると、
尾ビレを振って、空を急いで泳いでいきました。
赤い魚は、
暗い海の底へと、少しずつ沈んでいきながら、
その、ヒカリの魚の行き先へ、
なんとか目を向けました。
星いっぱいの夜空の遠く向こう、低いところに、
沈みかけの、まん丸い白い月が、
ぽおっと明るく、輝いていました。




