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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
108/292

108.夜も遅いためか

(よる)(おそ)いためか、

()かりの()しこむ(うみ)の中は、ひっそりとしていました。

海底(かいてい)の、ゴツゴツとした大岩(おおいわ)の上にいるイソギンチャクが、

たくさんの触手(しょくしゅ)を、

あてもなく、フワフワと(ただよ)わせています。


その大岩(おおいわ)の下(あた)りの、まっ白い砂地(すなち)の上を、

赤い魚とヒカリの魚は、(およ)いでいました。

魚は、ほかには1ぴきも見あたりません。

(いわ)のカゲでは、

(あたま)も足もハサミも、(すべ)てをカラの中にしまったヤドカリが、

おとなしくしています。

()こうの(ほう)では、

海草(かいそう)(ほそ)()に、自分(じぶん)のシッポをからませたタツノオトシゴが、

目をつむったまま、

ときおり(なが)れる、(おだ)やかな(しお)()をまかせ、

ゆらりゆらりと()れています。


そんな()ふけの、(しず)まり(かえ)った(うみ)(そこ)を、

赤い魚はポンポンと、ヒカリの魚はスイスイと、

2ひき(なら)んで、いっしょに(およ)いでいました。



岩場(いわば)()け、

じょうぶな(あつ)()を、はるか上の(ほう)まで(なが)()ばした巨大(きょだい)なコンブたちの根元(ねもと)を、

いくつもいくつも(とお)()ぎていき、

しばらく(すす)むと、

(あた)りの広々(ひろびろ)とした砂地(すなち)は、

やがて、ゆるい上り(ざか)になりました。

2ひきは、

そこを、そのまま上っていきます。


(たか)いところにあった海面(かいめん)が、だんだんと(ちか)づき、

赤い魚たちのすぐ上に()るくらい、(うみ)(あさ)くなると、

ずっと上り(ざか)だった砂地(すなち)は、

また、(たい)らに(もど)りました。


「ここは、ニライカナイって名前(なまえ)(しま)海辺(うみべ)よ。

 秘密(ひみつ)場所(ばしょ)は、あとちょっとだから」


赤い魚は、

そう()ってから、空を見上げました。


「・・・(すこ)(いそ)ぎましょ。

 ()()わないかもしれないわ」



()ビレを(すこ)(つよ)めに()って、ニライカナイの海辺(うみべ)を泳いでいると、

(あた)りに、小石や(いわ)姿(すがた)が目立ち(はじ)め、

水底(みずぞこ)の、サラサラとした砂地(すなち)は、

やがて、(こま)かいジャリに()わりました。


そのまま、

ジャリの上を、2ひき(なら)んで(およ)いでいると、

(あた)りを()らしていた月()かりが()くなり、(くら)くなりました。

水底(みずぞこ)のあちこちから、

木の、細長(ほそなが)(みき)のようなものが、

(なな)め上へと、それぞれ(ちが)角度(かくど)()えていて、

それらは水の(そと)で、ひとつずつつながっていき、

そのつながったもの同士(どうし)が、さらにつながっていき、

最後(さいご)には、そうした(すべ)てが、

(ふと)い1本の、

まっすぐ空へと()び上がっている(みき)へと、つながっていました。


マングローブの木です。


マングローブの木は、

水上で、(えだ)四方八方(しほうはっぽう)に大きく(ひろ)げていて、

()をたくさん(しげ)らせていました。

()は、そのほとんどが(みどり)色でしたが、

ときどき()色い()も、チラホラと()じっています。

この海辺(うみべ)には、そうしたマングローブの木が、

そこら(じゅう)に、何本(なんぼん)何本(なんぼん)()えており、

巨大(きょだい)な森を(つく)っていました。

2ひきの魚は、

その森の、

それぞれの木の根元(ねもと)をうすく(ひた)している、とう(めい)な水の中を(およ)いでいきます。

そうして、

マングローブの、(なな)めになった()の下をくぐり()け、

(いわ)(いわ)の、せまいすき()(とお)り、

(あさ)海辺(うみべ)を、(おく)(おく)へと(すす)んでいくと、

やがて、前方(ぜんぽう)に、

ひときわ大きい、1本のマングローブの木が見えてきました。


「あった。あの大きな木よ。

 あそこの下に、入り口があるの」


赤い魚は、

そう()って、そちらへと(およ)いでいきます。

(すこ)()くと、

(たい)らだったジャリの水底(みずぞこ)は、ゆるやかな下り(ざか)()わりました。

どうやら、

この(あた)りの水底(みずぞこ)は、

あの、大きなマングローブの木を中心(ちゅうしん)にして、

ちょっとだけ、くぼんでいるみたいでした。

2ひきは、

その、くぼみの中心(ちゅうしん)()かって、

ジャリの斜面(しゃめん)を下りていきます。



くぼみの、いちばん(ふか)いところにたどり()きました。

赤い魚の、目の(まえ)には、

マングローブの、立派(りっぱ)(ふと)(みき)が、

高々(たかだか)と、そびえ立っています。

赤い魚は、

その(ふと)(みき)根元(ねもと)の、すぐ(となり)を見ました。

そこには、

マングローブの(みき)()されて片側(かたがわ)()き、(なな)めになった四角(しかく)(いわ)がありました。

その(いわ)の下にできている、すき()()こうはまっ(くら)でした。

(おく)(ほう)まで、

ずうっと(なが)(つづ)いているみたいです。


「ここよ。このすき()()けた先にあるの。

 中は、せまいし(くら)いから――」


気を()けて・・・と、言葉(ことば)(つづ)けようとしたところで、

赤い魚は、(はな)すのをやめてしまいました。

ほほ()みを()かべて、

そのまま、ヒカリの魚の(ほう)()(かえ)ります。


今夜(こんや)は、あなたがいるから平気(へいき)ね。

 ワタシといっしょに()て、(みち)()らしてくれるかしら」


ヒカリの魚は、(かお)(ほこ)らしげに(たか)く上げると、

左にクルリと(まわ)りました。



すき()(おく)一本道(いっぽんみち)で、

()がりくねりながらも、下の(ほう)へと()びていました。

2ひきは、

赤い魚を先頭(せんとう)にして下っていきます。


(すこ)しすると、

(みち)(おく)に、うっすらと出口が見えてきました。

出口は、それからすぐに、

ぽおっとした、ヒカリの魚の()かりに()らし出され、

はっきりと見えるようになりましたが、

その()こう(がわ)は、(くら)いままでした。


赤い魚は、

出口に(ちか)づくと、そこで()まりました。

目の(まえ)には、

(ひろ)い、(つつ)のようなタテ(あな)が、

上にも下にも、(なが)()びています。

赤い魚は、

その(つつ)の中ほどにある出口のヘリで、(かお)真上(まうえ)()けました。

星空(ほしぞら)()かって、

タテ(あな)(かべ)が、まっすぐ(たか)()びており、

その(かべ)の、途中(とちゅう)から上にだけ、

()かりが、(なな)めに()たっていました。


「ごめんね・・・、(すこ)(おそ)かったみたい」


見上げたまま、そう口にした赤い魚は、

それから、

自分(じぶん)(となり)へ、ゆっくり目を()けました。

ヒカリの魚が、出口のヘリから(かお)だけを出し、

タテ(あな)の下の(ほう)を、

熱心(ねっしん)に、のぞきこんでいます。

赤い魚も、

(おな)じく、下をのぞきこみます。

ヒカリの魚の、ぽおっとした()かりのおかげで、

穴底(あなぞこ)が、うっすらと見えています。


「ホントは、きれいなものが見えたんだけど・・・」


赤い魚は、ちょっと残念(ざんねん)そうに()いました。

ヒカリの魚は、しばらくの(あいだ)

そのまま、

赤い魚の(となり)で、下をのぞきこんでいましたが、

やがて、出口のヘリから(はな)れ、

(あな)中央(ちゅうおう)へと、ゆっくりと(およ)いでいきました。

そうして、

それから(かお)を下に()けると、()ビレを()って、

穴底(あなぞこ)へと、

1ぴきで、もぐっていきました。


「あ!」


出口のヘリから、それを見ていた赤い魚は、

(きゅう)(こえ)を上げました。

もぐっていくヒカリの魚を(かこ)うようにして、

突然(とつぜん)

大きな、七色の(まる)(にじ)(あらわ)れたのです。


(まる)(にじ)は、

ヒカリの魚よりも(すこ)(ひく)位置(いち)海中(かいちゅう)にできていました。

いちばん(そと)(あか)

(つぎ)がオレンジで、()色をはさんで(みどり)色。

(あか)るい青から(くら)い青に()わっていき、もっとも内側(うちがわ)(むらさき)色。

七色の(にじ)は、

ヒカリの魚がもぐっていくのに()わせて、(すこ)しずつ下の(ほう)へと()げていき、

そして、その()をだんだんと小さくしていきます。


「ねぇったら、ねぇねぇ!。気づいてないの?。

 (にじ)()っかが下にできてるよ!」


赤い魚が、大きな(こえ)(おし)えると、

穴底(あなぞこ)(ちか)くをうろついていたヒカリの魚は、(うご)きを()めました。

それから、

自分(じぶん)のすぐ下を、あちこち見(まわ)し、

(つぎ)に、(まわ)りの(かべ)をグルッと見(わた)し、

最後(さいご)に、赤い魚の(ほう)を見上げました。

(かお)を、(よこ)(かたむ)けます。


「見えてないの?。

 ほら、

 (いま)もあなたのすぐ下に、きれいな(にじ)()っかが・・・」


ヒカリの魚は、

それを()くと、ふたたび(かお)を下に()けました。

そのまま、(あた)りをゆっくりウロウロします。

そして、

少ししてから(およ)ぐのをやめ、

赤い魚を見上げ、

まっ白い(かお)を、(よこ)(かたむ)けました。


「あ、

 もしかすると、その位置(いち)からだと見えないのかもしれないわ。

 こっちに(もど)ってきて。

 ここからなら、

 きっと、(にじ)が見えると(おも)うから」


赤い魚が、そう()うと、

ヒカリの魚は(かお)を下に()けて、

(ひろ)穴底(あなぞこ)を、もう一度(いちど)ざっと見(わた)したあと、

上を()いて、

そのまま、出口のヘリにいる赤い魚の(ほう)へと、

()ビレを()って(およ)(はじ)めました。


「あ!、ちょっと()って。

 ストップ、ストーップ!」


赤い魚の、その大きな(こえ)()き、

ヒカリの魚は、すぐさま(うご)きを()めました。

赤い魚の(かお)を、

ふしぎそうな様子(ようす)で、じぃっと見ています。


「あのね、

 あなたが上がってくるのに()わせて、(にじ)()っかも上がってきて、

 だんだんと、また大きくなってきたの。

 たぶん、あなたがここに(もど)ってくる(まえ)に、

 大きくなった(にじ)が、(まわ)りの(かべ)にぶつかって()えてしまうわ」


赤い魚が、そう説明(せつめい)すると、

ヒカリの魚は、

ちょっとしてから、(かお)(よこ)(かたむ)けました。

わからなかったみたいです。


「えーっと、この場所(ばしょ)はね・・・、

 もうちょっと早くに()ると、月の(ひかり)がまっすぐ下まで()しこんでね、

 その(ひかり)で、

 (あな)(そこ)に、山なりの()がった(にじ)(うつ)りこむの。

 (いま)、あなたの(まわ)りにできている(にじ)は、

 それとは(かたち)(すこ)(ちが)ってて、()っかになってるし、

 あと、海中(かいちゅう)()かび上がってるけれど、

 でも、

 きっと、()たような原理(げんり)だと(おも)うの。

 月の(ひかり)()わりに、あなたの(ひかり)でその(にじ)はできていると(おも)うの」


ヒカリの魚は、赤い魚を見上げたまま、

(はなし)をおとなしく()いています。


「たぶん、(にじ)は、

 あなたが(あな)の下の(ほう)にいないと(あらわ)れないの。

 そして、その(あらわ)れた(にじ)は、

 きっと、(たか)場所(ばしょ)からじゃないと見えないのよ」


ヒカリの魚は、

いったん、(かお)を下に()け、

(すこ)ししてから、

ふたたび、出口のヘリにいる赤い魚を見上げます。


(にじ)を見るためには、

 (ひか)ってるあなたが、(あな)の下の(ほう)(にじ)(つく)って、

 それと同時(どうじ)に、

 もう1ぴきのあなたが、

 ワタシのいる、ここの場所(ばしょ)からその(にじ)を見ないと、

 たぶん、ダメなの」


ヒカリの魚は、しばらくしてから、

また、(かお)(よこ)(かたむ)けました。

やっぱり、わからないみたいです。


「えっと、

 だから、あなたが下と上で2ひきいないとその(にじ)は見れないのよ」


ヒカリの魚は、

(かお)(かたむ)けたまま、

(すこ)しの(あいだ)、じぃっと(うご)きを()めていましたが、

やがて、

(あたま)をピクッと(うご)かすと、

左に、クルリと(まわ)りました。

上を()き、口を大きく()けると、

そのまま、

立てたままの自分(じぶん)(からだ)を、徐々(じょじょ)に下へと(しず)ませていきます。


「あっ、海草(かいそう)新芽(しんめ)!」


口を()じたヒカリの魚の、目の(まえ)には、

まぶしい白い()かりに(つつ)まれた新芽(しんめ)が、プカプカと()かんでいました。


新芽(しんめ)(うご)かないのを、

その()でしばらくの(あいだ)(たし)かめたヒカリの魚は、

(いそ)いで、赤い魚の(ほう)へと(およ)ぎ出しました。

そして、

出口のヘリの、赤い魚の(となり)(かえ)ってくると、

あらためて、

(あな)(そこ)()(かえ)ります。


2ひきの魚たちの視線(しせん)の先、

まぶしい()かりに(つつ)まれた、小さな新芽(しんめ)の、

その、さらに下には、

大きな七色の()っかが、

タテ(あな)海中(かいちゅう)に、

きれいに、はっきりと()かび上がっていました。



ヒカリの魚は、

すぐさま(あな)中央(ちゅうおう)へと、(いきお)いよく()び出していきました。

クルリ、クルリ、クルリ・・・と、

何度(なんど)何度(なんど)(まわ)(つづ)けます。


出口のヘリの赤い魚は、

その、ヒカリの魚がはしゃぎ(まわ)姿(すがた)(うれ)しそうに(なが)めながら、

(たず)ねました。


「どう?。おもしろかった?」


ヒカリの魚は、すぐに(まわ)るのをやめ、

こくんこくん・・・と、

赤い魚に()かって、すばやく2(かい)うなずくと、

ちょっとしてから、

(かお)を上に()けました。

タテ(あな)の、はるか()こうに(ひろ)がる夜空(よぞら)を見つめて、

(つぎ)に、赤い魚を見て、

また、夜空(よぞら)を見上げたあと、

赤い魚の(ほう)へと、ゆっくりと(およ)いでいきます。


出口のヘリに(もど)ったヒカリの魚は、

(ねん)のため、

もう一度(いちど)、空を(たし)かめます。

そうして、それから、

赤い魚の()ビレの(ほう)()くと、(かお)(ちか)づけていき、

口を、パクパクと(うご)かし(はじ)めました。


「・・・ダメよ」


赤い魚は、()いました。


「それは、イケナイことなんでしょう?。

 ワタシ、あなたが(よろこ)姿(すがた)を見て満足(まんぞく)したわ。

 とっても(うれ)しかった。

 それで、じゅうぶんよ」


赤い魚は、

ヒカリの魚を見て、ほほ()みました。

ヒカリの魚は、

赤い魚の、()けた()ビレのそばで、

口を()けたまま、(うご)きを()めていましたが、

やがて、その口を()じていくと、

(かお)を、ゆっくりと下へ()けていきました。

しょんぼりとしています。


「ほらほら、元気(げんき)出して。

 早く(つぎ)場所(ばしょ)()かいましょ。

 ニライカナイの(しま)には、

 まだまだおもしろい場所(ばしょ)が、たっくさんたっくさんあるんだから」


(こえ)(あか)るくして、そう()った赤い魚は、

クルリと()をひるがえし、タテ(あな)()()けました。

すき()(つづ)(ほそ)い上り(みち)を、また(もど)(はじ)めて、

すぐさま、(うし)ろを()(かえ)ります。


「ほらぁ、

 そんなところで、いつまでもしょんぼりとしてないで、

 早く()きましょ。

 あなたが()らしてくれないと(みち)がまっ(くら)で、

 (こわ)くて(かえ)れないわ。

 ワタシ、あなたがいないとダメなの」


それを()いたヒカリの魚は、

(かお)を、ゆっくりと()こしました。


「・・・いっしょに()てくれるかしら?」


(おだ)やかな()みを()かべた赤い魚の(かお)を、じぃっと見ていたヒカリの魚は、

(すこ)()()いてから、

(しず)かに、

こくん・・・と、うなずきました。

《マングローブ》とは、

正しくは、河口付近にある汽水域の森林のことを指す言葉だそうです。

なので、作中に出てくる《マングローブの木》は、

本来は、特定の種類の樹木を指し示す言葉としては不適切なのですが、

本当の名である《ヤエヤマヒルギ》と書いても、

普通の人は、そのタコ足のような根を持つ木を脳裏に描きにくいだろう・・・と判断し、

作中では分かりやすさを重視して、敢えて《マングローブの木》と表現しています。

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