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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
105/292

105.その日は、もうとっくに夜は明けているというのに

その日は、もうとっくに(よる)()けているというのに、

(うみ)の上も、(うみ)の中も、

ずっと、うす(ぐら)いままでした。

空を(すべ)て、どんよりとした(あつ)(くも)がおおっていて、

それが、

はるか上にあるはずの太陽(たいよう)姿(すがた)を、すっかり(かく)してしまっていました。

(かぜ)が、ビュウゥゥ・・・ビュウゥゥ・・・と(おそ)ろしい音をたてて、

(つよ)()いています。


やがて、(かぜ)の中に、

目に見えないくらいの(こま)かさの、(こな)のような雨粒(あまつぶ)()じるようになりました。

しばらくすると、

そこに普通(ふつう)雨粒(あまつぶ)が、

ときどき、ポツリポツリと()じるようになり、

さらに(すこ)しすると、

その普通(ふつう)雨粒(あまつぶ)は、どんどん()えていき、

あっという()に、たくさんの(りょう)になり、

ついには、

ドシャ()りの(はげ)しい雨が、(あた)一帯(いったい)をまるごと(つつ)んでしまいました。

アラシが、やって()たのです。


(ひろ)(ひろ)(うみ)全体(ぜんたい)に、

大量(たいりょう)の雨が、休むことなく()っていました。

(うみ)のそこら(じゅう)で、

その、水面(すいめん)()ちるときの雨粒(あまつぶ)の音が、

ザアザア、ザアザアと、

(すこ)しの()()もなく、()(つづ)けています。

(たき)のような、ごう音です。

それが、

(うみ)の、あらゆる場所(ばしょ)()っているのです。

(かぜ)の音も(なみ)の音も、全部(ぜんぶ)かき()されてしまって、

まったく()こえません。

それほどの、すさまじい雨が()っていたのです。


(うみ)の上は大()れでした。

あらゆる場所(ばしょ)が、

ゆらり・・・、ゆらり・・・と、

大きく、不気味(ぶきみ)(なみ)()っています。

水面(すいめん)が、ゆっくり()ち上がっていき、

クジラの背中(せなか)くらいの(たか)さになったかと(おも)うと、(すこ)()まって、

今度(こんど)徐々(じょじょ)(ひく)くなっていき、(ふか)(しず)みこみ・・・。

(すこ)()()いてから、

その、(しず)みこんでいた海面(かいめん)が、

また、ゆっくり大きく()ち上がっていき、

クジラの(たか)さになると()まって、

(すこ)しすると、

また徐々(じょじょ)(ひく)くなっていき、(ふか)(しず)みこんでいき・・・。

そんな(かん)じの、

普段(ふだん)(なみ)とは(くら)(もの)にならないほどの、とてつもない大きさの上がったり下がったりを、

(うみ)は、

あちらこちらで、

ただひたすら、くり(かえ)していました。



いっぽう、海底(かいてい)は、

しかし、

そういった、さわがしい(うみ)の上と(ちが)って、

とても(しず)かなものでした。

数百万(すうひゃくまん)とも数千万(すうせんまん)ともつかない、ものすごい(りょう)雨粒(あまつぶ)たちが、

海面(かいめん)に、(つぎ)から(つぎ)へと()ちたときの、

一瞬(いっしゅん)途切(とぎ)れることのない、そうぞうしい雨音も、

この、(ふか)(うみ)(そこ)までは(とど)きません。

(しお)が、いつものように、

ときどき、ゆっくり(やさ)しく(なが)れていき、

海草(かいそう)たちも、その(しお)()わせて、

(くき)()を、

そよそよと、(おだ)やかになびかせています。


赤い魚も、(しず)かでした。

大きな目を(すこ)しだけ()けて、

そのまま、

うす(ぐら)海底(かいてい)(すな)の上で、

1ぴきで、じっと(よこ)になっていました。

ピクリとも(うご)きません。

きのうの(よる)から、

ずっと、そうでした。

ずっと、(たお)れたままでした。

()き上がる元気(げんき)は、

赤い魚には、

もう、(のこ)っていませんでした。



(うみ)(そこ)が、ちょっとだけ(あか)るくなりました。

太陽(たいよう)(ひかり)ではありません。

月の(ひかり)です。

(よる)になり、アラシはようやく()ったのでした。


赤い魚は、海底(かいてい)(すな)()そべったまま、

(とお)くの(ほう)を、

ただ、ぼんやりと(なが)めていました。

(うみ)の生き(もの)たちは、1ぴきも見あたりません。

広々(ひろびろ)とした、うす(ぐら)(うみ)(そこ)は、

ひっそりとしています。


目が、かすんできました。

(うみ)景色(けしき)が、だんだんと見えなくなっていきます。

赤い魚は、

自分(じぶん)(いま)までのことを、ぼーっと(おも)()かべていました。


()れで、毎日(まいにち)イジメられていたこと。

ある日、ガマンできなくなり、

そこを()び出したこと。

(からだ)の大きな魚に()ビレを()いちぎられ、

(およ)げなくなってしまったこと。

シマシマの魚と、いっしょに()らすようになったこと。

(うら)()られたこと。

また、1ぴきだけに(もど)ってしまったこと・・・。



心が(くる)しくなりました。

でも、ナミダは出てきませんでした。

何日(なんにち)もの(あいだ)、ずっと()(つづ)けていたため、

もう、とっくに()れていたのです。


赤い魚は、

(うみ)(そこ)(よこ)になったまま、

1ぴきで、

おとなしく()っていました。

(むか)えが()るのを、()っていました。



しばらくすると、

目の(まえ)が、ぽおっと(あか)るくなりました。

どうやら、お(むか)えが()たようです。

赤い魚は、

口を、わずかに(うご)かしました。


もう一度(いちど)・・・、

(あま)くておいしい海草(かいそう)()・・・()べたかった・・・な・・・。


(あた)りが、(きゅう)(くら)くなりました。

赤い魚は、

目を、ゆっくりと()じていきました。



・・・、

・・・、

・・・?


口元(くちもと)に、

かすかな感触(かんしょく)がありました。

小さな(なに)かが、

ゆっくり、そうっと()たったような、

そんな感触(かんしょく)でした。


しばらくすると、

また口元(くちもと)に、(おな)感触(かんしょく)がありました。

()()いて、

さらに、もう一度(いちど)

赤い魚は、

(たお)れたままで、

(すこ)ししてから、目をうっすらと()けました。


(よる)(くら)(うみ)が、ぼんやりと見えました。

()かりが、上から()しこんでいます。

だれもいません。

シーンとしています。


(気のせい・・・だったのか・・・な・・・)


うすく目を()けたまま、

海底(かいてい)砂地(すなち)で、じっとしていると、

やがて、

(ちか)くが、ぽおっと(あか)るくなりました。

そして、

上から小さな(なに)かが()ってきて、

赤い魚の口元(くちもと)に、ぽとり・・・と()ちました。


(なんだろ・・・。

 ワタシの口元(くちもと)・・・に、

 小さな(なに)か・・・が、

 (いま)・・・、たくさん・・・()ってる・・・。

 (かる)くて・・・、(まる)くて・・・、小さくて・・・。

 でも・・・、この(かん)じ・・・、

 ワタシ・・・、()ってる・・・気がする・・・。

 なんだ・・・っけ・・・。

 ・・・。

 ・・・。

 そう・・・だ・・・。

 (あま)くておいしい・・・海草(かいそう)の・・・。

 どうやって・・・、()べるんだっけ・・・。

 (たし)か・・・、こうやって・・・)


赤い魚は、

(よこ)になったまま、

口を、そうっと()けていきました。

すると、

口元(くちもと)()っていた、その小さな(なに)かが、

いくつか、口の中へと(すべ)()ちてきました。

赤い魚は、そのまま口を()じました。


(あぁ・・・、この(あじ)・・・。

 やっぱり・・・ワタシの(だい)()きな・・・海草(かいそう)()・・・。

 (あま)くて・・・おいしい・・・)


海草(かいそう)()を、

ゆっくり(あじ)わって()べていると、

目の(まえ)が、

ふたたび、ぽおっと(あか)るくなりました。

(すこ)(おく)れて、

赤い魚の口元(くちもと)に、

さっきと(おな)じ、小さくて(まる)いものが()ちてきました。


赤い魚は、

また、口を()けました。

(すべ)()ちてきたものを、パクリ・・・とキャッチします。

(おも)ったとおり、海草(かいそう)()でした。

時間(じかん)をかけ、じっくり(あじ)わいながら、

ひと()みひと()み、大事(だいじ)大事(だいじ)()べています。


(あぁ・・・、おいしかった・・・。

 ごちそう・・・さま・・・)


赤い魚は、満足(まんぞく)そうな表情(ひょうじょう)()かべると、

そのまま、

目を、(すこ)しずつ()じていきました。

そうして、しばらくすると、

今度(こんど)は、小さな寝息(ねいき)をたて(はじ)めました。


スー・・・、スー・・・。

スー・・・、スー・・・。

スー・・・、スー・・・。


赤い魚は、(うみ)(そこ)で、

その()

ひさし()りに、ゆっくりと(ねむ)りました。



目が()めました。

海底(かいてい)の、そこら(じゅう)に、

(あか)るい(ひかり)が、サンサンと()りそそいでいます。

上を見てみると、

(うみ)の、すき(とお)った水の()こうに、

(くも)ひとつない青空が(ひろ)がっていて、

その空の、まん中では、

太陽(たいよう)が、まぶしくギラギラと(かがや)いています。

どうやら、

もう、お(ひる)のようです。


赤い魚は、そのまま、

水の()こうの、()(わた)った空を、

ぼーっと(なが)めていました。

ゆらゆらと()れる、(あか)るい太陽(たいよう)手前(てまえ)を、

ときどき、

小さな魚の()れが、

いっせいに、サッと(よこ)()っていきます。


その様子(ようす)を、(うみ)(そこ)から見上げつつ、

今日(きょう)(なに)をしようかな・・・と、(かんが)(はじ)めたときでした。

ハッ・・・と気づきました。

すぐさま、(かお)を下に()けます。


砂地(すなち)の上に、

小さくて(まる)海草(かいそう)()が、いくつも(ころ)がっていました。


赤い魚は、

また、(かお)を上に()けました。


きれいな(うみ)の、きれいな水。

青い空。

太陽(たいよう)の、まぶしい(ひかり)

魚の姿(すがた)は、(いま)は見あたりません。

はるか上では、

カモメたちが大きくツバサを(ひろ)げ、ゆうがに()(まわ)っています。


赤い魚は、

(かお)を上に()けたまま、あっちやこっちを(すこ)しキョロキョロと見(まわ)してから、

今度(こんど)は、

自分(じぶん)周囲(しゅうい)(ひろ)がる(うみ)へと、目を()けました。


日光(にっこう)が、

まっすぐキラキラと()しこんでいる、(あか)るい(うみ)の中を、

色とりどりの、たくさんの魚たちが、

()()さそうに(およ)いでいて、

その手前(てまえ)を、

とう(めい)(からだ)のクラゲが、

フワリフワリと、のんびり気ままに(ただよ)っています。


赤い魚は、

(つぎ)に、(うし)ろを()(かえ)り、

そちらを見てみます。

すぐ(ちか)くにあるサンカク(いわ)()こうの、白い砂地(すなち)の上で、

2ひきのカニが、

(なか)()食事(しょくじ)をしていました。

ハサミを自分(じぶん)口元(くちもと)へと、

左右(さゆう)順番(じゅんばん)に、のろのろと(うご)かしています。


いつもの(うみ)の、いつもの景色(けしき)でした。

()わった様子(ようす)は、(とく)にありませんでした。



赤い魚は、

もう一度(いちど)自分(じぶん)の下を見てみます。

砂地(すなち)の上には、

(たし)かに、海草(かいそう)()(ころ)がっています。


赤い魚は、

それらの()を見つめたまま、じぃっと(かんが)えました。

しばらくして、

手前(てまえ)にある1コに、

口を、おそるおそる(ちか)づけていきます。


・・・パクッ。

モグモグ、モグモグ。


・・・。

・・・。

・・・(ねん)のため、もう1コ。


・・・パクッ。

モグモグ、モグモグ。


・・・。

・・・。

・・・。


(あま)くておいしい、いつもの(あじ)でした。

どうやら、(ゆめ)ではないようです。



赤い魚は、

もう一度(いちど)周囲(しゅうい)をグルっと見(まわ)して、

それから、(かお)を上に()けました。


あたたかい(うみ)の、きれいな水の()こうに、

あい()わらず、太陽(たいよう)がギラギラと(かがや)いています。


海草(かいそう)()、どうして()ってきたんだろう。

 たまたまワタシのところに(なが)れてきた、とは(おも)えないし。

 やっぱり、だれかが()ってきてくれたのかな・・・。

 そうだとすると、いったいだれが・・・)


空と太陽(たいよう)を見上げたまま、

しばらくの(あいだ)(かんが)えてみました。

でも、サッパリわかりません。


(そうだ、ここで()ってみよう。

 また、()てくれるかもしれない)


赤い魚は、(すな)の上に()ちてる()を、

パクッ・・・パクッ・・・と、

(のこ)さず(すべ)て、口に入れると、

岩場(いわば)(ほう)()(なお)し、ポンポンと(およ)いでいき、

そのまま(いわ)カゲに()(かく)しました。

そうして、口をモグモグと(うご)かして、

(いま)自分(じぶん)()べている海草(かいそう)()()ってきてくれた、そのだれか(・・・)()るのを、

そこで、

しんぼう(づよ)く、

じぃっと()(つづ)けました。

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