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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
101/293

101.「もう、ここに来るつもりはなかったのだけれど・・・」

「もう、ここに来るつもりは無かったのだけれど、

 何も言わずにいなくなってしまうと、心配する人がいるかもしれないと思って、

 それで、

 皆さんにお別れを言うために、一時的に戻ってきました。

 お礼の返事は約束できませんが、

 私に最後に言いたいことがある人は何でもどうぞ」



「彼女が、ここを立ち去る決心をしたのは、

 まず間違いなく、私のせいだろう」


「私に裏切られ、傷付き、

 もう、ここに顔を出したくなくなったのだろう」


「仲の良い、他の人たちとの縁を全て断ち切ってまで、

 ここを去りたくなってしまったのだろう」


「私のせいだ・・・」


「私が、見て見ぬフリをしてしまったから、

 だから彼女は・・・」



「全てを正直に話し、謝りたいと思った」


「私が悪かった・・・と」


「でも、

 彼女にそれをして良いのか、と思った」


「謝っても良いのか・・・と」



「彼女は、

 私が謝れば、きっと許すだろう」


「どれほど本人が許したくないと思ってても、

 きっと許してしまう」


「私のことを殺したいほど憎んでいたとしても、

 きっと許してしまう」


「自分の感情を必死に抑え込み、

 そうして、許してしまう」


「私のために、無理して許してしまう」


「私が罪悪感に苦しまなくて済むよう、

 自分の心を壊してでも、彼女は無理して許してしまう」


「そういう人だった」


「自分の気持ちよりも、相手の気持ちを優先してしまう人だった」


「たとえ、自分の限界を越えたとしても、

 それでも、相手のことを優先してしまう人だった」


「そうやって潰れてしまった人だった」



「そんな人に対して、私は謝って良いのか」


「自分の罪の意識を軽くして貰うために、

 更に彼女に負担をかけるようなことをしてしまっても良いのか」


「自分の都合で、彼女に無理させてしまっても良いのか」


「・・・」


「かと言って、返事をしないわけにはいかなかった」


「同じ過ちを、また繰り返すわけにはいかない」


「必ず何かは書かなければいけない」


「でも、何を書けば・・・」


「私のことを許したいと思っているか、そうではないか、

 一度、探りを入れてみるか」


「・・・いや、

 彼女に対して、そんなことは出来ない」


「試すような真似は出来ない」


「早くしないと、彼女はここを立ち去ってしまう」


「その前に、何か書かないと・・・」


「とにかく急がなければ・・・」


「でも、何を書いたら・・・」



「私は悩んだ」


「ノートパソコンのキーボードの上に両手の指を添えたまま、

 ただひたすらに、

 ひとり、悩んでいた」


「それまで回答した、どの相談よりも、

 恐らく悩んでいた」


「一番、悩んでいた」


「私は、どうしたら良いんだ・・・」


「分からない・・・」


「何も分からない・・・」



「そのまま、何もしないまま、

 1時間が経過した」


「私は、

 誰かが彼女の投稿に返信していないか、確認してみることにした」


「いくつか付いていた」


「どうしたの?。

 何故、急にやめしまうの?。

 もう帰ってこないの?。

 寂しいよ・・・」


「分かった。

 そう決心したのなら仕方ない。

 お達者で」


「そういった返事が並んでおり、

 それに対しての彼女の言葉が、既に付き始めていた」


「ここでの活動に、少し疲れました・・・。

 もう、二度と戻ってこられないと思います・・・。

 あなたもどうか、お元気で」



「死ぬことを仄めかしていると思った」


「私のせいだ」


「今まで散々、色々な人たちに裏切られ続けて、

 そうして最後に、私にも裏切られて、

 何もかもが信じられなくなり、

 それで、

 僅かに残っていた生きる希望を失くしてしまったんだ。

 生きる意思を失くしてしまったんだ」


「私が見て見ぬフリをしてしまったから、

 だから彼女は・・・」


「私のせいだ・・・」


「謝りたい・・・」


「全て話してしまいたい・・・」


「楽になりたい・・・」



「・・・いや、私のことは、

 もう、どうでも良いじゃないか」


「これ以上、彼女に負担をかけてどうする」


「彼女は、こんな私と仲良くしてくれた」


「温かみのある、優しい言葉を、

 沢山かけてくれた」


「楽しい記憶を、沢山くれた」


「彼女には、恩しかない」



「自分のためではなく、彼女のために返事を書こう」


「100%彼女を思って、返事を書こう」


「私のことは、どうでも良い」


「カッコ悪くても良い」


「酷いヤツと思われても良い」


「嫌われたって構わない」


「私が、いくら傷付こうが、

 そんなのは関係ない」


「彼女が、

 また元気になってくれさえすれば、何でも良い」


「私に何が出来るか、それを考えるんだ・・・」


「今まで貰った恩を、彼女に返すんだ・・・」


「それだけを考えるんだ・・・」


「しばらくの間、

 静かに、じぃっと考え、

 やがて私は、

 キーボードを叩き始めた」



「彼女に対する感謝の言葉を並べたんだ」


「言われて嬉しかったこと」


「面白かったこと」


「教えてくれたこと」


「気を使ってくれたこと」


「親身になって、心配してくれたこと」


「支えてくれたこと」


「慰めて貰ったこと」


「優しくして貰ったこと」


「優しい気持ちにさせて貰ったこと」


「温かい言葉をかけてくれたこと」


「温かい気持ちにさせてくれたこと」


「それら、ひとつひとつの思い出を挙げていき、

 それぞれに、お礼を言っていったんだ」


「ありがとう・・・って」


「それしか書かなかった」


「私が悪かった、とも、

 立ち去ることを思い留まって欲しいとも、

 まだ話していたい、とも、

 嫌いになったわけではない、とも書かなかった」


「ただただ、彼女に対する感謝の言葉だけを並べたんだ」


「正しいかどうかは分からなかった」


「最善かどうかも分からなかった」


「でも、これが、

 そのときの私に出来る、精一杯のことだと思った」


「彼女にしてあげられる、

 私の、精一杯のことだと思ったんだ」



「返事が掲載されるのを待っている間も、

 彼女の投稿には、他の人たちからの返事が続々と寄せられ、

 その、ひとつひとつに対して、

 彼女は言葉を返していった」


「彼女は、やはり変わらなかった」


「希望を全く感じさせない、鬱々とした言葉が並び、

 そこには、

 ときどき、自分の死を暗に示すような表現が含まれていた」



「私は、自分の返事が掲載されるのを、

 ノートパソコンの前で、静かに待っていた」


「恨みつらみを書かれても良い」


「彼女からの返事が無くても構わない」


「読んでくれさえすれば、

 それで構わないと思っていた」


「部屋で、

 ひとり、落ち着いて待っていた」



「やがて、私の返事が審査を通り、

 彼女の投稿に並んだ」


「そして、それから少しして、

 私のひとつ前の人に、彼女からの返事が付いた」


「私は、自分の文章が彼女に読まれることを祈りつつ、

 しばらくしてから、その投稿を開き直した」


「彼女からの返事が付いているかどうか、

 確認してみた」



「飛ばされていなかった」


「ちゃんと私の返事にも、彼女からの言葉が付いていた」


「私は画面をスクロールさせた」



「そこには、

 私と同じように、彼女からの感謝の言葉が綴られていたんだ」


「励ましてくれたこと」


「楽しい話をたくさん聞かせてくれたこと」


「仲良くしてくれたこと」


「それらのことに対しての、お礼の言葉が記されていた」


「ありがとう・・・って」


「見て見ぬフリをしたことについては、書かれていなかった」


「不満も嫌味も、

 私を責め立てるような言葉も、一切見当たらなかった」


「死を匂わせるような、そんな言葉も無く、

 感謝の言葉だけが、そこには述べられていた」


「いつもの彼女だった」


「他人を気遣う、

 いつもの優しい口調に、彼女は戻っていた」



「そして、

 それは、私に対してだけでは無かった」


「その後の返事についても、

 いつものように、丁寧な言葉を返すようになった」


「絶望に打ちひしがれた、重苦しい雰囲気は無く、

 いつもと同じ感じで、

 ひとりずつ、お礼の言葉を返していった」


「勿論、気の所為かもしれない」


「でも、

 ちょっとだけ元気が戻ったように見えた」


「言葉が、

 ちょっとだけ明るくなっていた」



「彼女からのお礼の言葉は、その後も掲載され続けたが、

 やがて、そこに2回めの返事が並ぶようになると、

 ピタッと止まった」


「更新されなくなった」


「そして、そのまま、

 彼女は、そのサイトから消えてしまった」


「いなくなってしまった」


「これが、

 私が見かけた、彼女の最後の投稿だった・・・」



「私は、

 このあとも、しばらくは彼女の姿を探し続けた」


「彼女が、自分の投稿が私に読まれていると知り、

 それで向こうが気を遣い、

 ただ単に、思い留まったフリをしている可能性もあった」


「私は、

 まだ自分の中で(くすぶ)っていた恐怖心と不安を払拭したかった」


「彼女が無事でいることを、ハッキリと確認したかった」


「でも、いくら探しても見付からなかった」


「それらしい人も、見付からなかった」


「そして、2ヶ月くらいして、

 私は、そのサイトには行かなくなってしまった」


「探すことを、諦めてしまった」

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