101.「もう、ここに来るつもりはなかったのだけれど・・・」
「もう、ここに来るつもりは無かったのだけれど、
何も言わずにいなくなってしまうと、心配する人がいるかもしれないと思って、
それで、
皆さんにお別れを言うために、一時的に戻ってきました。
お礼の返事は約束できませんが、
私に最後に言いたいことがある人は何でもどうぞ」
「彼女が、ここを立ち去る決心をしたのは、
まず間違いなく、私のせいだろう」
「私に裏切られ、傷付き、
もう、ここに顔を出したくなくなったのだろう」
「仲の良い、他の人たちとの縁を全て断ち切ってまで、
ここを去りたくなってしまったのだろう」
「私のせいだ・・・」
「私が、見て見ぬフリをしてしまったから、
だから彼女は・・・」
「全てを正直に話し、謝りたいと思った」
「私が悪かった・・・と」
「でも、
彼女にそれをして良いのか、と思った」
「謝っても良いのか・・・と」
「彼女は、
私が謝れば、きっと許すだろう」
「どれほど本人が許したくないと思ってても、
きっと許してしまう」
「私のことを殺したいほど憎んでいたとしても、
きっと許してしまう」
「自分の感情を必死に抑え込み、
そうして、許してしまう」
「私のために、無理して許してしまう」
「私が罪悪感に苦しまなくて済むよう、
自分の心を壊してでも、彼女は無理して許してしまう」
「そういう人だった」
「自分の気持ちよりも、相手の気持ちを優先してしまう人だった」
「たとえ、自分の限界を越えたとしても、
それでも、相手のことを優先してしまう人だった」
「そうやって潰れてしまった人だった」
「そんな人に対して、私は謝って良いのか」
「自分の罪の意識を軽くして貰うために、
更に彼女に負担をかけるようなことをしてしまっても良いのか」
「自分の都合で、彼女に無理させてしまっても良いのか」
「・・・」
「かと言って、返事をしないわけにはいかなかった」
「同じ過ちを、また繰り返すわけにはいかない」
「必ず何かは書かなければいけない」
「でも、何を書けば・・・」
「私のことを許したいと思っているか、そうではないか、
一度、探りを入れてみるか」
「・・・いや、
彼女に対して、そんなことは出来ない」
「試すような真似は出来ない」
「早くしないと、彼女はここを立ち去ってしまう」
「その前に、何か書かないと・・・」
「とにかく急がなければ・・・」
「でも、何を書いたら・・・」
「私は悩んだ」
「ノートパソコンのキーボードの上に両手の指を添えたまま、
ただひたすらに、
ひとり、悩んでいた」
「それまで回答した、どの相談よりも、
恐らく悩んでいた」
「一番、悩んでいた」
「私は、どうしたら良いんだ・・・」
「分からない・・・」
「何も分からない・・・」
「そのまま、何もしないまま、
1時間が経過した」
「私は、
誰かが彼女の投稿に返信していないか、確認してみることにした」
「いくつか付いていた」
「どうしたの?。
何故、急にやめしまうの?。
もう帰ってこないの?。
寂しいよ・・・」
「分かった。
そう決心したのなら仕方ない。
お達者で」
「そういった返事が並んでおり、
それに対しての彼女の言葉が、既に付き始めていた」
「ここでの活動に、少し疲れました・・・。
もう、二度と戻ってこられないと思います・・・。
あなたもどうか、お元気で」
「死ぬことを仄めかしていると思った」
「私のせいだ」
「今まで散々、色々な人たちに裏切られ続けて、
そうして最後に、私にも裏切られて、
何もかもが信じられなくなり、
それで、
僅かに残っていた生きる希望を失くしてしまったんだ。
生きる意思を失くしてしまったんだ」
「私が見て見ぬフリをしてしまったから、
だから彼女は・・・」
「私のせいだ・・・」
「謝りたい・・・」
「全て話してしまいたい・・・」
「楽になりたい・・・」
「・・・いや、私のことは、
もう、どうでも良いじゃないか」
「これ以上、彼女に負担をかけてどうする」
「彼女は、こんな私と仲良くしてくれた」
「温かみのある、優しい言葉を、
沢山かけてくれた」
「楽しい記憶を、沢山くれた」
「彼女には、恩しかない」
「自分のためではなく、彼女のために返事を書こう」
「100%彼女を思って、返事を書こう」
「私のことは、どうでも良い」
「カッコ悪くても良い」
「酷いヤツと思われても良い」
「嫌われたって構わない」
「私が、いくら傷付こうが、
そんなのは関係ない」
「彼女が、
また元気になってくれさえすれば、何でも良い」
「私に何が出来るか、それを考えるんだ・・・」
「今まで貰った恩を、彼女に返すんだ・・・」
「それだけを考えるんだ・・・」
「しばらくの間、
静かに、じぃっと考え、
やがて私は、
キーボードを叩き始めた」
「彼女に対する感謝の言葉を並べたんだ」
「言われて嬉しかったこと」
「面白かったこと」
「教えてくれたこと」
「気を使ってくれたこと」
「親身になって、心配してくれたこと」
「支えてくれたこと」
「慰めて貰ったこと」
「優しくして貰ったこと」
「優しい気持ちにさせて貰ったこと」
「温かい言葉をかけてくれたこと」
「温かい気持ちにさせてくれたこと」
「それら、ひとつひとつの思い出を挙げていき、
それぞれに、お礼を言っていったんだ」
「ありがとう・・・って」
「それしか書かなかった」
「私が悪かった、とも、
立ち去ることを思い留まって欲しいとも、
まだ話していたい、とも、
嫌いになったわけではない、とも書かなかった」
「ただただ、彼女に対する感謝の言葉だけを並べたんだ」
「正しいかどうかは分からなかった」
「最善かどうかも分からなかった」
「でも、これが、
そのときの私に出来る、精一杯のことだと思った」
「彼女にしてあげられる、
私の、精一杯のことだと思ったんだ」
「返事が掲載されるのを待っている間も、
彼女の投稿には、他の人たちからの返事が続々と寄せられ、
その、ひとつひとつに対して、
彼女は言葉を返していった」
「彼女は、やはり変わらなかった」
「希望を全く感じさせない、鬱々とした言葉が並び、
そこには、
ときどき、自分の死を暗に示すような表現が含まれていた」
「私は、自分の返事が掲載されるのを、
ノートパソコンの前で、静かに待っていた」
「恨みつらみを書かれても良い」
「彼女からの返事が無くても構わない」
「読んでくれさえすれば、
それで構わないと思っていた」
「部屋で、
ひとり、落ち着いて待っていた」
「やがて、私の返事が審査を通り、
彼女の投稿に並んだ」
「そして、それから少しして、
私のひとつ前の人に、彼女からの返事が付いた」
「私は、自分の文章が彼女に読まれることを祈りつつ、
しばらくしてから、その投稿を開き直した」
「彼女からの返事が付いているかどうか、
確認してみた」
「飛ばされていなかった」
「ちゃんと私の返事にも、彼女からの言葉が付いていた」
「私は画面をスクロールさせた」
「そこには、
私と同じように、彼女からの感謝の言葉が綴られていたんだ」
「励ましてくれたこと」
「楽しい話をたくさん聞かせてくれたこと」
「仲良くしてくれたこと」
「それらのことに対しての、お礼の言葉が記されていた」
「ありがとう・・・って」
「見て見ぬフリをしたことについては、書かれていなかった」
「不満も嫌味も、
私を責め立てるような言葉も、一切見当たらなかった」
「死を匂わせるような、そんな言葉も無く、
感謝の言葉だけが、そこには述べられていた」
「いつもの彼女だった」
「他人を気遣う、
いつもの優しい口調に、彼女は戻っていた」
「そして、
それは、私に対してだけでは無かった」
「その後の返事についても、
いつものように、丁寧な言葉を返すようになった」
「絶望に打ちひしがれた、重苦しい雰囲気は無く、
いつもと同じ感じで、
ひとりずつ、お礼の言葉を返していった」
「勿論、気の所為かもしれない」
「でも、
ちょっとだけ元気が戻ったように見えた」
「言葉が、
ちょっとだけ明るくなっていた」
「彼女からのお礼の言葉は、その後も掲載され続けたが、
やがて、そこに2回めの返事が並ぶようになると、
ピタッと止まった」
「更新されなくなった」
「そして、そのまま、
彼女は、そのサイトから消えてしまった」
「いなくなってしまった」
「これが、
私が見かけた、彼女の最後の投稿だった・・・」
「私は、
このあとも、しばらくは彼女の姿を探し続けた」
「彼女が、自分の投稿が私に読まれていると知り、
それで向こうが気を遣い、
ただ単に、思い留まったフリをしている可能性もあった」
「私は、
まだ自分の中で燻っていた恐怖心と不安を払拭したかった」
「彼女が無事でいることを、ハッキリと確認したかった」
「でも、いくら探しても見付からなかった」
「それらしい人も、見付からなかった」
「そして、2ヶ月くらいして、
私は、そのサイトには行かなくなってしまった」
「探すことを、諦めてしまった」




