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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
101/301

99.「3月の中頃のことだった」

「3月の中頃のことだった」


「談話室で、彼女の投稿を見付けた」


「いつものように、

 冒頭には、どことなく寂しげな風景の詩が載せられており、

 その後に、自分の話が綴られていた」


「家族の楽しそうな笑い声を、部屋でひとり聞いていると、

 堪らなく苦しい気持ちになってくる・・・という内容だった」


「私は、返信を躊躇(ためら)った」


「これ以上、深入りするべきではない・・・と思った」


「彼女のことをここで元気づけてしまうと、もう引き返せない気がした」


「感情が抑えきれなくなりそうだった」


「どうなってしまうか、分からなかった」


「これ以上、深入りするべきではない」


「私は、彼女の言葉をしばらくじっと見つめたあと、

 キーボードから手を浮かせ、

 ノートパソコンを、パタンと閉じた」



「でも、

 部屋でひとり、寂しそうにしている彼女を想像すると、

 どうしようもなく胸が締め付けられた」


「画面の前で、私の言葉を待ってくれてるかもしれない」


「このまま、何もしないで良いのか。

 声をかけてあげなくて良いのか。

 私は、それで良いのか。

 私は、それで満足なのか」


「心の中に、

 焦りにも似た、言いようのない何かの感情が湧き上がってきた」


「段々と、居ても立ってもいられなくなってきた」


「あとのことは、あとで考えれば良いじゃないか。

 とにかく今は、励ましてあげよう。

 大丈夫だ。

 きっと、どうにかなる」


「ノートパソコンをすぐに開いた」


「画面上の彼女の投稿を見ながら、彼女が元気になりそうな言葉を懸命に考え、

 それを送信し、

 ノートパソコンを、また閉じた」



「その後、

 私は布団の中で丸まり、目を開いたまま、

 ずっと考えていた」


「自分は、いったいどうなってしまったんだろう」


「送るつもりはなかった」


「これ以上ここで好きになっても、どうしようもない。

 その先には何も無い。

 何も出来ない。

 思い苦しむことになる。

 それは充分に分かっていたはずなのに、どうして書いてしまったんだ。

 書くべきじゃなかった。

 書くべきじゃなかったのに、何故・・・」


「少しずつ、自分が自分じゃなくなっていってるような気がした。

 自分の意思が、徐々に彼女に支配されつつある気がした。

 何かの拍子で正気を失ってしまいそうで、

 気が狂ってしまいそうで、

 私は、自分で自分が怖かった」



「次の日の昼過ぎ、

 布団から抜け出し、サイトを覗いてみると、

 彼女の投稿に寄せられていた、それぞれの返事に対しての、

 彼女からの、お礼の言葉が付いていた」


「ただし、

 私の返事に対するお礼の言葉だけ、何故か付いていなかった」


「彼女を怒らせるような返事を書いてしまったのだろうか。

 それで、お礼の言葉を書きたくなかったから、

 わざと書かなかったのだろうか」


「一瞬、そう思ったが、

 しかし、彼女がそんな人でないことは、

 私には充分に分かっていた」


「一見、失礼に思える人の返事に対しても、

 彼女は毎回、律儀にお礼の言葉を返していた」


「それに何より、

 私がどういう思いであれを書いたか、

 何を願ってあれを書いたか、

 彼女だったら、それを誰よりも正確に見抜くはず」


「なら、他に考えられる理由は、

 お礼の返事を書いたけれども、それが管理人たちの審査を通らず、

 そのため載らなかった・・・ということだった」


「しかし、

 それも妙な話だった」


「以前、彼女は言っていた。

 今まで1回も不掲載になったことは無い・・・と」


「掲載基準スレスレの、

 危うい表現を使うこともなかった」


「いつも、

 サイトのルールに(のっと)った、礼儀正しい文章を書いていた」


「何となく思った」


「向こうも、

 こっちと似たような状態になっているのでは?」


「その事に対し、私は少し嬉しく思ったが、

 しかし、すぐに思い直した」


「この状況は、非常にマズイ」


「良くない」


「お互い、危険な状態になっている・・・と」



「私は、

 しばらくしてから彼女の投稿を離れ、自分の投稿を開いた。

 気を紛らわすため、

 貰った返事に対しての、お礼の言葉を書こうと思った」


「そこには、

 彼女を含めた、仲の良い人たちからの返事が並んでおり、

 そして、その最後には、

 彼女からの、追加の返事が付いていた」


「読んでみた」


「お礼の文章を書いたのだけれど、でもボツになっちゃった。

 ゴメンね。

 あなたの言葉は好き。

 でもそれを読むと、いつも心が痛くなってしまう。

 苦しくなってしまうの」


「そのときの私は、

 向こうも同じ状態になっていると確信した」



「一旦、距離を置こう。

 ここでお互い、そんな感情になっても仕方ない。

 会うことが叶わず、ふたりとも苦しむだけだ」


「そう書こうと思った」


「でも、書けなかった」


「理由は色々」


「私が、

 気が狂いそうになるほど好きになっていることを、彼女に知られたくなかったし、

 あとは、

 他の利用者たちから、好奇に満ちた目で見られることも嫌だった」


「でも、一番大きな理由は、

 彼女と、今までと同じように話せなくなってしまうことだった」


「このまま、ずっと話していたかった」


「彼女の話を、もっと聞いていたかった」


「彼女から離れたくなかった」


「疎遠な関係に、もう戻りたくなかった」


「だから私は、普通の返事を書いた」


「彼女の気持ちに気付いていないフリをし、

 いつもと同じになるように細心の注意を払いつつ、

 普通の返事を書いた」


「送信した後、何度も書き直そうと思った」


「でも、どうしてもそれが出来ずに、

 そうこうしている間に、

 その返事が、審査を通ってしまった」


「掲載されてしまった」


「私は、自分が怖くなった」


「自分の思うように自分が動かない」


「自分の意思通りに自分が動かない」


「いつも、いつの間にか、

 思っていたことと別のことをしてしまう」


「気付いたら違うことをしている」


「自分のことが全く分からない」


「少しも理解できない」


「どうなってしまったんだ、私は・・・」



「それから少しして、

 私の投稿に、彼女からの追加の返事が付いた」


「ただし、

 一番新しい投稿ではなく、過去の投稿の方に付いていた」


「迷った末、読んでみることにした」


「私のために新しく投稿した・・・という内容で、

 最後に、もっと話していたいから・・・と書いてあった」



「多分、初めてのことだった」


「そんなことをする人では無かった」


「特定の誰かのために投稿することも無かったし、

 返事の催促をわざわざすることも無かった」


「彼女は、このサイトとは、

 敢えて、一定の距離を置いている印象だった」


「のめり込み過ぎないように気を付けている印象だった」


「ついに一線を越えてきた・・・と思った」


「その、新しく投稿されたものを開いてみると、

 そこには、

 いつもと違って、彼女の詩だけが載っていた」


「恋人同士が手を握り、

 夜道を、ふたりきりで歩いている詩だった」



「ダメだ」


「このままだと、

 いつかお互い、おかしくなってしまう。

 正気を失ってしまう。

 このままでは、絶対にダメだ。

 何とかしないと」


「当時の私は気付いていなかったけど、

 このとき、もう既に正気でなくなっていた」


「意識が錯綜し、混乱し、

 物事を、正常に考えることができなくなっていた」


「何とかしないと。何とかしないと。何とかしないと・・・」


「焦る気持ちばかりで、

 どうしたら良いか、冷静に考えられなくなっていた」


「・・・」


「・・・そんな中」


「そんな中、私の出した結論が、

 気付いていないフリだった」


「古い投稿に付いた彼女の返事や、新しく投稿された詩に、

 私は気付いていないフリをした。

 見て見ぬフリを、してしまったんだ・・・」

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