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Summer Echo  作者: イワオウギ
100/289

100.「え・・・」

「え・・・」


少年が、小さく声を漏らした。

私は顔を俯け、

膝先で組んだ自分の手と、

その向こうの、

オレンジ色で照らし出された、(ほの)明るい境内の地面を見つめる。

辺りでは、数えきれないほどのヒグラシたちが、

その寂しそうな声を、

一心不乱に、高々と響かせている。


カナカナカナ・・・。

カナカナカナ・・・。

カナカナカナ・・・。


しばらくしてから、

私は、

もう一度、繰り返した。


「私は、見て見ぬフリをしたんだ。

 彼女の投稿を、無視してしまったんだ」


「だって、

 そんなことしたら、その人・・・」


少年の声が、

途中で、こちらを向いた。

私は顔を俯けたまま、

静かに目を閉じた。

そのまま、

少し間を置いてから、息をひとつ。


やがて、ゆっくりと目を開き、

顔を上げた。

視線の先に広がる、夜の闇を見据えて、

続きを、

また、ひとりで語り始める。


「その次の日、

 私の新しい方の投稿に、彼女からの返事が追加で付いていた」


「詩の投稿については触れられていなかった」


「一見、いつもの雑談」


「ただ、その返事の裏に、

 私は、彼女の抑えがたいほどの苛立ちを感じていた」


「凄まじい怒りの感情が、何となく伝わってきた」


「彼女の、そんな態度を、

 私は、一度も見たことが無かった」


「サイト内の誰に対しても」


「どんな返事に対しても」


「どんなときでも」


「ただ淡々と、自分の言葉を綴っていた」


「礼儀正しく、落ち着いた声を返していた」


「そのときが初めてだった」


「自分の感情を(あら)わにし、あそこまで苛立った姿を見せたのは、

 そのときが初めてだった」



「迷った」


「私は迷った」


「正直に打ち明けよう、と思った」


「お互いのために距離を置こうとしたことを、

 正直に打ち明けようと思った」


「でも、それをしなかった」


「自分が間違った対応をしてしまったことを、

 そのときの私は認めたくなかったんだ」


「彼女を酷く傷付ける、心無い対応をしたことを、

 私は認めたくなかったんだ」


「このまま気付いていないフリを続けよう」


「大丈夫、誤魔化しきれる」


「すっとぼけたフリを、この先ずっと続けていれば、

 いつか向こうも、

 きっと、そう思ってくれるだろう」


「大丈夫だ。何とかなる」



「私は、

 彼女の、苛立った返事に、

 何食わぬ顔で、普段どおりの言葉を返した」


「すぐに、

 また、彼女の追加の返事が付いた」


「やはり苛立っていた」


「私も、

 また、普段どおりの言葉を返した」



「そして、その日を境に、

 彼女は、パタッと姿を消した」


「投稿もしないし、

 仲の良い人たちに対する返信もしない」


「そのサイトから、

 急にいなくなってしまったんだ・・・」



「最初は、たまたまだと思った」


「すぐに、また現れるだろうと思っていた」


「でも、

 それが3日、4日と続くうちに、

 次第に自分の中に、焦りの感情が募ってきた」


「サイト中のあるゆる投稿と、それに付いた全ての返事を読み、

 彼女の姿を探した」


「既に開いたことのある投稿も、新たに付いた返事が無いか、

 何度も何度も確かめた」


「次から次へと投稿を開き、

 必死になって、彼女を探した」


「一日中、探した」


「毎日、探した」


「でも、どこにもいない」


「見付からない」



「そのときになって、

 自分のした過ちと、その深刻さに気付き始めた」


「もしかして私は、

 とんでもないことしてしまったのでは・・・」


「彼女を深く傷付けてしまうような、酷いことをしてしまったのでは・・・」


「二度と立ち直れなくなるような、

 そんな、取り返しのつかないことをしてしまったのでは・・・」


「なんてことをしてしまったんだ・・・」


「最低だ・・・」


「もしかしたら、彼女は・・・」



「焦燥感と後悔と罪悪感が複雑に絡み合った、

 一筋の光も射し込まない、重苦しい感情のままに、

 押し潰されてしまいそうな、強烈な恐怖心と不安感の中で、

 私は、来る日も来る日も探し続けた」


「彼女の姿を、必死に探し続けた」



「そして、探し始めてから2週間後、

 4月の初め頃、

 ようやく私は、彼女の投稿を見付けることが出来た」


「談話室に投稿された、そのタイトルには、

 こう書いてあった」


「お別れを言いに来ました」

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