9.マルマの願い
マルマの願い
「わしは、リリナという虫人の女王に惹かれた。リリナはわしがその星のマルマ(マグマ)を使い、神の子として初めて人型になろうとしているのを知ると、こう言って笑った」
「おやめなさい、あなたはその姿だからこそ『神の子』なのです。私にはあなたの姿は虫人の王にも負けぬ力溢れるお姿に映ります」
「わしは、リリナが王の側で、消え去ろうとする王の魂を懸命に呼び戻そうとしているのを見ていた。リリナは信じられないことに、その祈りを中断してまでわしにこう話した」
「さあ、神の子。「マルマ」よ、あなたがどうしても人型を求めると言うなら、王の亡骸を使いなさい。しかしそれは永遠ではありません、その後は姿無き神となってしまいます」
「わしは正直リリナのことが恐ろしかった。その口ぶりに「タオ」「マナ」「ヨミ」のことまで知っているように感じたのだ。おそらく、人型を手にしてもリリナの言う通りわしの命は永遠では無かろう。しかしわしはそれを選んだ。リリナの夫、レムリア最後の王の体を借りて……」
「そして、それと引きかえに、二度と元の体には戻れなくなってしまったのね。あなたはそれで満足だったの?」
ヒドランジアに覚醒したマイは、もうマルマの攻撃目標にはなっていなかった。
ラグナ・マルマはため息とも嘲笑ともとれる言葉で、マイにこう答えた。
「初めて、まばたきが出来た。手足は数が減ったが、物を捕まえることの出来そうな五本ずつの指まで付いていた。思いのほか丈夫な足は、ただ一対になってしまったが不自由などない。わしは満足だった。しかし同時に不安と、そして恐怖が襲った。死とは、いったいどんなものだ。このときから、わしは永遠の命を失ったのだ……」
ダーマは「マルマ」に訪ねた。
「マルマ、私たちは何故生まれたのですか?」
「教えてやろう、お前達はこのわしとリリナの子どものようなものだ」
マルマは話し続ける。ダーマはヒドランジアに拾い上げられたまま、それを聞いた。
イブ
「リカーナ」はルノクスで最後に生まれた子供であったとともに、ルノクス最後の「女神=イブ」であった。ゴリアンクスの虫人とともにこの星へ移住した彼女は、宇宙を旅する「レムリア」の中でゴラゾムの娘「マンジュ」、後のマンジュリカーナ、そして地球で「アロマ」、を産む。リカーナはやがてこの星へ移住した虫人たちの女王になった。しかし、ルノクス最後の女王「リリナ」の姿はそこにはない。
「わしがなんと呼ばれていたのかは知らない。ただ日毎に今まで感じたことの無い「死」というものを考えるようになった。わしがここにいるのは、王が「死んだ」から始まるのだ。死、それは何も無いことのようで実は全ての始まりなのかもしない。わしはその時、タオが言っていた通りだと思った。そう、やはりわしはまだ不完全だったのだ」
「不完全?」
マルマの話しを聞くマイはそう尋ねた。
「そうとも、わしは『リリナ』を殺したのも同じだ……」
マルマの話に変化が起こり始めたのは、「リリナ」の最期を語り始めた頃からだ。
「わしに『リリナ』は話してくれた。虫人はまだか弱く、まだひとり立ちのできないこと、兄弟星の虫人にも同じように新たな命が生まれなくなったこと。このままでは虫人たちは滅びてしまう、そんなことを……」
マイはその時、シルティと同じように「サクヤ」とシンクロを始めた。それは「マルマ」の回想と同じく、もうひとつの「神話」だった。
「女王は虫人にとって、たった一人の『イブ』なのだ。虫人の女王は『マナ』を用いて多くの虫人を生み続ける。そして次代の女王を生むとやがてその生涯を終える。この女王の一瞬の命、いや死にこそ意味がある。わしはそれに気が付いた、そしてわしの死にも意味を持たせようと思ったのだ。『マナ』の持つ『力』を使って欲しい、そうリリナに懇願した」
「その願いを、リリナは叶えてくれたというのね……」
「ああ、それと引き換えにマナを使い尽くし、リリナは死んでしまった。その時生まれたのがダーマ、お前たちわしの子孫だ」