89.最高傑作
最高傑作
「ゴリアンクスへは17パーセントの速度、到達予想時刻800ゼクトロン」
機械音が聞こえる、カグマは肩を落とした。予想以上に時間がかかる、だがその間にサクヤのゴラゾム細胞はあの娘の組織と馴染むことだろう。
「少しづつ、この身体が動かなくなって来ている。おそらく呼吸機能の壊死でしょう……」
冷静に彼女はそう診断した。そして自分の体を調べるうちに、遂に自分が「作り物」だと気づく。
「ハハハハッ、私もインセクトロイドだったのね。それも誰かの記憶まで持っている、最高傑作……」
その記憶が全て蘇るのは、少し後の事になる。
「私の全てのものは、サクヤ、あなたに譲ってあげるからね。ゴラゾム様に会った後で必ず、それまで眠らせて、パピィ……」
メイン・コンピュータは、艦内の照明を落とした。
「これより外宇宙航行に入ります。到達時刻780ゼクトロンに修正」
小型の宇宙船はさらに加速を始めた。
それは古い記憶だった。小型の宇宙船がゆっくりとルノクスに降下していく。その宇宙船には、かすかな生命体の放つ生体反応が感じられた。ルノクスから出発した虫人たちが向かった先は、太陽系第三惑星地球。あまりにも遠い、後を追おうとするこの生命体はその日まで到底生き残れないだろう。
エネルギーが枯渇していたゴリアンクスとは異なり、ルノクスにはそれでもまだわずかに宇宙船用の起動エネルギーが残っていた。
「あなたに私の思いを残しましょう」
そう言いその生命体は回収したシュラの「AI」に自分の脳を移植する決意をした。ゴリアンクスに帰還する、その宇宙船の中で少しづつ、しかし確実にカグマにはサクヤの記憶が蘇って来た。彼女がイブとして数多くの虫人を生み、遂にはノアを出芽させ、二人の王子を産んだこと。そしてリリナにルノクスで別れ際に告げたあの日のこと。
「リリナ、カグマはあなたの代わりに、私の記憶を残してくれた。でも……」
そのカグマ博士が消滅したことは、誰の記憶にも残っていない。彼の想いは何処にも残ってはいなかった。星間航行用エネルギー「ルノチウム」が残るルノクスに向かうカグマは操縦かんを手前に引き、着陸体制を整えた。その頃ゴラゾムはその命と引き換えに、「レムリア」を流星群の危機から救おうとしていた。
ゴラゾムの回想 〜シュラ編より〜
リカーナを眠らせ、宇宙船「レムリア」のベッドにゴラゾムは彼女をそっと寝かせた。彼には進行方向に大規模な流星群が見えた。行く手を阻むこの流星群は一体どこからやってくるのだろう?その時、彼の脳裏にふと「カグマ」の顔が浮かんだ。
「カグマ、何故あんなコマンドをインセクトロイドにプログラムした!火星の先住民をせん滅せよなどと、私たちはそうまでして生き延びようと思ってはいない……」
カグマは答えなかった。
「理想と現実は違う。虫人が生存可能な星、そのうち知的生命体のまだ生まれていない星を探査する時間など、わたしたちにはもうほとんどない。この星を捨てて旅立つことができるならばまだしも、それを虫人達はまだ、決断できまい。移住可能な星を見つけ、その星の先住民をせん滅した後、そこで生きるしかない。もちろんその罰は私がすべて受けよう」
しかしその火星には虫人が移住できなかった。カグマは落胆し、やがてその罪の深さに打ちのめされた。そしてそのシュラたちを追って単身ゴリアンクスを離れた。
「私は最初に一体のシュラを回収し『シュラを破壊せよ』とそのコマンドを書き換えた。火星のシュラを破壊した後、まさか自分がこんな体になろうとは……」
彼女の動かない機能は航行途中次々と機械化してあった。母星に戻るまで彼女は生き延びたかった……。
あの美しかったカグマの姿は母星の上空を通過する、宇宙船の中にはすでになかった。