87.最初のインセクトロイド
最初のインセクトロイド
小型の宇宙船が敷地の滑走路にアンカーを打ち込んだ。すると地下から半透明の円筒が伸び、船底にしっかりと固定された。エア・シューター・チューブの中を人影が降下する。
「サクヤ、おかえり。ルノクスのリリナは元気だったかい?」
人工培養液の中で膝を抱えて眠る、まだ幼いイブのデータを書き留めると、男は分厚いファイルを閉じて背中でそう言った。
「ええ、次の虫人はもう生まれない。やはり、リカーナが生まれたのがバジェスの最後の力だったそうね」
「出芽、イブの時代の終焉ということか」
「そう、やがてリリナの記憶は虫人から消えていく。リカーナの記憶の中でしかリリナがいたことは残らない……」
「バジェスの力は永遠に残るものではない、ノアの力も限界が近いのだな」
この敷地の中では、宇宙の科学技術、中でもバイオ科学においては比類ない最先端技術が溢れている。サクヤの夫カグマ博士は、ある研究を進めていた。イブの持つ不思議な力を解析していたのである。その培養液の中の幼いイブは、人造の生命体のプロトタイプだった。長い研究の成果により、起動プログラムのデータ以外は正常に育っている。しかし、プロトタイプのAI(人工知能)だけは思うように育っていなかった。
「この星もまた、王子達が最後の若い生命体となってしまった様だ、出芽とは原始生命体の最期の姿なのだろう。原始生命体はやがてイブの元に戻り、バジェスもノアも消滅し、その痕跡はどこにも残らない」
「あなたの言う通りかも知れない、しかしそれに抗うこのプログラムは、いったい何の為に……」
彼は答えなかった。「サクヤプログラム」はサクヤの為のもの、そして永遠にカグマは愛するサクヤを見ていたたかったのだ、いつまでもどこかで。
「私の使命は、この体を使い再誕のプロセスを解明すること。もう思い残すことことはない、私の記憶はあのルノクスに埋めてきたわ……」
「君の記憶?」
「そう、あなたが私にくれた、あのエメラルド」
「おいで、サクヤ」
「はい、あなた」
その夜がサクヤとして、そして妻としてカグマの愛を受け取る最期の夜となった。
こうして最初に誕生したインセクトロイドが「カグマ・アグル・サクヤ」だった。サクヤの過去の記憶を残したものが七色の輝きを持つテントウムシの精「ナナ」だ。「ナナ」が「エスメラーダ人魚」たちと大きく違うのは、誰かに着床し「メタモルフォーゼ」を行わなければ「人型になれない」ところだった。「カグマ・アグル・サクヤ」が続いて作ったインセクトロイド「シュラ」を追い、地球に着いたサクヤはすぐにシュラを探し始めた。アガルタ、オロス、そしてレムリア王国の隅々までシュラの行方を探すが全く不明だった。それも仕方がない、シュラはアガルタの海底で「塩水」に囲まれ、結界に包まれたマユの中で活動を停止したままだった。
「サクヤにいったい何が起こったの?」
シャングリラを守り続けるエスメラーダとオロシアーナ。パピィとフローラルの巫女たち、再誕の力を「虹の原石」の中に封印し、伝え続けていた虹色テントウ族。なっぴはサクヤの過去を知ろうとした。いや、知らねばならない。この星に深く関わっていたのは実はサクヤの方だったのだから。
「見ろ、もうあんな所まで遠ざかっている」
ヒドラが言う通りだ。なっぴの仲間を連れ去ったアマトは外宇宙の航海速度に変わり、次第に紫色の航跡を長く引き始めた……。