85.約束
約束
「ムシビトの星、ルノクスは不安定な生命体そのものだった」
リリナ・スカーレットは、次第に枯渇する生命体のエネルギーを体に感じていた。彼女の流す、浄化の涙により、新しい生命体は生まれる。その繰り返しの中でルノクスのイブとして今まで何人もの女王が心を折られ、そして自ら消えていった。リリナも今の気持ちはそれと同じだった。
「ひょっとしたら、今までのイブはたった一人、全てこの私なのかもしれない……」
自分自身がいつこの星で生まれたのかも、知らない彼女は、そんなことさえ考えていた。
「馬鹿ね、私には母がいるはず。母からイブを引き継いだのは間違いないことなのにね……」
原始生命体「バジェス」の上に寝転んでぼんやり考え事をしているリリナの耳に、明るい声が聞こえた。
「おお〜い、リリナ。交代しようよ」
いとこのサクヤだ。「ノア・スカーレット・サクヤ」というのが本来の名前だが。「サクヤ」と呼ばれている。イブとしての力は「サクヤ」にもあり、そのため少しならリリナに変わってバジェスを制御できるのだった。サクヤはここを離れ、いつもは兄弟星「ゴリアンクス」に住んでいた。彼女は科学者「カグマ」のもとに「嫁いで」いる。だが、それは形式上のこと、真実はサクヤの持つ、原始生命体を制御する秘密を解き明かすためだ、だがそれには皆あえて触れなかった。
「ゴリアンクスの暮らしはどう?」
「うん、ルノクスよりも小さい星だけど。虫人たちはまだまだ元気よ」
「それは良かった、サクヤ、でもあなたのもうひとつの役目の方は……」
「そうか、リリナは知ってるのね」
「……」
重い沈黙を破り、サクヤが明るくこう言った。
「そうねこの星に若い生命が溢れた時には、私を再誕させて頂戴。もちろん過去の記憶付きでね、でもそれってリリナにはちょっと難しいかなぁ」
前世の記憶を持つ再誕、このサクヤの願いがリリナの胸を刺す。それを察したサクヤはこの時間に合わせて訪れた小さな王女の名を呼んだ。「出芽」と言う新しい方法で生まれたルノクス最後の王女だ。
「あっ来た来た。おーいリカーナ!」
手を振り、サクヤが立ち上がった。輿に乗ってリリナが会いに来た。すでにリカーナは歩けるが、城からこうして誰かが付き添ってくる。
「時間通りね」
リリナが笑った。
「ご挨拶は、リカーナ?」
「おばちゃん、こんにちは」
「うっ、おばちゃんかぁ、まあいいや。リカーナちゃんにこれあげるわ、綺麗でしょう」
「あらあら、よかったわね。そのテントウムシのブローチ、ゴリアンクスの虫人のお守り。とっても珍しいのよ、リカーナ」
「ふうーん、ありがとう、大切にするわね」
ごそごそと動く、生きているブローチを早速胸元に止めてリカーナはサクヤに礼を言って笑った。