82.フローレス
フローレス
「ああーっ!」
その叫び声は、由美子が上げたのだ。ヒドラに残った触手が由美子の体内へ、次々と進入していく。抜け殻となったヒドラはすでに固く目を閉じていた。
「由美子に異常な生体エネルギーが注入されていく、これがアロマ様の娘フローレスを滅ぼした力なのかもしれない。今度は由美子が……」
テンテンがなっぴにそう叫んだ。
「由美子ォ!」
しかしなっぴの叫び声はすでに由美子に届きはしない。由美子の意識がヒドラのものに変わっていく。一度身体を硬直させ、間も無く由美子は両目を閉じた。
やがて開いたのは切れ長の目、金色の髪、そしてすらりと伸びた手足の由美子はフローレスとして「再誕」した。ただその瞳は澄んだブルーではなく、鈍い光沢の鉛色に変わっていた。
「この身体のまま存分に浄化すればいい」
ヒドラはアロマが最初に再誕した姿、フローレスに戻った。なっぴは一歩も動けない。
「遠慮はいらない、さあどうぞ」
ヒドラは由美子とシンクロし始めた、徐々に言葉が変わっていく。
「なっぴ、いつかこの日がやって来ると思っていたわ。私と同じ再誕の力を持ってしまった娘、その心が壊れる前にその力を浄化してあげましょう」
フローレスはそう告げると「黒龍刀」を持つ右手を一振りした。横飛びでそれをかわし、なっぴはフローレスに話しかけた。
「由美子、あなたとは戦えない……」
「そう、それでいいわ。もう虫人の時代は終わり、ルノクスに新しい生命体が生まれる。この星のように」
「この星のようにですって?」
なっぴが聞き返した。フローレスは再度「黒龍刀」をひらめかせた。
「マナトが開いた。向うのは新たなイブを待っているルノクスへ……」
「新たなイブと言うのは、まさか?」
「ヒドランジア・マイ」
そう言いつつも、フローレスの一撃は容赦なくなっぴの頭を襲う。咄嗟になっぴは首を引っ込めた。
「新しい生命体……」
なっぴの予感は当たっていた。マイがイブとしてルノクスに迎えられるのだ。しかし、新しい生命体とはどういうことだろう。虫人はどうなってしまうのだろうと不安がなっぴの頭をよぎる。
「この星に育った若い生命体。彼らの持つ生命力を使い虫人は生まれ変わる。インセクトロイドの時代は終わった」
なっぴは耳を疑った。アマトには、彼女の大切な人たちがまだ残っているのだ。
「さあ、虫人たちとともに再誕の力を消し去り、元の娘に戻るがいい!」
浄化の光がなっぴの顔面を直撃した。
「パリン」
ヘルメットからシールドが降り、それをはじき返した。しかし同時にシールドは乾いた音とともに砕け散ってしまった。
「今、目の前にいるのはヒドラが体内に進入した由美子、それは疑いもない。姿はフローレスでも由美子だ、私には戦えない……」
「そうだ、それでいい。おまえを殺すのではない、浄化の光をもって再誕の力を抜き取るだけだ。イブはこの星に必要のないものなのだ」
ヒドラの念波がなっぴに届いた。