81.持たざるもの
持たざるもの
「マンジュリカーナ、それではお前の記憶に尋ねよう。あの日ルノクスを去ろうとする虫人たちのフネに、一体のヒドラが乗り込んだことを知っているか」
「ええあなたは、まだ若いヒドラを分裂させ、乗り込ませた」
「そうだ、ヒドラは虫人たちに必要だったのだ。それをお前たちは気が付かなかった」
「私たちのため?」
「虫人たちは、この星では長く生きられない。虫人にはこの大気に耐えるだけの組織『肺』がないのだ」
「肺がない……」
「この星で生まれた古い生命体、海中に生まれた者たちはやがてエラを持ち、単純な肺を手に入れた。やがてそのうちの一族は陸に上がり進化しそれが人間と続く。しかし虫人は神に似せて原始生命体から作られた、その肺を持たぬ生命体は亜硫酸ガスに弱い、この星に生まれ進化していった生命体とは違う。マンジュリカーナ、虫人はリリナのようなイブによって次々と再誕させなければいつかは死滅してしまう」
「待って、じゃあルノクスを脱出したのって」
「そうだ、次第に亜硫酸ガスが星の中心から噴出するようになったことによる」
彼女は、虫人の移住は生命体の力が弱くなったことだと思っていた。そしてここでヒドラにもう一つの理由を聞かされた。
「亜硫酸ガス、その原因はこの私だった、マンジュリカーナ……」
そう言い、再びヒドラは浄化の光を触手から放った。なんなくそれをなぎはらい、また数本の触手がヒドラから消え去っていった。
「そう、確かにわれはマナとヨミにより生まれた生命体、しかしそれは干からびていた。タオ様の生んだマルマ様と融合すべきものだった。それが叶わなかったわれはルノクスの中心に根ざして生き続けた」
星の中心に網の目のように広がるヒドラの体が高温と高圧で四分五裂し、亜硫酸ガスに包まれる。その様子をなっぴは思い描いた。
「虫人たちがルノクスを脱出したもう一つの原因があなただと言うのね」
「そうだ、それだけではない。リリナはマルマ様の残したバジェスのイブでありながら、その力を別のことに使ってしまった」
「別のこと?」
「そう、お前のその力のことだっ!」
ヒドラの火炎弾が巨大な炎の渦となり、なっぴを襲う。
「お前は、浄化しなければならない。マルマ様は神でなければならない、許せマンジュリカーナ……」
続けて最大量の浄化の光がなっぴに一斉に注がれる。
「えいっ!」
もうひと息だ、なっぴは火炎弾の渦を飛び出し七色の星に輝くストールでその光を受け止めると「バィオレット・キュー」をヒドラの触手に向けて打ち下ろした。
「ググギュギュッ……」
浄化される触手はうめき声をあげる、それは地の底から聞こえるような悲しみの声に似ていた。ルノクスで「マナ」「ヨミ」と交互に呼び続け、地底に沈んでいったマルマの声に似ていると、その時なっぴは思った。
「ヒドラを浄化することは、本当に正しいことなの……」
なっぴの躊躇を、ヒドラはしかし、次の瞬間一気に吹き飛ばした。
「おのれ!われをあなどるな、これでも七龍刀が振れるか、クククッ」